第13話 立方体

 唯が理科準備室登校を始めて1か月が経った。他の生徒たちはクラス替えから時間が経ち少し落ち着いたころだろうか。唯は毎日理科準備室へ通うようになった。朝、自転車で登校し通用口の脇へ停める。各教室で授業が始まったのに合わせて理科準備室へと移動する。扉を開けると机には画用紙とカッター、糊とつまようじが置いてある。

 鞄を置き、唯の席に座る。たった一か月でも唯の周りとそれ以外では埃の積もり方が違うような気がした。鞄のから定規を取り出し、画用紙に当てる。書くのは立方体の展開図。四角が四つ並べ、二番目の四角から横面の二枚を生やす。各辺が1mm~10mmまでの計10個を精密に。集中している唯にはグラウンドからの声は届いていないようだ。十分な時間をかけて10個の展開図を書き終わり、少しため息をつく。画用紙の下にマットを敷いて、展開図を切り出していく。集中力があるうちに、1mmから順番に。あっ。展開図の折る線を切ってしまった。再度定規とペンで1mm展開図を書く。カッターに持ち替えて切る。うまくいった。これを十回繰り返して、十枚の立方体の展開図ができる。

 唯は鞄からピンセットを取り出す。ピンセットで1mm展開図をつまみ、丁寧に芯に合わせて折っていく。それを十回。羽が生えている面を下に置くと、箱が開いただけにもさそりが威嚇しているようにも見える。プラスチックの容器に入った糊のふたを開け、つまようじでほんの少しとる。1mm展開図の底面につけ、2mm展開図の中に入れる。それを次は3mm展開図に入れる。これを繰り返していくとマトリョシカのごとく立方体が出てくるように見える。ただそれだけだ。

 唯はただそれだけの作業に集中している。集中することが楽しい、が、家ではたぶんこれはやらない。学校でこれをすることに意味がある。学校にいるために唯は立方体を作っている。毎日のこの作業が唯は楽しかった。

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