第26話 毛呂山邸での戦い 狼の抜く刀
清香は絶影で距離を詰め、鷹麻呂に一太刀浴びせようと刀を振る。対術士戦において、基本はとにかく接近する事。
術士は符に霊力を込め術を展開するなど、武人と比較して多くの動作を必要とする。また日ごろから鍛錬を繰り返す武人と異なり、術士は普段、霊具の作成や新たな術の開発研究に多く時間を割く。当然、基礎体力にも差が生まれる。
早い話、殴り合いに早く持ちこめられれば武人が有利なのだ。清香が速攻を仕掛けたのは決して誤りではない。だが。
「…………!?」
刃が鷹麻呂の身体に届く前に、見えない刃で弾かれたかの様な衝撃を受ける。鷹麻呂からすれば、どこから攻撃が飛んでくるのか分からなかったはずの速度で振るわれた斬撃。それを完璧に防がれてしまった。
「そんな!?」
「ほう。良い刀を使っていますね。並の刀であれば、今ので折れていた」
(結界とは違う、術士の周囲を守る術!? ……私に術士の援護が付いた理由が分かった)
葉桐一派で注目の武人といえど、まだまだ年配の武人に比べると実戦経験が浅い。特に術士が相手となると、どの様な攻撃を仕掛けてくるのか想像が及ばない部分も多い。これを見越して狼十郎は、自分に術士四人全て援護につけたのだと理解した。
だが裏を返せばそれは、もう一人の侵入者である菊一は、狼十郎一人で務まるという事でもある。
「お前にはこっちの相手をしてもらおうか」
菊一の攻撃をぬるりと躱し、狼十郎は菊一の身体を強硬身で固めた左腕で強く押す。
「なに!?」
菊一は庭園までその身体を吹き飛ばされた。狼十郎もそれを追い、庭園に身を移す。それを横目に見た清香は、狼十郎がどうやって菊一の身体を飛ばしたのかが分からなかった。分からなかったが、確かな事はこれで互いの戦場が分断され、自分は鷹麻呂に集中できる様になったという事。
「清香殿! 鷹麻呂は見えない斬撃を放つ術を得意とする術士だと聞きます! おそらく先ほど刀が弾かれたのは……!」
「その見えない斬撃で受けられたって訳ね!」
鷹麻呂は両腕をスッと前へ出す。いつの間にかその両手には大量の符が握られていた。
「清香殿! こちらへ!」
「……白刃・十六連」
術士達の側へ移動した清香は、鷹麻呂から強い霊力が発せられたのを感じる。目の前には術士が張った結界があったが、これに縦八本、横八本の計十六本の切り傷が音をたてて付けられる。そして結界はそのまま割れた。
(……! 本当に斬撃が見えない!)
「く! これをこうも容易く破るか!」
「ほう、さすがこの地に配されるだけあって、良い結界を張る。これはどうです? ……壊刃・空閃」
「! 清香殿、離れて!」
鷹麻呂の足元の床から何かを引きずった様な跡が伸び、清香達に迫る。清香たちは全員それを躱したが、後ろに続く壁や物はまるで嵐が通り過ぎた様に、粉々に砕かれていた。
(……! これほどの術をこんなに素早く繰り出せるなんて! やっぱり術士相手に距離を開けるのはまずい!)
鷹麻呂がどういう理由で九曜一派を離れ、大罪人となったのかは分からない。だが並の術者でない事は分かる。清香は今一度、本気で相手の命を奪う決意を込め、足に力を込める。
(絶影! もう一度攻撃を!)
瞬き一つの時間で鷹麻呂に迫り、刀を振るう。だがそれも先ほど同様に見えない刃に弾かれる。
「さすがに絶影には対応できませんからね。それなりの防衛策は用意しています」
「っ! まだまだぁ!」
瞬間的に二進金剛力を発揮、その圧倒的な力と流れる様な動作を組み合わせ、次々と連撃を繰り出していく。
「これは……」
僅かに表情を曇らせる鷹麻呂。さらにそこに援護の術が飛ぶ。術士は符を鷹麻呂目掛けて真っすぐに放つ。
「霊槍よ、我が敵を討て!」
符は空中で光る槍へと姿を変え、鷹麻呂に迫る。だがこれも鷹麻呂に当たる直前に切り刻まれ、かき消された。
(今、見えない斬撃の抵抗が弱まった! 一度に処理できる攻撃には限りがあるんだわ!)
いける。このまま金剛力を維持し、連撃を続ければ……! そう清香が考えた刹那、鷹麻呂が不敵に笑った。
「若いのに大した武人だ。……地伏・牢牙刃」
鷹麻呂は右ひざを軽く上げる。地から浮いたその靴の裏には、一枚の符が張られていた。その符が光ったところで鷹麻呂は力強く地を踏み抜く。
「……っ!」
鷹麻呂を中心に、地から幾条もの見えざる刃が上方向へと伸びる。その刃は鷹麻呂を円錐状に囲っていた。
瞬間的に自分の全周囲を攻撃し、またあらゆる術や攻撃から身を守る鷹麻呂の秘術である。清香は鷹麻呂から術発動の霊力を感じ身をよじったが、いくらか身体を切り刻まれる。
「くぅ……!」
周囲には清香の血が飛び散る。だが刀は落としていない。戦う意思はまだ折れていない。ここで自分が敗れれば鷹麻呂は菊一の援護に向かう。狼十郎の足を引っ張る事だけは絶対にしないと強く決意し、素早く立ち上がる。
■
一方、庭園に降り立った狼十郎と菊一も激しくぶつかり合っていた。辺りには槍と刀が打ち合う音が鳴り響く。
「ははは! やるな、あんた! まさかここまで俺についてくるなんてなぁ!」
「一応武家の生まれだからねぇ」
「同じ武家の生まれでも、俺にやられた奴も多かったぜ!」
「だろうねぇ、はぁ……」
互いに打ち合いながら会話を交わす。戦いながらも菊一は先ほどから自分の力を使えず、苛立っていた。
(こいつ、さっきから……! 間違いねぇ、俺の能力と狙いを理解した上でやってやがる!)
菊一は手にした武器を媒介にして、激しい炎を広範囲に巻き起こせる。その炎は瞬間的に身体を焦がす程すさまじい熱量を誇るが、無尽蔵に使える訳ではない。
一発撃つ事に火力は落ちていき、火力が無くなるまで撃ち続けると、数日経過しなければ元の火力には戻らない。しかも火力の調節はできないため、自ずと最初の一撃が最強の一撃になってしまう。
菊一は屋敷の外で今日最初の一発目を放ったが、二発目以降は放っていない。その火力で屋敷を燃やしてしまう事を危惧したからだ。目的の大型幻獣の心臓まで燃えてしまっては元も子もない。
そして狼十郎は菊一の能力をもちろん知っていた。昔の楓衆の中では菊一も名が売れていたためだ。
そして何が狙いかは分からなくても、屋敷に用があって襲撃してきたのは明らか。目的完遂のためにも無暗に屋敷を燃やしたくはないはず。
そう踏んだ狼十郎は、常に屋敷を背にして戦っていた。この状態でうかつに狼十郎目掛けて炎を放てば、屋敷も燃やしてしまいかねない。
(やりにくい相手だ……! しかもなんだ、こいつの動き! 俺も過去、いろんな武人の絶影を見てきたが、これほどぬるりと動く絶影は初めてだ! 妙な歩行術を使いやがって!)
さっさと倒して鷹麻呂の援護に行こうという当初の目論見は崩れ去った。それを簡単に許す様な狼十郎ではない。
だが依然勝機はある。これまで戦ってきた武人ほど強い霊力を感じるという訳ではなし。それに身体能力では菊一が勝っている。
炎は使えずとも勝ち筋は見える。そう考え槍を振るうが、狼十郎はそんな菊一から一旦距離を取ると静かに刀を構えた。
「大した霊力だ。身体能力の強化は俺より上をいってる」
「はっ! このまましっぽ巻いて逃げるんなら追いやしねぇよ!」
「そうしたいが立場上そうもいかねぇんだよ。……はぁ、これ疲れるからとっておきたかったんだけど」
「あん? ……ってまさか、その刀……!」
狼十郎の握る刀の刀身が輝きに包まれる。無機質な物体でありながら、厳かな気品を感じさせる神秘の刃。皇国において武人がその刀を賜る事は最上の名誉とも言われ、そのどれもが至高の名刀。
「神徹刀「久保桜」。ここは幻獣領域と面する人界最前線の領地。そこに配属されている武叡頭が、神徹刀を持っていないとでも思ったのかい?」
「……! そりゃそうだよな……!」
やりにくい相手が残していた切り札。菊一は自分が劣勢に追い込まれたのを自覚する。
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