25 女友達

 校舎に戻り、各教室や廊下を見てもあまり人はおらず、閑散としていた。

 瑞季は教室に戻り、理玖から借りたラノベを持って、図書室に向かった。理玖から借りたラノベというのは『おさわた』ではなく、今度はとある事情で正体を隠さなきゃいけないヒロインの物語だ。このバレるかバレないかというのが、盛り上がる山場でとても面白いのだ。


 文化祭なんだし、図書室に足を運んでる人なんていないだろう、と瑞季は思っていた。だが、図書委員と司書さん以外にスレンダーで背の高い人影が見えた。その人影は図書室に入って手前にある廊下側の長椅子に座っていた。見間違いじゃなければ――倉科さんだ。


「あ、倉科さん。さっきぶり~」


 倉科さんは瑞季を認めると手を振ってくれた。彼女は分厚い本を読んでいる。その読む手を止めて身を翻した。


「佐渡さんもよく此処に来るんだ。本好きなの?」


「まあ。理玖との待ち合わせの場所に使ったりとか。本は専らラノベしか読まないけどね。勉強にならないから」


 勉強にならないという瑞季の言葉を受け、倉科さんは瞠目した。


「えーそんなことないよ。こういう文芸本も勉強になるし、生活に役立つよ」


「だって絵載ってないでしょ?」


(…………絵?)というように虚を衝かれた倉科さん。考えもしなかったのだろう。驚いて口を開けている。


「絵が載ってないと勉強にならないの? 本って主に文字を読む物だよ、ね。私の言ってること、間違ってる?」


 自信が無いようだ。少し間を空けつつ噛んでいる。


(ひょっとして……)と倉科さんがある考えに至った時、瑞季が言葉を紡いだ。


「私、イラストレーターになりたいの」


 その言葉を聞き、倉科さんはぱあぁっと瞳を輝かせ、瑞季の手を握った。


「すごく良いと思う。頑張って、微力ながら応援してるね。間違ってたらごめんだけど、佐渡さんって美術部だっけ?」


「そうよ。この文化祭でイラスト展、開催されてるから、もし良かったら見にきて」


 瑞季から出てきたそっけない言葉。何故こうも宣伝が下手なのだろうか。全然見て欲しいという気持ちが感じ取れない。


「早く言ってよー。言ってくれたら今日も一条くんと見に行ったのに……明日見に行けると思えば楽しみだなぁ」


 倉科さんは惜しい心情をあらわにする。


「……う、嬉しい」


 瑞季は本当に嬉しそうだ。飛びはねそうな気持ちを抑えているようにも窺える。やっぱり自分の作品を見てくれるのは嬉しいものなのだ。照れた顔で視線を逸らしている。顔は真っ赤だ。


「でも、理玖に見られるのは嫌だなあ」


「あはは」


 そんな本音も笑い合う二人。女子二人の図書室での会話。何とも微笑ましい。


「それで本題だけど、理玖と何があったの?」


「それは……」


「言いたくなかったらいいよ」


 倉科さんは生唾を飲んだ後、こう切り出した。


「一条くんに恥ずかしい格好させられて、写真撮られて学校の皆に写真ばらまくって言われて……嫌だった」


 何とも誤解を招きやすい言い分だ。彼女は人に伝えるのが苦手なのだろうか。事実だが、語弊がとてもある。


「それは理玖が悪いよ。嫌だったよね、、次会ったらはっ倒すから! 任せて」


「そこまでしなくても……別に一条くんのことが嫌いになったわけじゃないんだよっ」


「でも、嫌だったんでしょ? 私はそれ聞いて理玖、変態すぎでしょ、って思った。というか普通にキモい」

「恥ずかしい格好って……」


 瑞季の脳内には良からぬ想像が浮かんでいる。完全に誤解だ。裸に近い格好だと瑞季は思い込んだ。


「恥ずかしい格好ってそういうのじゃないよ! さっき着てたメイド服」


「なんだ~」と安心しきった様子で瑞季は両手を広げた。誤解が少し解けた。だが、脅迫されたという誤解はまだ解けてない。


「写真っていうのは記念写真?」


「皆で撮ったのと私単体で撮られたのの二つ」


 何となく状況を察した瑞季。瑞季はかなり頭が切れる。


「可愛いから収めておきたかったんじゃない?」


「それはそうなんだけど……」


「拒否はしたの?」


「拒否したのに撮られた。嫌だった」


「それで私の予想が正しければだけど、理玖が自分用に撮って周りにいた男子が欲しいって群がって、結果ばらまかれたみたいになったと」


「そう」


 それは倉科さんにとっては嫌だったのかもしれないが、人気者の宿命なような気がする。脅迫はされてないが、倉科さんの同意なく、学校全体に写真が出回るという事になる。


「倉科さんは嫌だったのかもしれないけど……人気者あるあるだよね。私は人の嫌がる事するのは嫌いだけども。理玖に言うしかないね」


「私、一条くんだけの私になりたい。だから、一条くんだけがその写真持っててほしい。それって可能かな? みず……佐渡さん」


 名前が出かかってちょっと、きょとんとする瑞季。違和感がして話どころじゃなくなり、首を傾げている。


「あー多分理玖ならやらなそうだね。注目や攻撃の矛先に絶対なりたくない性格だから。目立ちたくないっていうか。自分だけ持っててずるいって言われて、ねだられたら渡しちゃいそう。ずるいって言われなくても罪悪感で潰れてそう」


