第14話 天使に恨みの暴言を


 佐々木はその後、前を向いてまた黙り込んだ。

 蓮太郎もまた窓の外を見た。ひどく疲労を感じた。

 だいぶ経ってから、佐々木はまたぽつりと言った。

「どうか彼女を傷つけないでください。もう十分過ぎるくらい傷ついているんです」

 返事がないので佐々木が振り返ると、蓮太郎は眠ってしまっていた。


 最初にここに来た時に通された、殺風景な机と椅子の部屋。

 蓮太郎はそこで待たされながら、喪服のまま来てしまったことに気が付いた。線香の匂いも残っている。

 面会時間が到着してすぐだと決まっていたなら、着く前に起こしてくれたら良かったのに。

 寝てしまった蓮太郎のせいではあるのだが、佐々木はおそらくわざと車が停まるまで蓮太郎を放っておいたのだ。起きた蓮太郎が寝ぼけて慌てるのを、急かす佐々木は少し楽しそうだった。

 そうして歩きながら、蓮太郎は佐々木にくれぐれも優しく、大切に扱うようにくどいくらいに言われ続けた。蓮太郎も自分以上につらい思いをしている人だということがわかったので、何とかできるだけ優しく対応したいと思った。


 しばらくして扉が開いた。


 佐々木に伴われた女性は、佐々木の背に少し隠れるようにして現れた。ずっとうつむき加減だが、華奢でまだ若い、そしてとてもきれいな人だった。


 これが十回以上出撃しても生きていて、十人以上を葬った魔女か。


 腰まである長い髪が真っ白で、着ている長いワンピースが黒一色なので、まるで本物の魔女みたいだ。

 蓮太郎ははっとした。

 カンナと見たことがある。初めてこの町に来た日、カンナと町で見かけた人だ。

 あの人、本物の魔女みたい。

 カンナの声がよみがえり、蓮太郎は懸命に自分を落ち着かせた。


 長い沈黙の時間が過ぎた。


「こんにちは」

 魔女が何も話さないので、蓮太郎から声をかけてみた。

 魔女は青ざめて見えるほど白い頬を、ぱっと赤らめた。そして、スカートをぐしゃぐしゃに握った。

「……あの、その節は、ありがとうございました」

 魔女は小さな声で言った。

 目の大きな人だ。一度もこちらを見ないが、伏せた長いまつ毛まで白くて、見慣れないので不思議な感じがする。

 蓮太郎は何とか笑顔で応えながらひどく苛立ちを感じた。いつもならこんなことで苛立ったりはしない。しかし何だか居心地が悪くて我慢できない。


 どうして彼女は生きていて、カンナは死んでしまったんだろう。

 あの白いデアクストスが、他の機体と同じように動いていたなら。


 佐々木が鋭い目で蓮太郎を牽制する。蓮太郎は落ち着こうと何度も小さく深呼吸した。

「お花、きれいでした」

 またしばらくの沈黙の後、やっと顔を上げ、魔女が微笑む。

 ようやく蓮太郎を見た瞳は澄んで美しく、無邪気で、優しくて。


 まるで天使のようだった。


 蓮太郎は思わず立ち上がり、机越しに手を伸ばしてその胸倉を掴み上げた。難なく魔女の体が浮いた。

「お前のせいでカンナは死んだんだ」

「雨野さん、やめろ!」

 大きな瞳に恨みを込めてたったひと言たたきつけただけで、蓮太郎はすぐに佐々木に引き剥がされた。

「カンナは死んだ!お前が、そんなざまだから!」

 即座に人が集まり、組み伏せられながら蓮太郎は叫んだ。

「誰でもいいだろ!乗せて戦え!力があるなら使え!これ以上カンナみたいな子を死なせるな!」

 殴られたからか、絞め落とされたのか、蓮太郎はそこで意識を失った。


 ベッドの上で目が覚めた。

 蓮太郎は体を起こした。あちこち痛むが、折れたりしたところはなさそうだった。

 ベッドが数台ある、病院のような部屋だ。

 魔女にあれだけ言って殺されなかった分ましかと思い、いや死んでもいいんだった、と笑う。笑うと血の味がし、口の中が痛かった。


 ぼんやりしていると、入り口の引き戸ががらりと開いた。医師らしき男性と看護師らしき女性、そして佐々木。

「目が覚めましたか」

 医師にあちこち引っ張られたり裏返されたりしている蓮太郎に、佐々木が面倒そうに言った。

「あれだけ頼んで、これですからね。魔女は泣いてしまいましたよ。満足ですか」

「……すみませんでした。ひどいことを言ってしまって」

 蓮太郎は佐々木と目を合わせられなかった。我慢できずに当たってしまったが、自分がいけないことはわかっていた。彼女がわざとそうした訳ではないし、それを責めても何にもならない。

 泣いてしまったのか。それはそうだろう、あんな言われ方をしたら。

 もちろん、少しもいい気味だとは思えなかった。

「私は無駄なことは嫌いなんです。でも、今あなたを殴ったら気分だけは晴れそうですね」

「どうぞ、かまいません」

 蓮太郎は言ったが、佐々木はいや、やめておきましょう、と肩をすくめた。

「私は彼女に悲しい顔をさせたくないんです。自分の憂さ晴らしぐらいは我慢しますよ」

 蓮太郎は注射を何本か打たれて解放された。医師たちが出て行き、佐々木だけが残る。

「薬が効いてきたら腫れや痛みも引くでしょう。その顔では、もとがもととはいえあんまりですから」

 そんなに腫れているんだろうか、と蓮太郎は思った。確かに顔は痛いが、鏡も見ていないし、ケンカもあまりしたことがないからわからない。

 佐々木は蓮太郎の向かいの空きベッドに腰を下ろして足を組んだ。


「薬が効くまで少々かかりますから、その間に説明だけはします。あなたを指名した魔女、あなたがさっき暴言を吐いて暴力を振るった彼女は、見事に掠め取られましたよ」

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