第44話 スープと唇

ユアには「夜営の準備をする」と言ったがそれ程やることがあるわけではない。


まだ地下迷宮に入って半日程なので食事も予め用意してあるサンドイッチで事足りる。


そこに魔法で湯を沸かし、スープを作って終わりだ。


「デーアトス ミ、ラン、ルノ、ネフ、ルー、イム」


右手を鍋に向け「光の炎」を使う。


左手に持った木のおたまで鍋をかき混ぜ、中に入っている玉ねぎと人参、ベーコンを炒めていく。


魔法の効果が切れたところで側に置いてあったきれいなバケツから鍋に水を注いだ。


ジュジュジュジュジュ~


鍋肌に触れた水が沸騰して音をたてた。


「デーアトス ミ、ラン、ルノ、ネフ、ルー、イム」


もう一度、「光の炎」を鍋に向けて使う。


暫くして鍋が沸騰し、泡が出始めたところで魔法の効果が切れた。


灰汁をすくったあとに塩を小さじ2杯入れて鍋をおたまでかき混ぜ、味を確かめる。


いい感じだ。


総士郎が鍋から顔を上げるとユアが鍋を挟んだ反対側からこちらを見ていた。


「魔法を使って料理ですか。普通にはありえませんね」


「そうなのか?」


「そうですね。可能、不可能で言えば可能なのかもしれませんが、なんと言いますか、「魔法」はもっと高貴と言うか神聖と言うか、簡単に使うものではない気がします」


「でも、俺の場合はもったいぶっても使用回数が余って、もったいないだけだしなぁ」


総士郎はそう言って木でできた椀に少しだけスープをすくってユアの方に差し出した。


「ついでだし、味見してみてくれ」


総士郎が差し出すとユアは木の椀を受け取る。


「美味しいですね」


「そりゃ、良かった。みんな!スープができたぞー。メシにしよう」


総士郎は紅茶を飲みながら雑談をしている3人を呼ぶ。


「美味しそうだな」


そう言ってセスタが総士郎の左側に座り、右側にササリア、リナが座った。


皆にスープを注いで渡す。


「では、天に坐すおん女神様、今日も日の糧をお与え下さり感謝いたします、いただきます」


ササリアが女神に祈りの言葉を捧げるのにユア以外が声を合わせた。


銀の男神おがみの使徒であるユアは、流石に女神に祈りを捧げるわけにはいかないようだ。


「この地下迷宮ダンジョン、少し肌寒いから温かい物が食べられるのはありがたいな」


セスタはスープを一口飲んで言った。


「閉じられた部屋で火を起こすと空気に毒が混じる事があるから地下迷宮内では基本的に火を起こすことが禁止されているわ。温かい食べ物が食べられるのはソウシロウの魔法のおかげね」


リナもスープを口に運ぶとほっと一息ついたようだった。


「ですねー。まだ、1日目ですから大丈夫ですけど、地下9階まで行くなら10日から12日程かかるはずです。後になるほど乾パンや干し肉の食事になりますからそこで温かい物が食べられるのは体力、気力を回復させるのに役立つはずですよ」


