第35話 群島地帯の王と隻眼の武者

 誠彦は改めてその男を観察する。その出で立ちはまさに群島地帯に巣くう蛮族そのもの。いや、より蛮族らしい。だが霊力は感じない。


 その登場の仕方から雰囲気にのまれてしまったが、自分は霊力・剣技ともに幼少より磨いてきた皇国の武人である。冷静になってみると、負ける道理はないと判断した。


 シュドも突然現れた男に驚いてはいたが、何かに気付いたのか震えながら声を絞り出す。


「お、おめぇ……。まさか……。り、リク、か……?」


 リク。シュドの口から出たその単語を聞いた時、誠彦の脳裏に幼少の頃の様々な出来事が思い浮かぶ。武家の恥さらし。大罪人。偕の兄。無能者。


 だが脳裏に浮かぶ理玖と、目の前の男はあまりにも違い過ぎる。同名の別人。そう断じようとした時だった。その男が腰に挿す刀に目が行く。


「…………!」


 それは群島地帯、西国では使われていない、皇国の者だけが持つ武器だった。まさか、と思う。確める意味も込めて、得体の知れない男に問いかける。大きな期待を込めて。


「……その刀、まさか本当に理玖か? 陸立家の……偕の兄の?」


 果たして誠彦の問いかけに男は……明確に反応を示した。誠彦の顔、そして手に持った刀に目が走る。


「ああ、やはり皇国の武人か。相当年月が経ったと思うが、まだ俺の事を覚えている奴がいたとはな」

「! は、はは……! はははははは!」


 男の正体は陸立理玖。それが分かり、誠彦は笑いが止まらなかった。


 誰かと思えば数年前に出奔した無能者。そして今や皇国に仇なす咎人にして偕の兄。これはいい。まさかとっくに死んだと思っていた男と、ここで再会できるとは。


 だが一時的とはいえ、こんな無能者に気圧されたというのは許し難い。そんな事が他に知られれば賀上誠彦一生の恥。


 こいつはここで殺し、その首を皇都に持ち帰る。偕は理玖に懐いていたし、あいつの嘆く顔が見られるだろう。


 そして理玖が咎人である以上、殺した自分を偕は責める事ができない。正当性は自分にあるのだ。方針を固めたところでカーラムが口を開いた。


「カガミさん、知っている方ですか?」

「ははは、ああ! こいつは武家に生まれながら霊力を持たない無能者! 居場所を失い逃げ出すも、その時に国宝の刀を盗み出し、今や皇国から籍を抜かれた罪人だ! まさかこんな所で会うとはなぁ! おい、無能者! 僕を覚えているか!」

「……いや? 誰だ、お前」

「賀上! 賀上誠彦だ! 昔、霊力になかなか目覚めないお前に、稽古をつけてやっただろう!」

「ああ……。そういえばそっちの男がカガミとか言っていたな……」


 圧倒的強者の自分に対し、まるで動じない理玖の反応に誠彦は大きく苛ついた。どうしてこの兄弟はいつも自分の神経を逆なでにしてくるのか。


 だがそれも今日まで。今から偕の嘆き叫ぶところが楽しみだ。カーラムは「魔力を持たない? しかし先ほど現れた方法は……」と呟くが、無視する。


「ふん、無能者のくせに余裕だな? だが僕の前に姿を現した事、後悔するといい。お前はここで殺し、その首を偕の前に並べてやる!」

「カガミさん、ここに来た方法といい、油断はしない方がいい相手かと思いますが……」

「うるさい! こいつにそんな価値はない! そこで見ていろ! さぁ理玖、泣き叫べ! 久しぶりに僕が稽古をつけてやる! もっとも、これで死ぬんだけどなぁぁ!」


 絶影。只人にこれを止める事はできない。今、理玖の視界には自分が映っていないだろう。


 圧倒的速さで斬り殺す。多少身体は鍛えていたようだが、何をしたところで霊力を持たない者が、自分に勝てる道理はないのだ。





 数年ぶりに人界に戻り、最初に見た顔がこいつか。幼少の頃はこいつにも随分痛めつけられたものだ。


 だが霊力を持ち、これまでも武人として腕を磨いてきたであろう誠彦を前にしても、あの島で毎日戦ってきた幻獣ほどの脅威は感じなかった。


 誠彦は何か喚いたと思えば姿を消す。ああ、絶影だな。だが俺への敵意が強すぎる。せっかくの速さも、これではどこから俺を狙ってくるのか自分から大声で教えているようなものだ。


 俺は誠彦が自分の間合いに入ったところで、刀を振られるより早く掌底で殴りつけた。


「ぶべらっ!?」


 まさか絶影中に攻撃されるとは思っていなかったのだろう。顔面を殴られた誠彦は、大広間の入り口までゴロゴロと転がって行く。


 あれだけの速度で移動していたところに、まともに正面から拳を受けたのだ。相当なダメージだっただろう。歯も数本折れた感触があった。


 それにしても弱い。俺が霊力持ちでないと油断していたにせよ弱すぎる。この身体でどこまでやれるかと少し身構えていたのだが、杞憂に終わった。残った人物に顔を向ける。


「で、お前はどうする?」

「……見逃していただけるのなら退きましょう」

「ほう。その棒、セプターだろ? 魔術師殿が大人しく退くと?」

「ええ。カガミさんをこうも簡単に無力化できるのです、おそらく接近戦は相当な実力をお持ちなのでしょう。さすがに前衛がいなくなった今、あなたほどの実力者相手に勝負を挑むほど無謀ではありませんよ。代わりと言ってはなんですが、どうやってこの場に現れたのかお聞きしても?」

「言っても信じねぇよ。行くならさっさと行け、俺の気が変わる前にな」

「……残念です。ではそうしましょう」


 そう言うと魔術師は屋敷を後にした。俺は久しぶりに会ったシュドさんに声をかける。


「シュドさん、久しぶりだ。いろいろ話したい事はあるが、今は取り組み中だろ? 他にも暴れている奴らもいるようだし……。俺も手を貸す。攻めてきた武人と魔術師は退却したと伝令を出すんだ」


 攻めてきた連中の規模は分からないが、武人と魔術師が戦力の中核だったのは確かだろう。何故群島地帯にいるのかは分からないが。


 だがシュドさんを仕留められなかったのは事実。相手にこいつら以上の戦力が無ければ、打てる手は限られてくる。


「あ、ああ……。それにしても、おめぇ……」

「! 待った、シュドさん。さっきの魔術師だ。ちょっと行ってくる」

「なに……!?」


 俺は天井を破り、一度の跳躍で先程外に出た魔術師の元へと跳ぶ。魔術師は屋敷全体に、何かの攻撃魔術を仕掛ける準備を行っていた。


 向こうも屋敷から文字通り飛び出してきた俺の姿を確認し、面食らった様な表情を浮かべている。


「まさか……この距離で……!?」

「大人しく退けば見逃したものを」


 落下中に懐から幻獣の爪を取り出し、魔術師目掛けて投擲する。放たれた爪は空を切り、魔術師の胸を貫いた。


「ゴハッ!」


 魔術師から攻撃魔術の予兆が消える。島では毎日いろんな幻獣の敵意に囲まれていたんだ。この距離からそんな大規模な魔術を使おうものなら、俺にばれるのは至極当然というもの。俺は魔術師の側に降り立つ。


「ぐ……ガフッ……。あ、あなた、一体何者……」


 あれでも誠彦は一応誠臣の弟、多少は手心を加えた。だがこいつは約束を守らず、明確な敵対行動を見せた。もはや問答は無用。この場で殺す。


 俺は刀を抜くと魔術師の首を刎ねる。周囲の者たちもその様子に騒ぎ出した。


「カーラムさんがやられた!?」

「おい、カガミさんはどうしたんだ!?」

「知るか! 屋敷の外に逃げてきたカーラムさんが、あの化け物にあっさりやられたんだぞ!? 無事な訳がない!」


 俺は周囲の奴ら……おそらくシュド一家に敵対しているであろう男たちを睨みつける。ここで退くなら良し。退かぬのなら殺す。その意思を明確に視線に乗せる。


「ひぃ!」

「ば、ばけものだ!」

「逃げ、逃げろぉ!」


 俺の意思は正しく伝わったのか、男たちは戦いを止めて逃げて行った。





 そしてその後。帝国の魔術師を失ったグレッグ一家は、激しい抗争の果てにシュド一家に組み込まれ、ドンベル一家の頭領ドンベルは誠彦と共に皇国へ落ち伸びた。ここに群島地帯を支配する王、シュドが誕生する。


 この統一を成した陰の功労者に、眼帯の男有りと言われる。その男こそ、約六年ぶりに人界へと帰還した理玖であった。

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