領地の祭り

 アメリアの一件が落ち着いてから、表向きは貴族たちに動きはなかった。

 カイルとキースは毎日のように登城して帝王学やその他様々なことを学んでいる。王妃と妃たちもそれぞれ穏やかに過ごしていた。


「お祭り?」

穏やかな気候のアリステア王国も日に日に暑さが増してきた頃、ユリアは侍女のメイから各領地で開かれる祭りがあることろ知らされた。

「確かに、父の領地でもお祭りはあって、私も父に連れられて見に行っていたけど、それに陛下も行かれるの?」

「はい。全ての祭りに行くことは難しいですけど、毎年呼ばれたうちの何ヵ所かにおいでになられています。そのときに後宮からどなたかおひとりがご一緒なさるのです」

「そうなの。よその領地のお祭りは見たことがないけど、どのようなものなのかしらね」

「陛下が足を運ばれると決まった場所の祭りはそれは盛大に執り行われるのだそうですよ」

「それはきっと素敵なのでしょうね」

王と共に行くものに自分が選ばれるなどと微塵も思っていないユリアはメイの言葉に微笑みながら答えた。

「今年はユリア様がご一緒かもしれないと思ってお話したのですけれど」

ユリアの様子にメイが苦笑しながら言う。ユリアは驚いてメイを見つめた。

「他のお妃様もいるのに私が選ばれるわけはないと思うのだけれど」

「しかし、ユリア様は後宮に入られたばかりです。ユリア様の息抜きと、新しいお妃様のお披露目にユリア様が選ばれると思うのですが」

メイの言葉には一理あった。だが、それでもユリアは自分が選ばれるとは思っていなかった。


 その日の夜、王はユリアの部屋にいた。

 王にたくさん愛されたあと、王の腕に抱かれてうとうとしているユリアに王は優しく囁いた。

「ユリア、今年の各領地での祭り、私と一緒に見に行かないか?」

「え!?私でよろしいのですか?」

昼間メイが言っていたことが当たった。驚いてつい大きな声を出してしまったユリアは恥ずかしそうに頬を染めた。

「申し訳ありません。昼間侍女から領地の祭りのことを聞いて、でもきっと王妃様や他のお妃様が選ばれるのだと思っていました」

「なるほど。妃を公に紹介する機会は少ないからね。領地を廻るときには妃を連れていくようにしているんだ。それに、後宮にきてからユリアはまだ城から出ていないだろう?気分転換だと思ってついておいで」

優しく微笑みながら言う王にユリアは嬉しそうにうなずいた。

「ありがとうございます」

「今年はそう遠くへは行かないが、泊まりがけになるからね。侍女に用意を頼んでおくといいよ」

「はい。私、父の領地で行われるお祭りを見に行くのが毎年楽しみだったんです。だから、よその領地のお祭りがどんなものか、今からとても楽しみです」

ユリアの素直な言葉に王は笑みを深めた。

「カイルとキースも連れていく予定だよ。護衛には親衛隊がつく。ユリアの兄をそばにつけようか?」

「いいえ、陛下。わざわざそのようにお気遣いいただかなくても大丈夫です。私のせいで重用されるなど、兄はきっと喜びませんから」

「なるほど。ユリアは父君によく似ているね」

王の言葉にユリアが首をかしげる。王はクスクス笑いながらユリアの額にキスをした。

「ユリアを後宮に召しあげてから、ユステフ伯爵に何か望みはないかと尋ねたことがあるんだ。そうしたら、娘を後宮にいれた見返りで利を得ようとは思わないと言われたよ」

「お父様らしいですけれど、それは陛下に失礼ですよね?申し訳ありません」

「謝ることはないさ。伯爵に礼を欠いたのは私なのだから。伯爵の言葉は素晴らしいよ。だが、伯爵のように言える者が少ないのも事実だ」

そう言って王が疲れた表情を浮かべる。ユリアは心配そうにそっと王の頬に触れた。

「私はこうして王妃や妃たちといるときが一番心安らぐよ」

「そう言っていただけるだけで私は嬉しいです」

ユリアが小さく微笑むと、王はユリアの華奢な体を抱き締めて眠りについた。


 祭りに参加する王に同行する妃がユリアであるということは翌日には周知された。王妃や他の妃たちから表だって何か言われることはなかったが、秘密の部屋に行くと持っていったほうがいいものや気を付けたほうがいいことなど色々とアドバイスをもらった。

「ユリア様、お持ちになるドレスはどういたしましょうか?」

「そうね。最近暑くなってきたし、涼しいものがいいわね」

クローゼットを眺めていたメイの問いに答えたユリアは立ち上がるとメイの隣に立った。

「お祭りなのだから少し華やかなほうがいいかしら?」

「そうですね。あまり華美なものはどうかと思いますが、ユリア様はお若いですし、少しくらい華やかなほうがよろしいかと」

そう言ってメイが何着かドレスを選ぶ。ユリアはメイが選んだドレスにうなずくとつばの大きな白い帽子を指差した。

「あの帽子も持っていきたいわ」

「かしこまりました」

帽子はユリアのお気に入りのものだった。日差しが強くなってきた頃から散歩の際によく使っている。メイはにこりと笑うとさっとく荷造りを始めた。

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