里帰り
ルクナ公爵が親衛隊の訓練を始めた翌日、その知らせは昼食後にもたらされた。
ユステフ伯爵家の早馬が離宮にやってくる。使者は出迎えたファイにギルバートとユリアに火急の知らせであることを伝えた。ファイは使者からの手紙を預かると馬と使者を休ませるよう侍従に言いつけて王の元へ向かった。
公爵からの指導を受けていたギルバートは王からの呼び出しを受けて王の部屋を訪れた。声をかけ、許可を得てから入室すると、そこにはすでにユリアの姿があった。
「陛下、遅くなって申し訳ございません」
「かまわない。ユステフ伯爵から火急の知らせだ。奥方が急な病だそうだ。ふたりはすぐに屋敷に戻るといい。ユリアは後宮に入ってから家に帰っていないだろう。これを機に少しゆっくりしてくるといい」
「はい。お気遣いありがとうございます」
知らせがくることがわかっていたとはいえユリアの表情は硬かった。ギルバートとユリアは王に礼を言い、一礼して退室した。
「ユリア、私もすぐ用意をしてくる。お前も用意をしておいで」
「はい」
うなずいたユリアがメイに連れられて部屋に戻っていく。ギルバートは一旦訓練をしている中庭に行くと公爵と隊長に理由を話し屋敷に戻る許可をもらった。
こうしてふたりは表向きは母の急病で、真実はユリアの休養のために、ユステフ伯爵家に向かったのだった。
緊張した面持ちのユリアが久しぶりに屋敷に帰ると、父と姉が出迎えてくれた。
「お父様!お姉様!」
「ユリア、おかえり」
「久しぶりね」
ユリアは変わらない笑顔で迎えてくれる父と姉に嬉しそうに抱きついた。
「ユリア、お母様がサンルームでお待ちよ」
エレノアの言葉にうなずいてユリアがサンルームに行くと、そこには嬉しそうに微笑んでいる母がいた。
「お母様!」
「ユリア、おかえりなさい。体調は大丈夫?」
母の問いにうなずいたユリアはぎゅっと抱きついて涙をこぼした。偽りの知らせであるとわかっていても、母の急病というのは心配だった。もし、万が一本当だったらと思うと不安でしかたなかった。それでなくてもここ数日気持ちが落ち着かないでいたユリアの涙は止まることなく次々に溢れてきた。
「心配いりませんよ。たくさん泣きなさい」
泣くことを咎めず抱き締めてくれる母にすがってユリアは思いきり泣いた。
泣きつかれたユリアはソファに座るカリンの膝を枕にそのまま眠ってしまった。ユリアについてきた侍女のメイから、最近はあまり眠れていないようだと聞いたカリンはせっかく眠ったのに起こすのも可哀想だとそのままユリアの体に毛布をかけた。
「メイといいましたね。いつもユリアをありがとうございます」
「いえ、私のほうこそユリア様にはいつも優しくしていただいております」
カリンに礼を言われたメイが慌てて頭を下げる。カリンはその様子にクスクスと笑った。
「母上、王妃様とは親しいのですか?」
母と妹がいるソファの隣、一人掛けの椅子に腰かけていたギルバートが尋ねると、カリンは悪戯っぽい表情を浮かべてギルバートを見た。
「昔パーティーで何度かお話をしたことがあります。親しいかと言われればそれほど親しいわけではありませんが、色々なことをお話させていただきました」
母の含むような言い方にギルバートは眉間に皺を寄せた。
「王妃様がどうかなさったのか?」
父が少し心配そうな顔をして尋ねると、ギルバートは苦笑して首を振った。
「いえ、王妃様から母上に伝言を預かって参りました。ユリアは必ず守るからと」
「まあ、王妃様がそうおっしゃったのですか?」
「はい。昨夜お声をかけられました」
ギルバートの言葉にカリンはにこりと笑ってうなずいた。
「わかりました。王妃様がそうおっしゃってくださるならユリアは大丈夫でしょう。内の敵は王妃様にお任せして、私たちは外の敵をどうにかいたしましょう」
「私は王妃様にはお会いしたことはないのですが、噂とはずいぶん違うお方のようですね?」
兄の何とも言えない表情と母の楽しげな表情を見てエレノアが言う。ユステフ伯爵は王妃と妻の性格をよく知っているため穏やかに微笑んでいた。
「王妃様はとてもお優しい方だよ。感情表現が苦手なだけで。陛下をとても愛していらっしゃるし、後宮にいるお妃様たちのことも慈しんでいらっしゃる」
「え!そうなのですか!?」
驚いたような声をあげたのはそばに控えていたメイだった。メイだけでなく城に勤めている使用人たちは王妃は厳しい性格で、妃たちとの仲も悪いものだとばかり思っていたのだ。ギルバートが王妃から預かったという言伝てと、ユステフ伯爵の言葉は今まで思っていた王妃像とは全く違うものだった。
「王妃様は元々人前に出られるのが苦手な方です。それに、王妃という立場上威厳は必要でしょう?あの方はご自分が悪く言われるのを承知であのように振る舞っておられます。しかし、気心の知れた方の前ではきっとたくさん笑ったりお話したりなさっているはずですよ」
驚きの声をあげたメイにクスクスと笑いながら言ったカリンはすっと表情を引き締めた。
「あなたはユリアの侍女です。ユリアのそばにいる人間がどのような人なのか、それをきちんと見極める目をお持ちなさい」
「は、はい!」
厳しい目を向けられたメイは姿勢を正して返事をし、ユリアを守らなければならないと改めて気を引き締めた。
「ギルバート、あなたが集めていた貴族たちの情報、確か陛下にお渡ししたのでしたね?」
「はい。陛下は信用に足る方ですので」
「もし陛下が腐った貴族たちを一掃したいとお考えなら、お手伝いをして差し上げなさい。ユリアが子をなしたとき、害となる者は少ないほうがいいでしょう」
「わかりました」
カリンの言葉にギルバートは真剣な表情でうなずいた。
「私の妻と息子は頼もしいね」
不穏な会話をする妻と息子をユステフ伯爵は穏やかに見つめて紅茶を飲んだ。
「エレノア、お前の婚約者殿もそろそろ任地から戻ってくるのだろう?」
「ええ。数日のうちに王都に帰還するとお手紙をいただきました。陛下にご挨拶をしたあとこちらにいらっしゃるそうです」
エレノアの婚約者は貴族には珍しく軍に入っている青年だった。それも、自ら志願して危険が伴う国境付近に赴くことが多く、一度王都を離れれば数ヵ月戻ってこないことも多かった。
「今回で国境警備からは離れるのだったね?」
「はい。親衛隊に配属されることが決まっております。きっと陛下や王妃様、お妃様たちのためになりますわ」
にこりと笑って言うエレノアに伯爵も味方は多いほうがいいと笑顔でうなずいた。
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