第51話 皇族との対談 指月の報酬
「む……」
錬陽が目覚めた場所は見覚えの無い所であった。近くにいた女性が、錬陽が意識を取り戻したのを確認し、誰かを呼びに行く。
(俺は……確か、理玖と戦って……)
ゆっくりと思い出していると部屋に誰かの気配がする。おもむろに視線を横に移すと、そこには理玖が立っていた。
「お目覚めかい、親父殿」
「理玖……」
ああ、そうだ。自分はこの強く成長した息子に負けたのだと思い出す。
「何をしている……ここはどこだ……?」
「ここは皇都の診療所だ。俺に完膚なきまでに負けたあんたは、ここに運ばれて長い事意識を失っていたのさ」
「ぬ……」
身を起こそうとするが、思った様に身体は動かない。どうやらまだ傷は完治していないらしい。
「もう若くないんだ、無理すんなって」
「お前はここで何をしている……?」
「そりゃ無様なあんたの姿なんて、そうそう見れるものじゃないからな。単に暇つぶしさ」
「そうか……」
「ったく。あんたが呑気に寝ている間にいろいろ大変だったんだぜ。主に近衛がだが」
「誰がやったと思っておる……」
「さて。なんだかんだ大丈夫そうだし、俺行くわ」
「待て」
窓から去って行こうとする理玖を錬陽は止める。その口調は厳かなものであった。
「理玖よ。陸立家に帰ってこい。追い出した身で都合がいいのは分かっているが、お前には霊力など無くとも近衛に引けをとらん実力がある」
本当に一瞬ではあったが、理玖が答えるまでに少しの間が空く。だが次に理玖が口を開いた時、その顔は何とも言えない様な、曖昧な表情を浮かべていた。
「お断りだね。せっかく自由の身になったんだ、今さらあんな規則にうるさくて剣術バカに囲まれる生活なんて耐えられないっての」
「……そうか」
自由と簡単に言うが、国家が存在し、幻獣蔓延る大陸で個人がそれを貫くには相応の実力が求められる。
その失われた左目を見れば、自由を謳えるだけの力を手にするために、多くのものを犠牲にしてきた事は簡単に想像できた。
「ああ、そうだ。俺が皇都を出た時、俺の殺害を命じた奴がいるはずなんだが。誰か知らないか?」
もしかしたらこれが本題で、自分が目を覚ます機会を見計らっていたのかと考えるが、錬陽は首を横に振る。
「確か偕も話していたな。その様な話、聞いた事がないが……」
「そうか。ならいい」
そう言うと今度こそ理玖は部屋の入り口から姿を消した。
■
それからほどなくして姿を現したのは葉桐善之助だった。
「おお、目覚めたか。かなりの傷を負っていたからな、心配したぞ」
「はっ……。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「いや、良い。……息子に敗れたというのは誠か?」
「はい。笑いがこみ上げるくらいに敵いませんでした」
「それほどか……」
「おそらく近衛頭であっても、容易く敵う相手ではないでしょう」
「むう……」
その確信がある。磨きのかかっていた体捌きはもちろん、例え技で上回れても理玖には不可思議な術もある。
発動の瞬間が読めず、気づいた時には術中にある。初見で回避する事はまず不可能だろう。
「それより、私が息子に敗れた事。疑わないのですね」
「ああ……。この数日、いろいろあってな……」
「いろいろ、ですか」
先ほど理玖が「近衛がいろいろ大変だった」と話していた事を思い出す。
「万葉様が、運命の日を迎えられた」
「な!? それは……!?」
錬陽は身を起こそうとするが、痛みでその表情を歪める。
「落ち着け、万葉様はご無事だ」
「……! 誠ですか!」
「ああ。清香たちの報告によると、妖はお前の息子……理玖が討ったとの事だ」
「なんと……」
善之助は清香たちから聞いたあの日の出来事を錬陽に話す。
皇国において、すでに理玖が常の者ではない強さを得ている事は周知の事実だった。そのため、錬陽が理玖に敗れたと聞いても疑っていなかったのだ。
「妖は清香ら三人がかりでも太刀打ちできぬ程の実力を兼ね備えていたそうだ。だが当の理玖はその妖相手に、終始一方的だったと聞く。具体的に何をしたのかは口止めされておるようでな。万葉様がお話しにならない限り、自分たちから話す事はできんと一点張りだ。おかげで理玖がどう妖相手に立ち回ったのかは、分からず仕舞いだ」
「そうですか……」
錬陽にはあの不思議な術を使ったのだろうと予想がついた。だが理玖が伏せておきたいのなら、自分もとりあえず伏せておくと決める。皇族を見事護ってみせたのだ、それくらい気を使ってもいいだろう。
それに目覚めた直後に理玖が来た事。これは自分に対しても、口留めをするつもりで訪れていたのではないかと考える。
「今、理玖はどこにいるのか行方が掴めておらん。その扱いをどうするかも決めかねておるところだ」
