第48話 運命の時 3
「はあぁぁぁ!」
「ふんっ!」
偕たちと死刃衆の戦いは激しいものであった。一人では確実に押されっぱなしであるところ、四対二で互いに援護しながら確実に相手を削っていく。
「こしゃくな!」
(強い……! 僕一人だったらもう二度は死んでいた! でも!)
相手の攻撃を誠臣が受け、偕と雫が隙を作る。そうしてできた隙を清香が、時に偕と共に突いていく。
長年ともに切磋琢磨してきたからこそ可能な連携だった。互いに役割を理解し、自分がどう動けばいいのか、どう動いてほしいと思われているのかを完全に理解した動き。
近衛ほどの実力者で繰り出される高度な連携にはさすがの慈雷、摩鷲といえど崩すのは難しい。清香は葵から聞いていた摩鷲の鋼の肉体を確実に仕留めるため、神徹刀の力も使いながら一瞬で霊力を爆発させる。
「今! 三進金剛力! 破っ!」
宙に飛ぶ摩鷲の腕。慈雷が技を放った直後の清香を狙いに動くが、そこに飛ぶ雫の術と、誠臣の身体を挟んだ援護。腕を失い、一瞬ひるんだ摩鷲の隙を逃さず絶影で距離を詰める偕。
「二進金剛力! これでぇ!」
即座に金剛力に切り替えた霊力と共に放つ突き。その一撃は見事に摩鷲の心臓を貫いた。
「ぐっ……! がふっ!」
「むぅ! 摩鷲まで……!」
これで四対一。偕たちは慈雷に対しても決して油断する事なく斬りかかる。
ここにきて慈雷は自らの油断と慢心を自覚した。これまで死刃衆は四人で行動する事が多かった。
だが西大陸を旅する内に各々武器の扱いに慣れ、多くの戦いを経て自分たちは、個人でも武人以上の武を持つと考える様になっていた。実際、西大陸では一部の魔術師を除き、誰も死刃衆を止められなかったのだ。
東大陸に戻って来た時、以前より強くなった自分たちにこの大陸で敵う者などそうはいないと息巻いていた。だが森で出会った隻眼の男に終始押された時から何かが狂いだした。
東大陸に戻って、出会って早々の男に負けそうになった事実。これを認めてしまえば、自分のこれまでの戦いは何だったのか。無駄な生だったのかと疑う事になる。
これは慈雷にとってとても耐えられるものではなかった。それ故、一撃必殺型の自分とはたまたま相性が悪かったのだと思うに至った。思えば既に、この時から自分の強さに対して慢心していたのだろう。
(……なんて事はない。強者との戦いを望むと口では言いながら、俺はこれまで自分よりも弱い奴としか戦ってこなかったという事か)
慈雷は偕たちを相手取りながら考える。たまたま自分よりも弱い武人を倒し、実力の近い近衛は複数人でいたぶった。
これまでの勝利は相手の未熟さと数の暴力に頼ったもの。大蔵地砕槌を手にしてからというもの、武器の力を自分の実力と考える様になっていた。このままでは遠からず自分も敗れるであろう。
(思えば我ら死刃衆の中で、真に強者との戦いを望んでいたのは騨條斎ただ一人であった。我らはあの男に付いているおまけの様な存在。だが意地はある! せめて一人! ここで潰す!)
「おおおおおおおおお!」
槌に霊力を込め、最大最高の一撃を繰り出す。触れたものは人であれ神徹刀であれ粉々に砕くだろう。葵もこれを警戒して慈雷との戦いでは慎重だった。
だがここにいる近衛は、誰もが自分こそが最も強く思い描く理想の近衛になると、幼少の頃より覚悟を持って生きてきた者。近衛となり皇族と皇国を守る守護者になると鍛錬を積んできた者。そして今は、万葉を絶望の未来から必ず助けると、誓いを新たにした者。
ここにきて誠臣は、さらに自分の覚悟を一歩前に進める。
(びびってんじゃねぇ誠臣! 俺の目指す近衛ならこんな事で退いたりはしねぇ! 相手も必死だ、ここで壁役の俺がしっかり役目を果たす!)