 瑞季は思考を切り換えた。だが、また考える。


(名前で呼んでくれようとしてる? 私も倉科さんを愛称呼びしたい)


「そうなんだ」


「倉科さんの写真が欲しいって皆から言われてるって事はそれだけ人から愛されてるって証拠だよ。何も悪い事じゃないと思う」


 倉科さんの目に涙が浮かんだ。重要な事に気づけたようだ。


「理玖も悪気があったわけじゃなくて、純粋に可愛い倉科さんを見てたかっただけだと思うから、話せばきっとやめてくれるよ。彼も謝りたいって言ってたし」


「ありがとう、瑞季ちゃん。……あ!」


「別にいいわよ、名前で呼んでも。私も倉科さんのことは……倉科ちゃんって呼ぶ! 倉科さんが良いなら」


 女子の愛称呼びはそれだけで仲が良くなった証にもなる。


「いいよ! 倉科ちゃん、響き良い」


 また静寂が訪れた。まだ時間は充分にある。何をしようか。


「それじゃあ、本の交換でもしよっか」


「いいね」


「瑞季ちゃんは何の本読んでるの? えーっと恋愛の本だね。どれどれ」


 瑞季の本は正体を隠さなきゃいけないヒロインが出てくる。それに倉科さんが重なる部分があった。少し彼女はシンパシーを感じたらしい。


(うー、このヒロインの気持ちめっちゃ分かる。バレたら死んじゃうよね)


 倉科さんは学園のマドンナであるから素の地味で冴えない店員の姿を学園の誰かに知られてはならない。だが、学校以外では彼女もありのままの自分でいたいのだ。


(境遇は違えど、抱えてる悩みとかは同じ)


「どうだった?」


 まだ半分以下しか読んでいないが、感想タイムだ。


「借りたいくらい面白かったよ。完成度高い。バレたらいけない緊迫感が良かった。でも男性向け?」


 共感できたと言いそうになったが、口が割けても言えなかった。


「貸してあげるよ、理玖のだし。ラブコメだからまあ男性向けだよね」


「一条くんのなの!? 扱い雑過ぎない?」


 理玖を人扱いするのではなく、物扱いする事に驚いていた倉科さんであった。


「理玖のことはのままなんだ」


「男の子を名前でなんて呼べないよっ! 恥ずかしい//」


「私は名前で呼んでるけど」


「もうっ、からかわないで!」


「倉科ちゃん、からかうの楽しい」


 今度は瑞季が倉科さんの本を読んだ。

 分厚い歴史の本だった。500ページは余裕である。絵は載ってないけど、写真は載っていた。


「へー桶狭間の戦い……歴史の授業受けてるみたい」


「でしょーこれでテストもばっちり。しかも面白い!」


「倉科ちゃんって歴女なの?」


「そうじゃないけど、面白いから読んでる」


 倉科さんは勉強が元から得意なわけではなく、努力家なのだ。隙間時間に親しみやすく、ためになる本を読んで知識を身につけている。


「楽しかったね、本の交換し合い」


「この時間がずっと続けばいいのにって思った」と瑞季が言った。


 図書室から見える夕焼けは綺麗だ。文化祭は黄昏る一時に相応しい。


「私ね、理玖が書いた小説に自分が書く挿絵を入れるのが夢なんだ。その為にイラストレーターになりたいの」


「一条くんは小説書けるの?」


「書けない」


 ズココーっと崩れ落ちる動きを倉科さんはした。書ける前提で話してただろう。それなのに書けないのは驚きであり、致命的だ。


「瑞季ちゃん、何か描いてみてよ。さっきのラブコメの挿絵でもいいからさ」


「分かった」


 もうラノベの挿絵は散々描いた。だから、倉科さんに動かないでと言って、似顔絵を美化した絵を描く事にした。


 15分くらい経過して、絵が完成した。


「どう?」


「すごく上手い! プロみたい。髪の毛の艶まで再現出来てて、もはや写真だよ!」


 倉科さんは大絶賛した。

 だが、瑞季は冷静だ。


「あげる」


「いいの? ありがと」


 倉科さんは大事そうに鞄の中のファイルに入れた。イラスト展が更に楽しみになったそうだ。


「じゃあ、もう帰る時間だね。一緒に帰る?」


「あ、うん」

「一条くんはもう帰っちゃったよね?」


「サッカーの観戦に行った」


 鞄を肩に掛け、図書室のドアを開けた。その時、倉科さんが口火を切った。


「私、人気者ってこんなに大変だとは思わなかった。憧れてた。昔は人気無かったから。でも、今になって皆の私じゃなくて誰か一人の私になりたいなって――何でもない。今の忘れて」


 倉科さんは自分の事を打ち明けようとして止めた。まだ瑞季とは100%心を開いたわけじゃないのだろう。この話は今後するかもしれない。


「私たちって友達だよね?」


 それは双方の不安だった。


「友達だよっ!」


 今日から瑞季と倉科さんは正式に友達になった。それは理玖を巡った関係に大きな変化が生まれるだろう。


 二人は同じ帰路を歩いた。

 夕焼けの一筋の光が二人の間を通り、眩しく光った。




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