第6話 操縦者は魔女のために
蓮太郎が格闘技の習得プログラムに行く間、カンナは町を探検すると言った。
「何だか迷いそうだな」
途中で錠が2箇所以上設置されているところがあったので、蓮太郎が心配して言うと、カンナは笑って大丈夫、と答えた。
「部屋から出口までは一方通行なんだって。だから、間違った錠にカードを当てても開かないの。忘れ物に気づいても途中で戻れないのは不便だけど、一旦出たら戻れるから大丈夫。方向音痴の蓮太郎でも迷わないよ」
道理で輪をかけて方向音痴のカンナが迷わない訳だ。得意そうなカンナを見て、蓮太郎は少し笑った。
建物の外に出た。町には少しだが人通りもある。
「ねえ、この町、私たちの他にもきっと魔女と操縦者がいるんだよね」
カンナがきょろきょろ辺りを見回して言った。
「あの人なんか、本当に魔女みたいだね」
通りの向こうで猫をかまっている女性を見て、カンナが小声で言った。若い女性のようだが、腰まである長い髪は真っ白で、丈の長い黒いワンピースを着ている。猫は黒猫ではなかったが、確かに魔女っぽい、と蓮太郎も思った。
「カンナも黒い服を着てみたら?」
「これ以上私をセクシーにしてどうするのよ」
蓮太郎が試しに言ってみると、カンナはボクシングの真似をして蓮太郎を小突いた。セクシーのかけらもない。
そんな話をしていると、分かれ道まであっという間に着いてしまった。
「じゃあ、私行ってくるね。おみやげ買ってくるね!」
カンナが明るく手を振る。蓮太郎は一瞬でもカンナと離れたくはなかったが、自分のせいでカンナを危険な目に合わせるのはもっと嫌だった。
頑張らなきゃ。カンナのために。蓮太郎は拳を握った。
蓮太郎が格闘技習得のための圧縮記憶プログラムに行くと、まずは裸にされた。そして立ったまま機械に固定された。この機械で見ることができる特殊映像や、体につけた電極か何かの組み合わせで、とにかく動きを体に覚えさせるのだそうだ。
体験してみるとそれは体が裏返りそうな代物だった。あらゆるところからあらゆるものが全部出た。本来長年の修練を経て覚えるものを、無理に体得しようとしているのだから仕方ない。死なないよう点滴しながら続けられた。
機械から外されてもしばらくは動けなかった。
へばっていると、違う点滴がはじまった。終わる頃には少し動けるようになっていた。
「もちろん外では使えない薬ですが、3回くらいならどうということはありません。では、魔女と楽しい1日を」
また付き添ってくれた佐々木がさらりと恐ろしいことを言い、いかにも作り笑いの薄い笑顔で蓮太郎を送り出した。
外はもう暗くなっていた。蓮太郎は帰路を急いだ。
夕食はカンナとお寿司を食べた。ここはもともと漁港があった町で、魚がおいしいらしい。道理で町には猫があちこちにいた。
「これも回転寿司なのかな?」
カンナがお皿を取りながら首を傾げた。個室に短いコンベアで注文したものが流れてくる。お任せも選べる。職人と対面しないだけで、これは回転しないお寿司屋さんの方になるのではないだろうか。味も食べたことがないほどおいしい。
「すごいよね、もう一生こんなの食べられないだろうな。いっぱい食べておこう」
カンナは次々とタッチパネルでお寿司を注文した。
一生。
カンナ姉、そんなこと言わないでほしい。ここから出たら、俺がいくらでも食べさせるから。
「蓮太郎は食べないの?」
箸の進まない蓮太郎に気付き、カンナがタッチパネルを差し出す。
「あんまり、お腹減らないや」
「だって格闘技の練習したんでしょ?食べないと」
カンナが心配そうだ。
そうだ、この人は優しいんだ。いつも俺のことを気にして。
蓮太郎はありがとう、とタッチパネルを受け取り、季節のお寿司を頼んだ。選ぶ気力がないが、カンナに心配させる訳にはいかない。
「ねえ、カンナ姉。さっき、ちゃんと言えなかったから、改めて、いい?」
こんな時にとは思ったが、蓮太郎は時間が惜しくてならなかった。カンナはお寿司を頬張ってもぐもぐしている。
「好きだよ。ずっとカンナ姉のことが好きだった」
カンナは真っ赤になった。そして何か言おうとして口がいっぱいなのに気付き、慌てて飲み込もうとしてうぐ、と呻いた。
「むぐぐ」
「お茶、お茶飲んで」
あまり減っていない、ぬるくなった蓮太郎のお茶を渡すと、カンナは一気に飲んでぷはっと息をついた。
「人が食べてるのに変なこと言わないで!」
「ごめんごめん。今じゃなかった」
蓮太郎か謝ると、カンナは赤くなったままそっぽを向いて、不機嫌そうに続けた。
「だいたい私、蓮太郎のお姉ちゃんじゃないのよ。ほんとに私のこと、す、好きなら、カンナさんとか、カンナちゃんとか呼んでよ」
蓮太郎はああ、と気の抜けた返事をした。今までずっとカンナ姉と呼んでいたので気付かなかった。
「じゃあ、ええと、カンナさん。カンナちゃん。何か変だな」
「変じゃないわよ!」
「カンナ」
カンナは怒ろうとした出端をくじかれ、目をぱちくりさせた。蓮太郎は笑っている。
「俺のことは蓮太郎って呼ぶから、じゃあ俺もカンナって呼ぶよ」
「生意気よ、私は年上なのよ」
「俺はカンナの彼氏だろ」
カンナはうう、と唸って黙った。何か言い返そうとしているのだろう、お寿司がどんどん口の中に消えていく。蓮太郎はカンナを黙らせたことがあまりないので気分が良かった。
「カンナ」
用もなく呼ぶと、もぐもぐしながら、カンナは目だけで何よ、と言い返した。黙らされたのが気に入らないが、早速彼氏ヅラされたのはまんざらでもないようだ。
「カンナ。可愛いよ。世界でいちばん」
カンナはまたお寿司を詰まらせかけ、少なくなった自分のお茶で慌てて流し込んで、バカ、と叫んだ。
プログラムも予定通り3回で無事に終了し、今日からはいよいよ操縦の訓練だった。
「シミュレータには今までの敵のデータを反映させてはありますが、あまりあてにしないでください。機体が思い通り動くとは限りませんし、相手は人と同じです。必死になったら何をしでかすかわかりません」
佐々木が機械の操作を説明しながら言った。蓮太郎はますます自信がなくなった。ゲームも運動も駆け引きも、あまり得意な方ではない。
「デアクストスの装甲はそれほど丈夫ではありません。攻撃はなるべく避けて、避けられないなら盾で受けるようにしてください。その方が魔力の消費が少ないと思われます」
魔力の消費。そうだ、できるだけカンナの負担を減らさないと。
「まあ逃げてばかりでは戦闘が長引き、魔力を消耗します。相手を早く倒すことも大事です」
佐々木は無茶を簡単に言う。
「神の奇跡を待つより現実的だと思いますが?」
そうは言っても、シミュレータとはいえ相手がいると全然勝手が違った。操作は何とか覚えたが、咄嗟の時にまだ戸惑ってしまう。
肩を落とす蓮太郎を見て、佐々木は遠慮なくため息をついた。
「才能ありませんね。仕方ない、泣き言を言いたいのはこっちだが時間の無駄です。あなたの泣き言は魔女にでも聞いてもらいなさい。言えるものなら。では、もう一度はじめからやりましょう」
佐々木はその後、本当にダメですね、話になりませんねと酷評しか口にしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます