第58話 幻獣の領域 胸中に抱く疑念
道中、涼香はひたすら騒いでいたが、その元気も収まってきた頃には目的の村に着いた。村といってもそこそこの規模はある。作物の育ちやすい土地だし、それなりに人は集まるんだろう。
「おお……」
「武人様じゃ! 武人様が来られたぞぉ!」
涼香の恰好はどこからどう見ても立派な武人だからな。村にいきなり貴族が見えれば平民なら驚く。涼香は慣れているのか、村人を警戒させない様にゆっくりと馬を進めつつ声を上げる。
「お役目で立ち寄った身、気遣いは無用よ! 仕事の邪魔はしたくないの、どうか気にしないで!」
さすがに堂々としたものだ。感心して見ているとさらに涼香は言葉を続けた。
「私は皇護三家が一つ、葉桐家の葉桐涼香! 手は休めずそのまま聞いて欲しいんだけど、誰か大型幻獣の鳴き声について知っている方はいる?」
「葉桐家!」
「おお……この様な農村まで葉桐家の方は見回ってくれておるのか……」
「ありがたやありがたや……」
ただの武人じゃこうもいかないだろう。声もよく通る。流石は葉桐家の者といったところか。随所に村人への気遣いが感じられるところもいい。
こいつにこんな一面があったとはな。涼香のおかげで俺達は難なく村人から話を聞く事ができた。
「そりゃこんな場所ですから、幻獣の鳴き声は聞きますが……」
「毎日っていう訳じゃないけどね」
「たまに領域から出てくる幻獣もいるにはいるけど。ご存じの通り、大陸北部はそこまで凶悪な幻獣はいないし……」
「ああ、あれかな? ほら、十日くらい前に与助が話してたやつ!」
「え、俺何か話したっけ? ……ああ、そうだ。領域内に実る果実を取りに行った時、複数の幻獣の鳴き声が一斉に鳴いたのを聞いたんだ。珍しい出来事だったから領主様にお伝えはしたけど……」
「大型幻獣? 長くここに住んどるが見た事ないのぉ……」
「え。賊? さぁ~、そういうのはちょっと分からないかな~」
「ん~、たまに幻獣の領域で人の足跡は見るけど。賊かどうかまでは……」
「賊かは分からないけど、幻獣の領域の方からやってきた人なら大分前に見たね」
一通り話を聞き終えたところで俺達は話し合った。
「……理玖兄さん、どういう事だと思う?」
「そうだな……。とりあえず賊の出没や大型幻獣の存在に恐怖している様には見えなかったな」
「おかしいわね……。幻獣の領域にいるという大型幻獣はどうなったのかしら……」
ふむ……と少し考えを深めていく。これまで聞いた話と今回の依頼。村と亀泉領の状況。
「元々善之助からの依頼は、賊の暗躍がないかと大型幻獣がいないかの調査だ。いないならいないで別に構わない。だが幻獣の領域には一度足を運んでおいた方がいいな」
「理玖兄さんはそこに賊がいるって考えているの?」
「いや……。今の情報だけじゃそこまでの判断はできない。だが大型幻獣については何となく分かった」
「え!?」
「一度領主に幻獣の鳴き声の件で報告した奴がいただろ。その話に尾ひれ背びれが付いて、領主の耳に入る時には大型幻獣の鳴き声ってなったんじゃないか?」
「……なるほど」
「でも待って。それでわざわざ皇都に連絡をとって、武人や術士の派遣を頼むかしら?」
ほう……。さすが葉桐と言ったところか。猪突猛進な脳筋かと思いきや、冷静に思考できる部分もあるじゃないか。俺は目で涼香に先を促す。
「もし第一報で大型幻獣と確信していたのなら、調査のための武人ではなく皇国軍に出動要請を出すはずよ。つまり領主はまだ本当に大型幻獣がいるのか分からない、というのは確かなんだと思う。でもそれならまず自領の武人を使って調査するはずよ。人手不足って言っていたけど、私たちに同行させようという余裕はあったんだし……」
「そうだ。つまり一段階飛ばして涼香達を呼んだと言える。何故だと思う?」
俺の問いかけに雫が答える。
「その時は本当に忙しくて、人手も最近になって都合がつくようになった……?」
「なるほど……。でもやっぱり、土地勘のない私たちをそれで呼ぶかしら……?」
「そうだな。それともう一つ。大型幻獣の話は領都で聞く事はできたが、村では聞かない。賊らしき人影は領都では聞かなかったが、村では断言できないものの誰かしらの痕跡があるという話は聞けた。賊の調査は領主からの依頼にはなく、こちらは善之助が個人的に俺に依頼してきたものだが……」
「何か……変」
「うん。ちょっとすっきりしないかな……」
可能性の話であればいろいろと考えられる事はあるが、どれも想像の域を出ない。日給の発生する仕事でもあるし、ここは足で稼ぐとしよう。
「とりあえず一度幻獣の領域に行ってみようと思う。お前らはどうする?」
「もちろん行くわ!」
「わ、私も……!」
直接確認すれば見えてくるものもあるだろう。