ササリアもスープを飲んで言う。


作ったスープはなかなか好評なようで総士郎も安心する。


そして、食事中の話題として少し疑問に思っていた事を聞いてみた。


「そーいや、魔物の肉って食えないのか?」


今日、倒した魔物は魔石カーバンクルと兎の角以外の部分はその場に放置してきている。


アリはともかく大きな兎や鼠は食べられそうな気がするが。


「食べられなくはないわよ。ただ、さっき言った火をおこす必要がある問題と兎と鼠は不味いらしいわ」


「でも、スクリーマーっていう美味い魔物が地下迷宮には出るって聞いたことがあるぞ」


リナの言葉にセスタが言う。


「スクリーマー?」


「はい、魔石がないので正確には魔物ではないのですが、そういう動物が地下迷宮にはでますね。その身は柔らかく、味は濃厚でとても美味しかったです」


「ササリアは食べた事があるんだ?」


「はい。一度だけ祝福の水を汲みに来た時に運良く倒せたことがあります」


ササリアは総士郎に答える。


「私は食べたことないのよねぇ。魔物じゃないからこっちを見ると逃げちゃうのよ。下手に追いかけると地下迷宮で道に迷うことにもなりかねないし、仕留めるのは難しいわね」


リナが言った。


「スクリーマーですか?地下迷宮を維持するために魔物の餌として地下迷宮自体が放っている動物ですね。システムで調べれば、養殖場がわかるはずですよ」


「本当?本当なら行ってみたいわね」


ユアの言葉にリナが反応した。


「後で調べてみます。もし、行きやすい場所なら少しの寄り道くらいはいいでしょう」


ユアは答えた。


そんな感じで魔物を食料とする話をしながら食事を進めていった。




「エル・エネルギーに余裕が無くなっています。協力を要請します」


食事の後、座って紅茶を飲みながらのんびりしているとユアが話しかけてきた。


他の者達は少し離れた場所で鍋と食器を洗いながら雑談している。


「エル・エネルギー?」


「魔力のことですね」


聞き返す総士郎にユアが答えた。


「ああ、魔力ね、魔力って、、、」


ユアが目を覚ます前に指先を吸われたことを思い出す。


「交わした取り決めに「目的の達成のために互いに協力すること」という項目があります。ですので正当な要求なはずです」


確かに「目的の達成のために互いに協力すること」という取り決めはしたがそれは円滑に地下迷宮の攻略を進めるための項目だ。


そのために指チュパされることになるとは考えていなかった。


「えっと、指吸うの?」


「そうですね。別にキスでも構いませんが」


「イヤイヤイヤ、指でお願いします」


「そうですか?ソウシロウの容姿ならギリギリ及第点をあげてもいいと思ったのですが」


ユアは何でもないように言う。


ギリギリ及第点


総士郎の容姿はギリギリ及第点らしい。喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙な評価だった。


それはともかく、ここは取り決め通りに協力するしかないだろう。


魔力切れでユアが動けなくなってしまっては総士郎も困る。


総士郎は1つため息をつき覚悟を決める。


「いくぞ」


「はい」


プニッ


ユアの柔らかい唇に触れた。


柔らかく温かい感触に指が包まれる。


ユアの瞳が虹色に光った。


それと同時に総士郎の指先に向かって何かが流れていく感じがする。


1、2、3、4、5、、、


それが10秒程続いたところでユアが指から唇を離した。


瞳の虹色が収まっていく。


「エル・エネルギーが48%まで回復しました。ごちそうさまでした」


「お、お粗末様でした?」


総士郎の腹の奥に僅かだが違和感があり、少し気分が良くない。


「けっこうガッツリいったな」


リン級の攻撃魔法2発分くらいの魔力酔いを感じた。


「先程、使用回数が余ってもったいないと言っていましたので少々多めにいただきました。これで暫くは大丈夫です。ありがとうございました」


そう言ってユアは頭を下げたのだった。




じーーー


視線を感じて振り返る。


セスタ、リナ、ササリアの3人がこっちを見ていた。


・・・


「な、なんでしょう?」


こっちを見たまま何も言わない3人に問いかける。


「エッチだ」


「エッチね」


「エッチですね」


セスタ、リナ、ササリアがそれぞれに口にする。


「なんでだよ!」


総士郎は3人の冷たい視線に抗うように大きめの声でツッコんだ。


・・・


「ぷっ」


ユアが吹き出す。


「ふふふ、、、あはははは」


そのまま、お腹を抱えて笑いだした。


「はははは、エッ、エッチって、、、しかも3人で、、、お、おもしろ過ぎます、、、ふふふふ」


ユアは笑ったまま、なんとか絞り出す。


「ユア?」


総士郎が呼びかけるがユアは笑ったままだ。


「いや、すいませ、、、ふふふふ、、、」


ユアはよっぽど笑いのツボに入ったのか笑いが堪えきれないようだ。


「ホント、に、すいません、こんなに、笑ったのは、久しぶりのことなので、、、ふふふ、、、」


ユアはまだ笑っている。


その様子にセスタ、リナ、ササリアは顔を見合わせる。


そして、

「エッチだ」

「エッチね」

「エッチですね」

3人は真顔で言った。


「だから!なんでだよ!」


総士郎もツッコミを入れる。


ユアは涙目になりながらお腹を抱える。


「あはははは、、、や、やめて、やめて、ください、はははは、、、ふふふ、、、お腹痛い、、、ふふふふ、、、」


その様子を見て総士郎、セスタ、リナ、ササリアも笑い合うのだった。


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