二十一歳 その5
可奈子たちは外がよく見える、窓際の席に案内された。この店は一部ガラス張りの大きな窓になっていて、外からも丸見えなんじゃないかと心配になるが、細かいドット柄が巧みに中の様子を隠しているようだった。
「ミカ、イケメン探さない」
「まあウエイターじゃないもんね、そう易々とは見つからんよね」
席に着いてすぐ、ウエイターに説明を受け、ビュッフェが始まった。
奥の席に案内されたので、ここに至るまでにカラフルで多様なスイーツの数々を目にしていた。
チョコレートファウンテンだけでテンションが上がるが、それが当たり前の顔をして二つ置いてあり、一つはミルクチョコ、もう一つはホワイトチョコだと書いてあった。
フルーツも充実しているし、凝ったミニケーキやゼリーも目に入る。
これだけのものを見て、平静を保っていられるだろうか。いや、いられないだろう。
可奈子とミカは説明の後一秒しないうちに席を飛び出し、それからはもう夢のような時間が流れた。
どれも美味しかった。食べ放題だからといってクオリティが低いものは一つもなく、どうしてこんな素敵な所を知らずに東京で過ごしてきたのだろう、と軽く後悔するレベルだった。
「いやさっすがリンコちゃんだなあ」
三ターン目くらいでミカが言った。
「東京のあまねく美味しい店をあの人は知ってるのよ」
「私もそんな風になりたかったなあ」
可奈子は素直にそう言った。いつも行かない道や知らない店に、ふらりと入れる人って尊敬する。
りんごと紅茶のケーキをつつきながら、ミカは窓の外に目をやった。
「しかもあの子、時期ごとのベストを知ってるんだ」
「時期ごと?」
可奈子の疑問に、ミカはふっと笑って答えた。
「夏なら夏、冬なら冬にぴったりの、ニーズに合った所を教えてくれる。今回もクリスマスに良いお店ない?って聞いたから、取っておきのを教えてくれたのよ」
「確かに、限定のビュッフェなんて調べないと出てこないもんね」
「うん、しかもそれだけじゃなくてさ」
今度は腕時計に目をやる。彼女は何を考えてるんだ——?
「そろそろだな」
とミカが言ったタイミングで、可奈子は彼女の言っていたことを理解した。
視界の左半分が、一気に明るくなった。何事かと思い目を向ける。
窓の外はすっかり夜だった。しかし近くの通りはキラキラと光っている。
何が起こっているのかはすぐ分かった。
「イルミネーション!」
「そう!ここの通りさ、並木が全部イルミネーションで光るようになってるんだよ。で、このお店のこの席からなら、それがバッチリ見えるんだ」
なるほど、それは素敵だ。思わず可奈子は身を乗り出して、ミカが言った「並木」を見ようとした。
「もちろん全部は見えないよ、これ東京駅の方までずっと続いてるからね」
「でも——こっからでも充分すごい!」
立ち上がってガラスに顔を近づけると、緩くカーブした道の両側に等間隔で配置された並木が見えた。
シャンパンゴールド、と言うのだろうか。白に微かなオレンジが混ざったような華やかな色で、イルミネーションは見えなくなるまで続いていた。
「ここまで把握してるのか、リンコちゃんすごいな」
「様様だねえ」
「ここ出たらちょっと辿りたいな、イルミネーション」
「もちろん最初っからその予定よ」
ミカはウインクの似合う性格だ。練習してきたのかと思うほど自然である。
「やっぱ鍋はあったまるな、しばらく凍えずに済みそうだわ」
「美味しかったね」
仙台駅に向かっていた。酒も入り、少しふらつく足をなるべくまっすぐ運びながら、葉月と奏音はゆっくり歩いた。
「すっかり暗くなっちゃった」
「この辺の道は街灯が少ないね」
人通りも少ない。居酒屋やホテルの照明が煌々としているだけで、辺りは静かだ。
今日、残る予定はあと一つだった。葉月と奏音のどちらも、締めの場所として意見が一致した場所だった。
仙台駅から地下鉄に乗って数分。
揺れる電車の中では何も話さなかった。葉月は一日が充実した時の、心地よい疲れで満たされていた。
暗い窓の反射を使って、隣の奏音の様子を盗み見た。いや見ようとしたが、いきなり目が合ってしまった。
相手も同じことを考えていた。お互い笑いながら視線をずらした。
何も話すことを考えないうちに、駅に着いた。足音を合わせて階段を上る途中から、多くの人が行き交う気配を感じた。
午後八時を過ぎた。そろそろ、ここは人の一番多い通りになるだろう。
地上に出ると案の定、人の流れが出来上がっていた。これについて行くとすぐ、大きな木が電飾のヴェールで飾られているのが目に入る。
ここがイルミネーション並木の始まりだ。
少し歩いて遠くを見ると、風のリズムと合わせて細かな光がちらちらしているのが分かった。
「ついに来たね」
「一年間待ってた」
葉月は溜め息混じりにそう言った。
感無量だ。去年も来たが、一年経ってから同じ所に戻ってくることには特別な意味を感じていた。
「じゃあ、歩きますか」
葉月が返事もしないうちに、奏音は歩き出した。
動きが速すぎて葉月は置いてけぼりになりかけた。しかし奏音はふっと後ろを振り向くと、迷いなく葉月の手を取ったのだ。
引っ張られる形で、彼は華やかなケヤキ並木の下を歩き出した。
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