第29話 地図とベーゴマ
「おはようございます」
翌朝、ササリアと共にリカードのもとに顔を出した。
「おはよう。今日はクジラもカニも水竜も上がっていないな。残念だ」
リカードは本当に残念そうに言った。
「今日は仕事はなしか。こんな日もあるんだな」
「たまにですけど、ありますね。私も残念です」
メイスとバックラーをきっちり装備したササリアは言った。
しょうがないので、海畑に降りて貝や魚を拾っていく。
「そんなに小さい魚をどうするんですか?」
総士郎が小さなイワシのような小さな魚を拾うとササリアが聞いてきた。
「前に言っていた魚のソースに使うんだ。小さい魚は売ってないから自分で拾おうと思って。小さい魚は普通は拾わないのか?」
「そうですね。小さい魚は身が少ないので料理にできませんから」
「小魚のフライとかはあんまり一般的じゃないのか?」
「フライですか?クジラの油は少し生臭いですからフライは一般にはあまり好まれません。でも、オリーブの油で揚げたものは美味しいと聞いたことがあります」
そんなふうに雑談しながら持ってきたタライがいっぱいになるまで海畑で貝などを拾った。
大きめの魚とウニ2つ、貝2つ、それと総士郎が使う小魚を除いて市で売ってしまう。
今日はササリアも買い物をするらしく二人で市を見ていく。
野菜をいくつか買う。
「おっす!ソウシロウ!買い物か?」
そこで後ろから声をかけられた。セスタだ。
「セスタか。俺は買い物だな。そっちは店はいいのか?」
「休憩して昼飯食ってきたんだ」
「店は大丈夫なのか?」
「一時閉店中にしてある。隣の店のオバちゃんにも荷物を見てもらってるよ」
「そうか」
「注文の品は明日にはできるからとりに来てくれよ。じゃ、店もあるし行くな」
そう言ってセスタは離れていった。
「今のは?」
「昨日、知り合った鍛冶の工房の子だな」
「昨日、知り合った割には親しそうでしたけど」
「仕事を見せてもらったりしたからな」
ササリアの問に総士郎は答えた。
その後も少し買い物をし、ササリアと教会の離れに戻った。
ササリアと昼食をとる。
昼食はウニの平打麺のパスタとザワークラウトとスープだった。
ウニのパスタは海畑で大きなウニを拾えたので総士郎がリクエストした。刻み海苔がないのが少し物足りなかったが美味しかった。
ササリアは
「ウニってこんな食べ方もできるんですね。美味しいです」
としきりに感心していた。
総士郎は買ってきた壺に塩と小魚を入れていく。
「量が足りないか」
拾った小魚では壺の半分くらいにしかならない。
「次の海畑で拾ったものを足しても大丈夫かな?」
少し考え、塩に漬ける時間が7日間くらいならズレても大丈夫だろうと結論づけた。
横に準備しておいた漬物石を慎重に持ち上げる。
「つけものいし」を持ち上げると移動ができなくなったり、最悪、重量オーバーで潰されて死んだりするから気をつけないといけない。
しょうもないことを考えながら、塩をした小魚の上に慎重に漬物石を置いた。
その後、総士郎は教会本部の資料室に出かけた。
まず地図を探したのだが街や村の存在を詳しく書いてある地図はなかなか見つからなかった。
ようやく見つけたものは300年程前のもので、テラクタのある北の大陸の南側が書かれているものだった。
そこにはシェン、テラクタを含めた5つの大きな街と10程の小さな街、40程の村の名前が記されていた。
テラクタから1番近い集落は、、、「エルフの世界樹」?
テラクタから西に100キロ程離れた場所に文字で地名だけが書かれている。一応、テラクタからそこまでに道らしい線も引かれている。
エルフ?
そう言えば、この世界に来てから、エルフ、ドワーフ、ホビットなどのファンタジーでよく出てくる亜人種のようなものの存在は見たことも聞いたことも無かった。
街の中や市でも耳の尖った人などは見かけたことはない。
「エルフについて調べてみるか」
概要だけなら誰かに聞いた方が早い気もするがロシェのところにはあまり行く気にならない。
この資料室で調べてみて、わからなかったらササリアに聞いてみよう。ロシェを頼るのは最後の手段だ。
総士郎はエルフの資料がないか探すために書架へと向かった。
「エルフって知ってるか?」
結局、総士郎自身で調べた限りではあまり収穫は得られなかったため、夕食時にササリアにたずねる。
「エルフって、あの怠惰なエルフですか?」
ササリアは答えた。
「たぶんそのエルフだな」
総士郎は資料室で「王子とエルフの娘」という童話の本を見つけていた。その話の中で、エルフは怠惰な存在として書かれていた。
「一人目の勇者様の話の中に出てくるので人族の一種族として存在しているはずですが、私は見たことがありませんね」
「テラクタにはいないのか?」
「いないんじゃないでしょうか?」
「テラクタの西に「エルフの世界樹」という場所があるらしいんだが、それについては?」
「西にですか?うーん?聞いたことがないですね」
ササリアからの収穫はゼロのようだ。
他の街などのことも調べてみて、それでも情報が得られなければロシェに聞いてみるしかないか。
それまではとりあえず棚上げにしておこう。
総士郎はエルフのこと、というよりはロシェへの相談を後回しにすることにした。
翌朝も海畑での仕事に向かった。
「おはようございます」
職場での最初の挨拶は朝でも昼でも夜でも、部下でも上司でも「おはようございます」だ。
「おはよう。今日は小さめの青の海竜が上がっている。討伐後に真っ二つにしてくれ」
リカードが挨拶を返し、今日の仕事の説明をしてくれた。
リナにならい討伐後に真っ二つにするようだ。
「青の海竜か。どれだ?」
「あれだな。小さいし昼までには倒せるはずだ」
リカードが指差す方には体長12メートル程のワニに似た生物がいた。
大まかな外見はワニに似ているが前後の足の部分は足ではなくてヒレだ。体の表面の質感もイルカのようにツルッとしていて凹凸も少ない。
青の海竜は氷のブレスを吐くようだったがやはり陸上ではほとんど移動はできないようだった。
そこをマンモス狩り戦法のヒット&アウェイで体力を削られ、最後は首の部分に沢山の傷を受け絶命した。
総士郎は狩られた青の海竜を風の戦斧で真っ二つにし、今日の仕事を終えた。
リカードから仕事の報酬を受け取りセスタの店へと向かう。その途中で大き目の木のバケツを買った。
「おはよう。頼んだものはできてるか?」
「おはよう、ソウシロウ。出来てるゼ。でも、これはなんに使うんだ?」
セスタは総士郎が注文した背の低い円錐形の鉄の塊を取り出して言った。
「それはこれから見せる」
総士郎はそう言うとリュックサックから布と綿の紐を取り出した。
来る途中に買ったバケツに布を張る。
もう一本、紐を取り出してセスタから受け取った円錐形の鉄に巻きつけた。
「そいっ」
円錐形の鉄を投げるようにして布の張られたバケツに落とした。
トンッ
小さな音と共に布の上に着地した円錐形の鉄は尖った方を下にして高速で回転し、布の上で倒れずに回っていた。ベーゴマだ。
ベーゴマなら脆くて少々錆びやすい鉄で作っても問題はないはずだ。
「一発で上手く回せたか。よかった」
総士郎は呟く。
「何だこれ?どうなってんだ?」
セスタは少し驚いて回転するベーゴマを見つめている。
「ベーゴマって言ってな、この紐で金属製のコマを回すんだ。それに、ほっと」
気合と共にもう一つベーゴマを布の上に投入する。
カチッカチッカチンッ!