左腕に強硬身の霊力を集中させ、慈雷の槌が迫る中、その左腕で掌底を放つ。これは毛呂山領に居た頃、南方狼十郎から教わった技であった。
「かぁっ!」
誠臣の覚悟が慈雷の一撃を速度で上回る。誠臣の放った掌底は慈雷の胴体を的確に捉えると、その巨躯を宙に飛ばす。大きな威力はないが、当たれば相手を吹き飛ばす事ができる。かつて狼十郎が菊一に放った技だ。
「ぬおぉ!?」
誠臣は後方に控える雫に後を託す。雫が自身の最大攻撃符術の準備を整えている事を察した上で、それを発動させられる隙を作るために動いたのだ。雫の凛とした声が響く。
「天駄句公よ、その御力をここに! 星辰・雷鳴剣!」
宙に浮いては絶対に避けられない絶死の雷光が慈雷に突き刺さる。周囲を明るく照らすその雷光の光が収まった時、その場には全身を焦がした大男の死骸と十六霊光無器が一つ、大蔵地砕槌が残るのみであった。
「やった……!」
「はぁ、はぁ……! もうだめ、今日は術を撃てるだけの霊力が残っていないわ……」
「雫! 大丈夫かい!?」
「私なら大丈夫、それより万葉様を……!」
四人は万葉の元へと駆け寄る。万葉は意識はあるものの、腹に受けた打撃や地に落とされた衝撃のため、満足に立ち上がる事ができなかった。
「万葉様、ご無事で! 救出が遅れた事、また御身に怪我を負わせてしまった事。お詫びいたします」
「……いえ。賊は……」
「三人とも倒しましてございます。もう心配はいりません。急ぎ神殿へ戻りましょう。……御免」
そう言い、清香は万葉を背負おうとする。負傷していても変わらぬ美しさと厳かな雰囲気に多少気後れはするが、男である偕や誠臣に背負わせる訳にはいかない。そう考えての事だったが、そこに野太い声が響いた。
「ほう……。慈雷たちを仕留めたか。どうやら相当な強者の様だな」
「!?」
偕たちが振り向くと、そこには人の大きさを優に越えた怪物が立っていた。心臓には杭が刺さっており、全身は乳白色に輝いている。腕は通常の二本に加え、背からも二本生えており、その手には直剣が握られている。
額からは大きく伸びる二本の角。どう見ても怪物だというのに、人語を介する奇妙な存在。まごう事無き妖の類であった。
「……! お、お前、は……!」
「我は騨條斎。これなるは十六霊光無器が一つ、破邪救心大剣よ。それにしても、ふふ……。成った直後で慈雷達を屠れる強さを持つ武人と戦える事、嬉しく思うぞ!」
「っ……!」
騨條斎から放たれる圧倒的な霊力。偕たちは全員、毛呂山領で戦った六角を思い出していた。
六角も相当な強さであったが、騨條斎はその比ではない。これまで戦ってきた者たちの中で間違いなく最強。慈雷達とは格の違う強さである事を肌で理解する。
そして何より。今が万葉の運命の時である事を悟る。
「そこの女が皇族の姫だな……! 大方慈雷達がさらったところを近衛が奪取したといったところか! ふふ、だがここで俺に会ったのが運の尽きよ! それに完全に成ったからか、どうも霊力の豊富な血が飲みたくて堪らん……! 近衛を屠り、姫にはその血を以て我が渇きを癒してもらうとしよう!」
依頼主には姫の血肉が欲しいと言われているが、最低限心臓や目玉が残っていればいいだろう、と騨條斎は付け加える。偕は清香たちに状況の確認を行う。
「……皆さん、霊力は?」
「神殿からずっと神徹刀を抜いてきたんだ、ほとんど残ってはいない。だが!」
「ええ! 退く気は無いわ! 万葉様は決して奪わせない!」
「……皆さん、ごめんなさい。私はもう霊力が残っていないの……!」
「……分かった。雫は万葉様のお側に! 妖は……僕たちが何としても、ここで倒す!」
三人は再び神徹刀を抜く。すでに慈雷達との戦いで半ば以上霊力は失っていたが、そこで折れる心は持っていなかった。今日、この日のために鍛錬を積んで来た日々を思い出す。
「我ら近衛! 皇国のため、そして皇族の守護のため! この刃を振るう!」
「ふはは、いいぞ! 三人まとめて相手してやる、かかってこい!」
■
万葉は妖と偕たちの戦いを見守っていた。目の前の妖が長年自分に悪夢を見せ続けていた存在だと理解はしている。そしてこの夢だけはどうあっても変わらなかった事も。
ふと手に温もりを感じる。視線を向けると、その手を雫が握っていた。
「あ……。その、すみません。万葉様、震えておいででしたから……」
言われて初めて自分が震えていた事に気付く。夢の通りであればこの後自分は死ぬのだ。怖くないはずがない。
何よりここに来るまでに多くの皇国民が死に、夢の通りであれば目の前で戦う近衛三人もその命を散らす事になってしまうのだ。自分のせいで多くの人の命が失われる事も、同じくらい怖い事であった。
「……構いません。ありがとう。ですが、あなたもお逃げなさい。まもなく私は妖の手にかかるでしょう」
「……いえ! 離れません! 私だって九曜一派の術士なんです、何があっても万葉様をお守りいたします!」
その忠義が嬉しくはあるが、同時に苦しくもあった。今だけはその忠義を捨てて逃げ出してほしいと思う。
(だというのに……。一人になるのも怖い。間もなく死ぬと分かっていても、近衛の三人に勝ってほしいと願う自分がいる。もうとっくに諦めた命だというのに……)