■
村から出てほどなくして幻獣の領域に到着する。
「ここが……」
「幻獣の領域……」
うっそうとした森だが、それほど深くはない。海が近い影響だろうか。
「幻獣の領域は初めてか?」
「何よ、悪い?」
「私は毛呂山領に居た頃に少しだけ……。本当に少し、表層部分だけだけど……」
幻獣の領域は自然が多く、様々な果実も実る。多少の危険を見返りに、それなりの恵みが得られる領域でもある。ただし深く入り込むとそこはもはや人外魔境の地。より強くより凶悪な幻獣が一日中、四方八方から襲い掛かる。
「そういうあんたはどうなのよ」
「似た様な所には行った事があるな」
「なにそれ。あんたも初めてなんじゃない」
何か思い出したのか、雫は口元を手で押さえる。おいおい、こんなところで吐くのはやめてくれよ。
「雫、いくらなんでもここはあそこまでじゃないから安心しろ」
「う、うん……」
警戒しながら俺達は領域に足を踏み入れる。……やはりあの島ほどの脅威は感じないな。とはいえ油断していい理由にはならないが。
「あ!」
「幻獣!」
俺達に向かって襲い掛かってきたのは二匹の魔猿だった。とはいえ小型。二匹とも俺の腰くらいの大きさだ。ひりつく様な気配も覚えない。
「雫、術は使うな。あの程度で霊力と符を消耗するのはもったいない」
「え……でも……」
「涼香、俺が左をやる。お前は……」
「冗談! あの程度、私一人で十分よ!」
そう言うと涼香は刀を抜いて絶影で駆けだす。まぁ実際涼香だけでも十分だとは思うが、俺がついていて何かあれば善之助に顔が立たない。俺の実力に対する信頼が崩れるというものだ。
そうなると今後はこんなおいしい仕事を回してくれる事もないだろう。そんな訳で俺は涼香の言い分を無視して駆けだし、左の魔猿の前に立つ。
「キーッ、キー!」
魔猿は飛び掛かってきたが、その動きはあまりにも遅い。俺は右手に取り出した刀を振ってその胴体を一刀両断する。
なんと容易い事か。並の幻獣がこの程度の脅威だったなんてと改めて考えてしまう。隣を見ると涼香も善戦していた。
「やあああ!」
斬り、払い、突き。連撃を上手く繋げて魔猿に隙を与えない。確実にその身を削っていき、大きく動きを崩した所で必殺の一太刀が入った。
「次! ……てあれ?」
「こっちはもう終わっている」
「ちょっと! 私一人で十分だって言ったでしょ!」
「言ったな」
「じゃどうしてあんたが片付けてるのよ!」
「何で俺がお前の指示に従わなくちゃいけないんだ」
「というか昨日も思ったけど! その刀、どこから取り出したのよ!?」
ああ、と言って俺は刀を瞬時に消して、その場からしまう。
「どこにしまったの!? というか私との時は刀なんて持っていなかったじゃない!」
「必要なかったからな」
「私はこの猿以下って言う事!?」
「いや、それは違う」
「じゃ何よ!?」
「殺すか殺さないか、だ」
「う……」
この魔猿は初めから殺す気だったからな。その後も涼香は何かと呟いていたが、領域の探索は進む。
「これ以上は日が昇っている内に村に帰れなくなる。一旦帰ろう」
「……そうね」
「結局賊も大型幻獣も手掛かりはありませんでしたね……」
その後も幻獣との戦いは続いたが、どれも問題なく対処した。幻獣の集団が現れた時は雫が術を使ったが、その腕はなかなかのものだと思えた。
「それにしても、せっかく狩った幻獣も運べないんじゃもったいないな……」
「食べる気……?」
「そりゃ食えるからな。運べるもんなら運んで村人に振る舞うさ」
少なくとも生でかじる事はない。調理という文明は素晴らしいと改めて思う。とりあえず今日は帰ろうと踵を返した時だった。首に微かにひりつきを覚え、俺は二人にその場で留まる様に指示を出す。
「? 理玖兄さん?」
「ちょっと、どうしたのよ?」
「少し待て……」
俺は自分の感覚を決して気のせいでは済ませない。そのまま目を閉じて少し集中する。
「なに、どこか怪我でもしたの?」
「静かにしろ……。これは……」
瞼の裏に面白い風景が見えた。これはどういう事だろうか。
「俺達の痕跡を追って領域に入って来た者が複数人いる」
「え!?」
「それ、本当!?」
「ニ人は既にこちらを捉えている。仲間に知らせているな、間もなく全員ここに姿を現すだろう。数は……五人。というかこいつは……」
仲間から合図を受けた三人は瞬時に移動し、あっという間に俺達の正面に姿を現す。この歩法、絶影だな。
「これはこれは涼香様。この様な場所でお会いできるとは」
「え……」
そう言って俺達の前に姿を見せたのは、亀泉領の武叡頭。凪津根武蔵だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます