第37話 始まる近衛のお役目 霊影会と死刃衆

 御所内、近衛控室。そこでは清香と偕が待機していた。そこに誠臣が扉を開けて入ってくる。


「あ!」

「誠臣さん! ど、どうでしたか!?」

「落ち着け。今話す」


 罪人理玖の生存。この話は一部の武人たちの間で広まった。一部というのは、その多くはそれほど興味がないからだ。


 霊力を持たない武家の者が、神徹刀を持ちだして出奔した事など遥か昔の話。いなくなった脱落者の事を考える時間があるなら、自らの武を鍛える事に時を使うというもの。


 だが少なくとも、この三人にとっては無視できない事だった。偕と清香は誠臣に、理玖と会ったという誠彦から話を聞いてきてもらったのだ。


「どうやら本当に理玖だったらしい。見た目は全く面影が無かったそうだが、その腰には見事な刀が挿されていたそうだ」

「兄さま……! そうですか、良かった……!」

「やっぱり死んだなんて嘘だったのよ! まったく、あの男……!」


 偕と清香は大きく喜ぶ。だが誠臣の表情は暗かった。


「ちょっと、どうしたのよ誠臣」

「あ、ああ……。これは誠彦が言っていたんだが……」


 誠臣は二人に弟から聞いた理玖の話をする。相変わらず霊力は持っていなかったが、何か卑怯な手を打たれたという事。自分はそれで気を失っている間に顔を殴られ、もう一人の魔術師は首を刎ねられたという事。


 今の理玖は武人としての誇りはなく、その凶悪な風貌と、勝つために手段を選ばぬ卑怯な手腕。まさに悪鬼羅刹であると。


「そんな……!? 兄さまが!?」

「ああ……。でも誠彦もいつの間にか意識を失っていたらしくて、具体的に何をされたのか、本当に理玖がやった事なのかは分からないんだ。ただ父上も、理玖なら葉桐一派の手の内を知っているから、何か対策を打たれていたのではないか、て考えているみたいでさ……」

「理玖が……」


 理玖の生存は喜ばしい。だが皇国外とはいえ、葉桐一派と事を構えたのも事実。三人とも複雑な心境だった。


「ま、まぁなんにせよ良かったじゃないか! そりゃ弟は一杯食わされたけどさ、それはあいつの修行不足が原因だし! それにすげぇじゃねぇか、霊力が無くても皇国武人に立ち向かえるなんて! あいつこの数年、何していたんだろうなぁ!」

「誠臣さん……」


 弟がやられて一番複雑な心境なのは誠臣のはず。それなのに暗い空気を払うかの様に立ち振る舞う誠臣を、偕は強い人だと思った。


 一方で懸念もある。群島地帯といえば無頼漢の集う、法の秩序も怪しい地である。東西様々なはぐれ者が集う場とも言われている。


 兄はその様な地で一体どんな生き方をしてきたのか。ずっと皇国の武人として生きてきた偕には想像及ばぬところであった。


「さぁ、今日は俺たちが近衛として初めてお役目をいただく記念すべき日なんだ! 気合入れていこうぜ!」

「は、はい!」

「ええ!」


 三人が近衛に任命されて最初の数ヶ月は、天倉朱繕を始めとする数人の先輩近衛から手ほどきを受けていた。そこで三人は急激な成長を見せる。


 まず一つ目は神徹刀の御力開放。遅い者ならこれだけでも随分時を要するが、三人とも五日も経つ頃にはその御力を開放させる事ができた。


 そして二つ目は、開放された神徹刀の能力を、自分の得意剣術の型にはめ込んでいくのが速かったという事。ここの試行錯誤には年単位の時を要する者も多い。三人もまだ修行中ではあるが、修得の速度には目を見張る者があった。


 そしてとうとう天倉朱繕は三人の実力を認め、今日より近衛としてお役目を果たす様に告げられたのだ。


「時間です。行きましょう」


 三人は控室に来た偕の母、由梨に連れられてある部屋へ通される。その部屋の奥、すだれの向こう側。顔は見えずとも、そこには強い神秘の気配があった。自然と三人は頭を垂れる。


「万葉様。今日より万葉様の周辺警護を賜る近衛をお連れしました」

「……ご苦労、由梨」

「はい。……三人とも、挨拶を」


 緊張した面持ちで三人は口を開く。


「葉桐家は長女、葉桐清香と申します」

「賀上家は長男、賀上誠臣と申します」

「陸立家は次男、陸立偕と申します」

「我ら三人。今日よりこの身に変えても御身をお守りいたします」


 万葉に迫った命の刻限。妖に打ち勝ち、彼女を守るのは自分たちの使命。毛呂山領に居た頃より常にこれを意識し、強く思いながら日々の修行に明け暮れてきた。そして今。近衛として神徹刀という新たな力も得た。


 これまで身に付けた力全て、全身全霊を以て月御門万葉を護る。三人はどこまでも固い決意を胸に、万葉の眼前に侍る。


 だがそんな三人を前にして、万葉は無言であった。由梨は間を空けてから言葉を続ける。


「三人とも、期待しております。白璃宮へ戻る際にはまた声をかけます。一度部屋から出る様に」

「はっ!」


 由梨の言葉に従い、三人は部屋を後にした。気配が消えたところで万葉は由梨に語り掛ける。


「……今、確信を得ました。私の夢に出てくる三人の近衛。由梨のご子息たちで間違いないです」

「万葉様。我が息子も近衛となるため、幼少の頃よりその腕を磨いてまいりました。どうぞ存分にお使い下さい」

「……由梨。私は、あなたから残された息子を奪ってしまうかもしれないのです」

「万葉様……」

「……変わらない未来のために、近衛が傷つく事を私は望んでおりません」


 これまで指月にも言ってきた事だ。だが結局この未来も変わらなかった。


「万葉様はお優しいですね。ですが三人とも事情を知りながら、それでもと今日この日まで駆け抜けてきたのです。それに私も、武家の家に嫁入りした時から覚悟はできておりました。息子も自分の覚悟が、万葉様のお役に立てるのなら本望でしょう」


 そこから万葉はしばらく無言であったが、やがて白璃宮へと戻るべく腰を上げる。部屋を出た万葉を偕たちは初めてその目に映す。


 本来、皇族の未婚の姫をまじまじと見る事は無礼に当たる。それが分かっていても、三人とも万葉の強い存在感に思わず目を奪われてしまう。


 内に強い霊力が秘められているのも分かる。幼き頃に一度お目通りした事があったが、あの時よりもさらに神々しさと美しさが増していた。


 言葉詰まる三人に聞こえる様に、由梨は軽く咳払いをする。そこで三人はハッと意識を現実に戻した。


「白璃宮へ戻ります。護衛を」

「は、はい!」


 この日より三人は万葉の警護を中心とした、近衛としての役目を果たしていく。





 皇国某所。そこでは霊影会の幹部たちと四人の大男が会合を行っていた。


 四人の大男の正体。それは死刃衆と呼ばれる、破術士の中では最強格の実力を有していると言われる者たちであった。四人とも皇国の生まれではあるが、皇族をも恐れぬ大事件をいくつも起こしている。


 皇国内を荒らした後は西大陸へ渡り、そこでも暴れまわる日々を過ごす。屠った魔術師聖騎士は百とも千とも伝えられる。


 そんな正真正銘の凶悪破術士集団が、数年ぶりに皇国に帰って来ていた。その中の一人が黒い杭を取り出し、霊影会の長である五陵坊に渡す。


「確かに受け取った。しかしまさか悪名高いあんたたちが、幻魔の集いの使いで来るとはな」

「ふん。向こうでは持ちつ持たれつでやっていたからな。これくらいの使いは頼まれてやるとも」


 四人は誰もが強い血の匂いを漂わせている。近くで見ればなるほど、これでは皇国の武人といえど、並の者ではただで済むまいと頷かせるだけの迫力がある。佐奈は小声で菊一に話しかけていた。


(ねぇねぇ。あの四人の持っている武器がもしかして?)

(ああ。五陵坊と同じ、十六霊光無器だろう)

(やっぱり! 私、五陵坊の神天編生大錫杖以外の十六霊光無器って初めて見た!)

(俺もだ。てかよく五陵坊の錫杖の名前を覚えていたな……)


 ある程度会話が進んだところで五陵坊は四人に問いかける。


「それで、あんたらはこれからどうするんだ? 皇国へは観光に来た訳ではないんだろう?」

「然り。西は飽きたのでな。久しぶりに皇国の強者を狩りたいと思ったまでよ」

「我らの武器、満足に振るえる者などそうはいないからな。……お前ならいい勝負ができそうだが」


 そう言って大きな鎚を持つ男は、五陵坊の持つ錫杖に視線を移す。


「勘弁してくれ。俺にはこれを使ってやらなきゃならん事がある」

「ふふ。そう警戒するな。我らとてせっかくの強者とやるのであれば、相手にもその気になってもらわねば面白くない。……皇国に戻った一番の理由は強者狩り。これは間違いない。だがもう一つ、幻魔の集いより頼まれごとがあってな」

「ほぅ? 俺らも何度か頼まれた事はあったが、あんたらは何を頼まれたんだ? 皇国に関係する事なら協力するが」


 五陵坊は皇国に対して、強い失望と恨みを抱いている。そして幻魔の集いからの頼まれごとは、だいたい皇国にとって不利益なものが多い。今回もそうであれば、是非一枚噛ませてほしいと考えていた。


「不要。かの者も我らにしか務まらぬと、わざわざ西大陸にいるにも関わらず声をかけてきたのだ」

「そう言うな、慈雷。せっかくの好意だ、事情だけでも聞いてもらおうではないか。もしかしたら有用な情報が得られるやもしれん。何せお前たち、元は楓衆なのだろう?」


 大きな直剣を持つ男の言葉で、五陵坊はやはり皇国絡みだと確信する。


「我らの狙い。それは皇族で最も強い霊力を秘めるという姫。その者の血肉よ」


 今、万葉が幼き頃より見続けてきた夢が、現実に向けて動き出す。

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