布の上でぶつかり合ったコマの片方が布から弾き出された。
「こうやって、弾き出された方が負け。みたいにして遊ぶんだ」
「へー、スゲーな。アタイもやってみてもいいか?」
「そうだな、まず紐の巻き方はこうだな。で、こうして投げると言うよりは紐を引っ張る感じで、、、」
セスタにベーゴマの回し方を教えた。
「コツがいるけど、回せるようになると面白いな」
ベーゴマを回せるようになったセスタは布の上にベーゴマを次々に投入して遊んでいた。
「発注した20個は持っていくけど、セスタはこれを自由に作っていいぞ。あと、コマ同士でぶつけて遊ぶなら勝った方がわかりやすいように円錐形の反対の面はいろいろな模様があったほうがいいな」
「どういう意味だ?」
セスタは総士郎にたずねた。
「これ1つがだいたい銅貨4枚くらいなんだろ。銅貨4枚なら子供でも貝を拾ってきて調達できるからな。売れると思うぞ」
「アタイが作って売ってもいいのか?」
「ああ、その代わり俺が作ったのよりかっこいいデザインで作ってくれ」
総士郎の注文したものの円錐形の反対側は特別な模様とかではなく十字が刻まれているだけだった。
「まじか?それにこっちの面には好きなデザインが彫れるのか」
「そうだな。そのうち、真似して同じようなコマを売るところも出てくるかもしれないからな。デザインとあとは長く回るコマの安定性だな。セスタは十分な技術を持ってるし負けないように頑張ってくれ。で、もし儲かったら美味しい食事でもごちそうしてくれ」
「わかった。自分でも工夫して作ってみるよ。で、ソウシロウに美味いメシ奢ってやる」
そう言ったセスタはやる気に燃えているようだった。
夕食の後、部屋に戻り考え事をする。
今日、公衆浴場に行き、風呂のついでに温泉の硫黄を手に入れてきた。
火薬の原料だ。
硝石の確保は目処がついている、木炭は市でも売っている。
問題は総士郎が黒色火薬の配合比率を詳しく覚えてないことだった。
「硝石が6割か7割か8割で、残りは硫黄と木炭で半々だった気がするが詳しくは覚えてないなぁ」
昔々に科学の実験で黒色火薬から線香花火を作ったような気もするが、さすがに60年近く前のことは詳細には思い出せなかった。
「実験してみるしかないかな」
総士郎は呟いた。
「セスタの方はたぶん上手くいくと思う」
セスタには変なものを作らせてみて、その結果上手くいく。みたいな流れをベーゴマで覚えさせて。その勢いで銃身を作って貰うつもりだ。
結局、魔法の適正のことはバレるがある種の信頼関係を築いておけば、ことは大きくならないかもしれない。
「やっぱり炎か光の属性にもある程度の適正があることにして誤魔化すしかないか」
嘘をつくのは気乗りしないが、とりあえずそれでいくしかない。
完全な試作品にはなるが銃の材料は揃いつつある。
総士郎の目論見通りの性能が出せれば、最低でも150メートル、最大300メートルの射程で十分な威力のある火縄銃が作れるはずだ。
問題は、銃自体がワイバーンのような大型生物を狩るのに向いているか?かもしれない。
的が大きいので命中精度はもっと低くていいが、威力がもっとある銃じゃないと役に立たない。みたいな事態が考えられる。
他にも、この世界の人間の方が、「気」の存在を考えなかったとしても、地球の人間より身体能力は高い気がする。
重かったり反動が大きくても威力がある銃を地球人よりも好むかもしれない。
つまり、M14とM16を評価してM14が勝つようなことがあり得るかもしれない。
「結局、どれも試してみないことにはわからないか」
情報の整理と、まだ準備できていない必要なものを書き出すために羽ペンとインク、羊皮紙を準備する。
メモを取るだけでいろいろ手間がかかることにはまだ慣れなかった。
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