ジャック・ザ・リッパー
川口虎徹
第1話
赤は感情の色なのだろうか?
俺はそんな風に思いながら建物の屋根の上に登る。
だって、夕日は城壁から少しだけ顔を出して、今日という日を名残惜しむように街を赤くするし、人も怒ったり、恥ずかしがったり、それから、死ぬときにも赤くなる。
俺は裏路地に目を移した。
ヘラヘラと笑った男がひとりで歩いてくる。楽しげに布袋をお手玉にしてカシャンカシャンと音をたてていた。
「不用心だね、あんなことして」
俺はニヤリと笑うと腰のダガーを引き抜いて、男が通りすぎるのを待った。
その路地裏に飛び降りる。
「なっ?」
男はそれだけの言葉を残して、この世との別れを惜しむようにゆっくりと倒れた。
俺は倒れた男のそばにしゃがみ込んで男の服でダガーの血を拭ってから、布袋の中身を確かめた。
「ふむふむ、ほどほどだね」
それをカバンに押し込むと男の荷物を物色する。
小さなナイフ、タバコ、火の魔法道具が出てきた。それから古びた懐中時計。
「おぉ、いいもん持ってんじゃん」
俺はそう笑ってそれらもカバンに入れてから他も探る。もう無さそうなので、指にはめていた指輪も忘れずにいただいた。
「これは魔法が付与されてないみたいだな。さてと、こんなところかな?」
俺がそう言うと、近くから「きゃあ」と悲鳴が聞こえた。
もちろん、そんなものを見に行くやつなどいないので、俺は建物によじ登って屋根の上に跳び移る。
「わざわざ危ない橋を渡るやつなんていないよな」
そう呟いた俺が屋根から路地裏を見下ろすと、女の子が走って逃げてきた。その後ろから2人の男たちが追いかけてくる。
おぉ、かわいいね。
女の子は勢いよく走ってきたのだが、俺が殺した男に驚いてその場に座り込んでしまった。
おいおい、なにやってんだ? 路地裏に死体なんて珍しくもなんともないだろ?
俺が「はぁ」とため息をつくと、男のひとりが女の子の髪をつかんで「手間かけさせやがって」と笑った。
仕方ねぇなぁ、まったく。
俺は飛び降りて、まずは少女の髪をつかんでないほうの首の後ろにダガーを振り下ろす。
「ウッ」
声をもらした男がバタリと倒れると、少女の髪をつかんでいた男が「なんだ?」と振り返るので、俺は影に隠れながら後ろにまわる。
「おい、なにやってる? どうなってんだ?」
女の子の髪をつかみながら慌てる男の背に跳びついて、あごの下に左手を入れながら後ろに引いて、喉を切った。
男が倒れると、少女は俺を見ながら「ヒィ」と声を出した。
まぁ、驚くのも仕方ないね。
俺は少しズレたフードをかぶり直しながら女の子に肩をすくめて見せてから、男たちの荷物をあさる。
「おぉ、やっぱりなかなか持ってるね」
銀貨がたくさん入った布袋と、ちょっとよさげなダガー、それから、いいタバコに火の魔法道具も飾りが入っていて高価そうだ。
「あのぉ」
「なに?」
「私も殺しますか?」
「うん?」
俺は首をかしげて、それからもうひとりの荷物も探る。
「あっ、ありがとうございました」
「なに勘違いしてんだ? 悪そな男は殺して……」
俺がそう言って女の子の顔を見ながら舌なめずりして見せると、女の子は顔を引きつらせた。
まぁ、そうだろうね。
「かわいい女の子は助けることにしてんだ」
「えっ?」
「いいからもう行きなよ。それから裏路地はこういうやつらがゴロゴロいて危ないからもう近寄らないほうがいいぜ」
「わっ、わかりました」
女の子が何度もうなずいて、ゆらゆらと大通りのほうへ歩いて行ったので、俺はそれを見送ると男の荷物の物色を続ける。
おぉ、これはいいね。
「酒を持ってんじゃねぇか」
男の持っていたスキットルのふたを開けて匂いを確かめた。
「なかなか良さそうだな」
良さげなものはあらからもらって、俺はホクホク顔で建物によじ登る。ゆっくりと最後の光が城壁のツンネを赤くしながら消えて、薄青い闇が降りてきた。
夜が来る。
道の端にある魔法道具のランプに灯が入ると、街は昼間のように明るく照らされた。
帰りを急ぐ人、繁華街に繰り出す人、ガヤガヤと通りが賑やかになり、華やかな女たちが街角に立つ。
俺はそれらを眺めたあとで屋根を伝って、その場を離れた。
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