きっと皇国籍を戻したり、英雄として迎えられるのは望んでいないだろう。僅かな時ではあるが、理玖と言葉を交わした錬陽はそう考えた。しかし次の善之助の言葉には僅かに驚く。
「だが近く、万葉様が理玖をお呼びになる」
「……どういう事でしょう?」
「何でも万葉様であれば、理玖を呼び出す事ができるとの事なのだ。故あって同席できるのは指月様だけだが」
「そうですか……」
万葉と理玖の間に何かがあったのだろうと想像を働かせる。どういう形であれ、こうして再び皇国と理玖との間で繋がりが生まれたのは、錬陽にとって喜ばしい事であった。
■
「む……」
万葉が俺を呼ぶ念を感じる。大精霊との契約に基づき、万葉の守護者となった俺は直ぐにその気配を察した。
シュドさんの呼び出しに応えるよりも遥かに小さい負担で、俺は万葉の側に転位する。転位した先はどこかの一室。そこには万葉と指月が立っていた。
「理玖さま……!」
「まさか本当に万葉の求めに応じられるとは……」
どうやら約束通り、指月と二人の時を見計らって呼んでくれたようだな。
「指月。お前の言う事に従って皇都に戻っていたら、万葉が危ないところだったぞ」
俺の指摘に指月はバツの悪そうな表情を見せる。皇族というのはもっと感情に乏しい奴なのかと思っていたが、妹思いなところといい、妙に人間味を感じる。単に俺が偏見を持っていただけか。
「改めて礼を言わせてくれ。よく万葉を死の運命から救ってくれた……!」
「言ったろ。俺はお前に金で雇われただけ。あくまで仕事だ」
「ふふ……。だが君自身、万葉に用事があったのも事実では?」
「……なんだと?」
「ああ、恩人に余計な詮索をするつもりはないよ。ただ君が万葉に施した、君を呼び出す事を可能にする術。その時の話を聞いた時に、何となくそう思ったのさ。気を悪くさせたならすまない、謝罪しよう」
皇国民にとって皇族から謝罪される事などありえないし、あってはならない。俺は皇国民じゃないから今さら気にしないが。
それより指月の言う事を考える。俺が万葉に術を施した時。俺は「何か身に危険を感じたら、その腕に向けて強く俺の名を呼べ」と話した。
(……なるほど。指月との契約はあくまで妖から万葉を護る事。これでは妖以外でも、今後も万葉に降りかかる災難があれば俺が護ると伝えている様なものだ。実際大精霊との契約があるからその通りなんだが)
妙な直感力でそこまで感じとったのか……? とにかく、指月に今後も万葉は俺が護ってくれると思われるのはしゃくだ。体裁は整えておく。
「今回の件で俺の実力は証明できただろ? 俺としても上得意に皇族がいれば食いっぱぐれがなくて助かる。妹思いのお前ならまた俺を雇うだろうと考えての事だ。それにもし本当に万葉に危険が迫り、俺を呼び出した時。事後承諾でもお前なら護衛料を払うだろう?」
「ふふ。確かに」
指月がどこまで俺の言葉を受け取ったのかは分からないが、俺としても半分は義務、半分は本心だ。万葉は護るが、指月とは今後も対等な関係を継続する。
「おら、分かったらさっさと金を出せ」
「ああ。こちらを確認してくれ」
指月から渡された木箱を開ける。中身は金ではなく、黄金だった。
皇国領では一部で黄金が採取できるが、貴重品なのは間違いない。額は任せると言ったが、まさかこれほどの量を用意していたとは。
「へぇ……」
「おおよそ五千万朱の価値がある。満足いただけただろうか」
「ああ、十分だ。あの程度の化け物退治の対価に黄金を用意するとはな」
「近衛でも敵わなかった相手だと聞いているが……?」
「偕たちは連戦続きだったんだろ? 万全の状態なら何とかなっていたさ」
あの場には大精霊の気配を感じる武具が、いくつかの死骸と共に落ちていた。偕たちが化け物を相手どる前に何かと戦っていたのは想像つく。
今の偕たちの実力がどれほどのものかは分からないが、三人とも若くして近衛になったんだ。同世代最強の武人なのは昔から変わっていないだろう。
「……あの……」
黄金の入った木箱をスッと消した俺に万葉が話しかける。
「理玖さまは、これからどうされるおつもりですか……?」
「いくつか目的はある。その合間でよければまた仕事を請け負ってやるよ。もちろん対価は貰うが」
「差し支えなければ、その目的をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
ふむ……と考える。指月も万葉も俺に恩がある状態だ。しかもその身分は皇族。もしかしたら俺の目的にも役立つかもしれない。
そう考え、俺はある程度なら話しても構わないかと判断する。
「人を探しているんだ」
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