第47話 白銀狼と大ムカデ
パンッ
乾いた音と共に火薬の臭いが漂う。
「当たった!」
セスタの声に合わせるようにこちらに向かって走ってきていた馬程もある巨大な狼の1頭が転倒する。
これでこちらに突進してくる狼は3頭になった。
「イサルイン ミ、ラン、ロキ、ロー、ルー、ミエ」
氷の魔法。
総士郎の右手から青白い光の矢が走り、それを受けた狼も倒れる。光の矢を受けた部分を中心に白い霜が全身に広がっていく。
残り2頭
その2頭は総士郎達の前に出ていた2人に襲いかかる。
「せいやーっ!」
幅広の大剣、マンボウソードを構えたリナは突っ込んでくる狼の巨体に完全にタイミングを合わせてその大剣を振りきった。
大剣は狼の頭、リナに襲いかかるために開いた
最後の1頭はリナと並んで立ち、バックラーを構えていたササリアにその大きな顋を開いたまま突っ込む。
「ハーッ!」
ササリアは短い気合と共にそれを正面から受け止める。
馬ほどの大きさの狼の動きがササリアによって完全に動きを止められる。
「今です!」
そこに走り込んできたユアの槍が狼の胴、前足の少し後ろ辺りに突き刺さった。
「ギャン!!」
正確に心臓を貫かれた狼は短い声をあげ、よろける様に一歩後退すると地に伏した。
しかし、そこで最初に銃弾を受けた1頭が立ち上がろうとしていた。
かなりのダメージが見て取れるが、なんとか息があるようだ。
「オルトアギ ミ、ロス、ロス、イル、ルー、ロナ」
立ち上がろうとしていた狼に向かって「石礫」の魔法を放つ。
5センチ程の大きさの石が6つ、勢い良く飛んで行き、立ち上がろうとしていた狼の頭部を打つ。
狼は、のけ反るように倒れ、完全に動かなくなった。
・・・
しばらくの静寂
総士郎は襲いかかってきた狼が全て倒れたことを確認すると次の魔法を放てる体制を解いた。
「
「油断はできないけど、いい感じね。前衛に私とササリア、後衛にソウシロウとセスタ、その中間にユア。メンバーのバランスもいいから戦い易いわ」
総士郎の声に狼を一閃で倒したリナが答えた。
「銃での実戦にもだいぶ慣れてきたし、今回は的も大きかったから一発で当たって良かったよ」
念の為に火縄銃に2発目の弾の装填作業をしていたセスタが言う。
「ササリアとユアはどうだ?問題なさそうか?」
「はい。問題ないですね」
「私も問題はないです」
総士郎の問いにユアとササリアは答えた。
総士郎達は地下迷宮、その4階まで到達していた。
「5階の祝福の泉までまだ距離があります。この次の部屋で夜営をするのがいいと思います」
「そうだな。疲労もそこそこあるしそうしよう」
広げた羊皮紙を確認しながら言うササリアに総士郎は答えた。
「この狼はどうします?少々手間ですが皮を剥げばお金にはなるはずですが」
巨体の狼から引き抜いた槍をボロ布で拭いながらユアが言う。
狼の体表、毛並みは白く光の角度によっては銀色に見える立派な物を持っていた。ノーブル・ウルフと呼ばれる一般的には強力な魔物だ。
そして、その巨体は馬程もある。皮を剥ぐだけでも結構な手間がかかりそうだ。
「次の部屋で今日の移動がお終いなら少し余裕あるわね。ソウシロウが凍らせちゃったヤツ以外はパパっと剥いじゃいましょ」
「そうだな。傷も少ないし高く売れるだろ」
リナの声に答えたセスタは持っていた火縄銃を魔法で浮遊している絨毯の上に置く。
そして、腰のナイフを引き抜きリナが頭を切り飛ばしたノーブル・ウルフの方へと向かって行った。
ノーブル・ウルフの皮の価値は高いらしく、皮を剥ぎ取って持っていく意見の方が多そうだ。
「わかった。俺とササリアは周囲の警戒。リナとセスタとユアは狼の皮を剥ぐ作業を頼む」
総士郎はそう言ってセスタが置いていった火縄銃を手に取った。
火縄銃の状態を細かく確認していく。
「大丈夫そうだな」
引き金には特別に作ってもらったネジリバネが使われているが、その部分にも特に問題はないようで安心する。
「ソウシロウさんは疲労や魔力酔いは大丈夫ですか?」
チェックを終え火縄銃を下ろすとササリアが声を掛けてきた。
「大丈夫。疲労もそこまでではないし、魔法もそんなに使ってないから魔力酔いもないよ」
「そうですか。良かったです」
ササリアはそう言って周囲を見渡した。
その様子は僅かに挙動不審。具体的に言えば怯えが見える。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって。今回は5人いるし、最初に「炎の矢」で1匹は倒せるから」
総士郎はわざと「大ムカデが出ても」を省略して言う。
ササリアは普段から「ムカデ」と言う言葉を聞くことにも多少の抵抗があるのだが、大ムカデの出る地下迷宮の4階に来て、それは顕著になっている気がする。
「すいません。やはり、どうしても苦手でして」
ササリアはやはり不安そうに周囲を警戒していた。
リナ、セスタ、ユアは総士郎とササリアが周囲を警戒している間に要領よく作業を進め、1時間と少しの時間で狼3頭の皮を剝ぎおわった。
「どれも傷が少ないし皮1枚で金貨1枚くらいにはなりそうね」
大きな皮を麻袋に仕舞いながらリナが言う。
「狼の皮か。何に使うんだ?」
総士郎は絨毯に積まれた樽から柄杓で水を汲みながら言う。
「このサイズなら敷物にしてもいいし、壁に掛けても見栄えが良さそうね。私が倒した分は持って帰って家で飾ろうかしら?」
総士郎が汲んだ水で手を洗いながらリナは答えた。
「いいなそれ。アタイが倒したんだーって自慢も出来そうだよな」
リナより先に手を洗ったセスタが手ぬぐいで手を拭きながら言う。
「ノーブル・ウルフのコートは女性の憧れですね。この質の毛皮のものだと金貨3枚以上はすると思いますけど」
周囲を警戒しながらササリアもそう言った。
「白銀のコートですか。なかなかいいかもしれませんね」
ユアも手を洗いながら答える。
傷も少ない大きな皮なのでコートを作るのには向いていそうだ。
ただ茶色系の色が多い中世ファンタジーの世界の町中で着るには少々目立ちすぎる気がする。
しかし、そんなお高いコートを買うような金持ちにはそれがいいのかもしれない。
ガリッガリガリッ
その時、通路の先から地面を引っ掻くような音が聞こえた。
「ま、魔物が来ます」
ササリアが緊張した声で言う。
リナとセスタは地面に置いていた武器を拾い、構える。
セスタも絨毯の上に置いてあった銃の火ばさみに火縄を取り付けた。
魔物が灯りの範囲へと入って来て姿を表す。
「ひっ」
ササリアは短い悲鳴をあげ、息を飲んだ。
大ムカデ
胴の幅が50センチ以上ある巨大なムカデの頭が2つ、通路の先からこちらに迫ってくる。
「ソルルイン ミ、ラン、ロキ、ロキ、ルー、ミエ」
総士郎は素早く「炎の矢」の魔法を唱える。
走る閃光が巨大なムカデの1体の頭部に直撃し爆ぜる。
直径2メートル程の火球が形成され、そのまま巨大なムカデの頭を焼いた。
「ササリアは下がりなさい」
そう言いながらリナが2歩程前に出た。
逆にササリアは2歩程後ろに下がる。
パンッ
セスタが残った大ムカデに銃を放った。
頭から1メートル程先の胴の右端に当たったが、大ムカデに変化は見られない。
「効いてない?」
セスタはその様子に驚きの声を発する。
大ムカデは何もなかったかのように「ギチギチギチッ」と、その顎からイヤな音を立てている。
そして、前に出ているリナに大きな左右の牙を開いて襲いかかった。
「どっせーい!」
リナはその攻撃をマンボウソードの広い剣の腹で受け止めた。
その体は僅かに発光している。
「はっ!」
動きが止まった大ムカデにユアが槍を突く。
しかし、大ムカデはリナから体を引き、この攻撃をかわした。
大ムカデは次の体当たりの為か一旦、その頭を引く。
「今だ!ソルルイン ミ、ラン、ロキ、ロキ、ルー、ミエ」
そのタイミングを待っていた総士郎はリナから離れた大ムカデの頭に「炎の矢」を放った。
1匹目と同じように2メートル程の火球が大ムカデ頭を焼く。
大ムカデは暫くの間、のたうち回っていたがすぐに静かになる。
その頭は完全に燃え尽き、炭も残っていなかった。
「万全の体制で挑めば、こんなもんだな」
総士郎はササリアを元気づけるためにわざと明るく言った。
リナ、セスタ、ユアの3人は倒した大ムカデからその背の外骨格を剥いでいく。
1枚で銀貨10枚になるのでセスタは上機嫌だ。
「そんな大量にはユントの爺さんは買い取ってくれないかもしれないぞ」
総士郎はそんなセスタを見ながら言う。
「わかってるよ。でも、安くても銀貨5枚にはなるんだろ?きれいなのは持って行った方がいいって」
セスタはそう言いながら大ムカデの外骨格を剥ぐ作業を続ける。
「早く終わってください~」
ササリアはそっちを見ようともせずに半泣きでお願いしていた。
総士郎は外骨格を剥ぐ作業が終わりかけの頃、外骨格を剥がれた大ムカデの体を観察していた。
「これは肺かな?」
総士郎は殻を剥がれた大ムカデの体の外側付近に血管の多い器官が存在することに気が付いたのだ。
昆虫やムカデなどは本来は肺を持たず、気管と呼ばれる体の中の穴の周りに血管が集まっただけの単純な呼吸器を持っている。
昆虫やムカデは体が小さいためにその構造でも空気中の酸素に接する血管の面積は十分確保でき、呼吸、血管の中の二酸化炭素と酸素との交換が十分にできる。
しかし、哺乳類などは体が大きいためにその構造では十分な呼吸ができない。
そこで、気管に似た機能を持つ肺胞を肺の中にたくさん持つことで十分な量の酸素を確保している。
逆に言えば、普通の昆虫やムカデがそのままの構造で巨大化すると、単純な穴のあいただけの呼吸器官では十分な量の酸素を確保できず生存できないはずである。
この異世界でも地球と酸素の濃度が同じなら、巨大なムカデが肺を持っていてもおかしくはない。
しかし、この器官が見た目は肺に似ているだけで別の役割を持つ器官だったり、全くの検討違いではないとは言い切れない。
それに、これが肺だとしたら肺を膨らませたり、しぼませたりする機構もあるはずだし、肺に十分な血液を送るだけの強い心臓も必要になる気がする。
「専門分野じゃないし確信は持てないな」
結局、「大ムカデは肺を持っている」と断言するのは虫の専門家や医者でない総士郎には難しかった。
「はー、疲れたー」
巨大なムカデの外骨格を剝ぎ終え、出入り口が1箇所しかない部屋に移動したセスタはそう言って地面に座り込んだ。
「ううう、やっと解放されました。皆さん時間かけすぎです~」
ササリアもそう言って地面に座る。大ムカデのそばからやっと離れられたことで気が抜けたようだ。
「結局、大ムカデを倒して殻まで剥いだから遅くなっちゃったわね。夜営の準備をさっさとしちゃいましょ」
リナはそう言いながら荷物から取り出した物を1箇所しかない出入り口の付近に撒く。
マキビシだ。
魔物相手では大きな効果があるものではないが「無いよりはマシ」、「運良く音を立ててくれればよい」程度の、お守りに近い感覚で使われているらしい。
「スープは玉ねぎでいいか?豆も麦も水で戻してないからすぐ作るのはムリなんだが」
総士郎は荷物から鍋を取り出しながら聞く。
「私は辛いスープを希望します」
ユアはそう言いながら荷物から革の水筒を取り出し、一口飲んだ。
「私はそれでいいわ」
「アタイも」
「私もそれでお願いしますー」
リナ、セスタ、ササリアはそれぞれにユアに同意する。
「わかった。玉ねぎの辛いスープだな」
空の鍋に玉ねぎ、干し肉、それに塩と唐辛子の粉の袋を準備して皆のところに戻る。
皆疲れているようなので総士郎は手早くスープを作ろうと頑張るのだった。
チート!チーター!!チーテスト!!! ~異世界で銃を作る手引書~ 六四権兵衛 @64JD
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