どうせ変わらない未来であれば、四人とも自分を見捨てて逃げてほしいと思う。でも心のどこかで妖に打ち勝って、自分を死の未来から救い出してほしいとも願っている。
ここにきて万葉は初めて自分の本当の望み……まだ生きていたいという気持ちに気付いた。そしてそれに気づいたからこそ、余計に死ぬのが怖くなる。
(ああ……! 本当は声に出して言いたい! 死にたくないと! 何としても妖を倒してほしいと! ……でもそれを願うには、今日だけでもう何人も私のために亡くなってしまいました。今さら自分だけ生きたいと望むだなんて……)
元々万葉はよく話す方ではない。人見知りする訳ではないが、口数は決して多くない。特に自分の死期を悟ってからは、より他人との関係を必要最小限にしてきた。人間関係を少なくする事で、自分の死の運命から可能な限り人を排しようとしたのだ。
(……いいえ、それはいい訳。本当は気が滅入っていただけ。私もうすぐ死ぬんだと拗ねていただけ。皆に気にかけてもらいたくて、誰か運命から救ってくれる人が現れてくれる事を願って。ただ願うだけで、私は何もしてこなかった)
何もしてこなかったのに、なんと自分は浅ましいのだろう。死を前にして自分の望みを理解して、なお今。生きたいと願っている。死にたくない。近衛の三人が今、自分の行く末を決める戦いに身を投じている。勝ってほしい。何が何でも勝ってほしい。
「あっ!」
雫の声に、これまで目を背けていた近衛の戦いに視線を向ける。三人ともすでに満身創痍。霊力はほとんど残っていない。
妖の剛腕が清香を砕こうと振るわれるが、間に誠臣が入り、強硬身の霊力を以て左腕で受ける。だがその左腕はあらぬ方向に折れてしまった。
「うああ!」
その場に倒れる誠臣。次いで清香が金剛力の一太刀を浴びせ、妖の身に大きな傷痕を残すが、すぐにその傷は修復されてしまう。
「ははは! 俺が振るう破邪救心大剣は霊力を注ぎ続ける限り、持ち主の傷を癒し続ける! そして今の俺には延々と破邪救心大剣に注ぎ続けられるだけの霊力がある! つまり貴様らは俺に致命傷を与えられんのだ!」
四つの腕全ての攻撃を捌ききれず、清香も数発剛腕の直撃を受けてしまう。強硬身で致命傷を避けたものの、その身は吹き飛ばされとうとう倒れてしまった。
「残りは貴様だけよ、二刀使いの近衛!」
「……! 羽地鶴、絶刀!」
偕は冬凪の御力から羽地鶴へと切り替える。羽地鶴の御力は身体能力を大きく向上させる絶刀。誠臣も清香も直ぐには再起不能。ならば自分がここで妖を倒すと決意する。
「二の型、疾風二連閃!」
「ふはははっ!」
一見するといい勝負に見えるが、結果は火を見るよりも明らかであった。既に偕の霊力は残り少なく、どれだけ深手を負わせても相手は直ぐにその傷を修復してしまう。
さらにまだまだ尽きる様子のない豊富な霊力。そこから繰り出される圧倒的な暴力。そしてついに、その理不尽な力は偕を捉える。
「ふんっ!」
「ぐっ……」
偕の胴体に突き刺さる妖の剛腕。堪らず偕はその場に倒れた。
「ほう……三人ともまだ息があるとはな! 丁度いい、そこで皇族の姫が汚される様をよく見ておくがいい! そして己の無力さにむせび泣け!」
「ま……待て……!」
「や、やめろぉ……!」
「万葉様、逃げ、て……!」
怯える万葉の様子を楽しみながら、騨條斎は一歩一歩ゆっくり足を進める。近衛の目の前で皇国の姫を汚し、その血を飲み干す。皇国にとって最大の反逆、皇国民なら恐れ多くて誰も想像すらしないだろう。
だが自分にはそれを成せる力がある。今や魔神と化した自分の歩みを止められる者など皆無。しかしそう考える騨條斎の前に立ち塞がる女がいた。
「……し、雫」
「退け、妖よ! このお方はこれまで数多の災難から皇国を救ってこられた未来視る姫、月御門万葉様である! お前の様な下賤の輩が目にしていいお方ではない!」
「ふははは! この状況でそれだけ吠えられるとは、見上げた術士よ! だがお前も霊力は残っていまい。そこで大人しく姫が死に行く様を見届けるがいい!」
「嫌よ! 万葉様の苦しみも知らないで……! 10才よ!? 10才の頃から今日この日の不幸を何度も夢に見てきたのよ!? にも関わらず、今日まで皇国のためその道を示してくださった! あなたなんかに万葉様は触れさせない!」
まだ10才の少女が、自分の死を見続ける事がどれだけ辛かっただろう。それでも夢を見続け、皇国を多くの災難から救ってきた。万葉の力で救われた命は多い。
これほどの献身、ここで皇国民として応えなければ格好がつかない。いくら叫んでも勝てる相手ではない事くらい分かっている。雫が騨條斎の前に立つのは半ば意地であった。だがその意地に応える声が響く。
「へぇ、どうやら噂の姫さんは、大層な人望の持ち主らしいな」
「!?」
そう言って万葉たちの背後から現れたのは隻眼の男。右目は鋭く霊力は感じないものの、その身からは只者ではない気配を感じる。新たな闖入者に一同は視線を向けた。
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