カイル
しばらく母親とバラを眺めていたカイルだが、頃合いを見てサロンに戻ってきた。
「陛下、とても綺麗なバラでした」
「ありがとう。ここのバラは王妃が手入れをさせているんだ。彼女の温室のバラはここのバラよりも綺麗だ」
「そうなのですか?王妃様、いつか王妃様のバラを見せてください」
無邪気なカイルの言葉に王妃はうっすら微笑んでうなずいた。
「かまいませんよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに礼を言うカイルに父である王弟が微笑む。王弟はそろそろお暇しようと言って立ち上がった。
「兄上、今日はありがとうございました」
「またそのうちゆっくり話そう」
王が微笑んでうなずくと、王弟は妃たちに向き直った。
「王妃様にお妃様たちも、今日はありがとうございました」
王弟の言葉に王妃は静かにうなずくのみだった。それに倣って妃たちも一礼する。王弟はティファラとカイルを連れて帰っていった。
王のお茶会が終わったあと、それぞれ自室に戻った王妃と妃たちは示し合わせたわけではなかったが秘密の部屋に集まっていた。
「いつものことですけど、あの方、本当に失礼でしたわね」
気の強いエリスが不機嫌さを隠そうともせずに言うと、王妃や他の妃たちは苦笑しながらうなずいた。
「王弟殿下も、なぜあのような方を娶られたのか」
「確か、あの方のお家は古くから続く名家だったはず。今もあの方のお父上は大臣をされているでしょう?」
「断れなかったのでしょうね」
イリーナとカリナが言うと、王妃は「カイル様はとても聡明ですのにね」と苦笑した。
「カイル様はもうすぐ帝王学を学ぶために城に通うようになりますわ。その際は王弟殿下が付き添われることになっています」
「帝王学。まだお小さいのに大変ですね」
カイルはまだ9歳だったことを思い出したユリアが呟くと、王妃は小さく微笑んでうなずいた。
「そうですね。でも、城では勉強ばかりということはありませんから。カイル様は今まであまり城にはいらっしゃいませんでしたから、城に慣れるという意味もあるのです」
「なるほど。ではお茶会などにお誘いしてもよろしいのですか?」
イリーナが尋ねると、王妃は微笑みながらうなずいた。
「かまわないと陛下はおっしゃっていました。ですから、カイル様が城へいらっしゃるようになったら、わたくしのお茶会にお誘いしようかと思っています」
「バラが見たいとおっしゃっていましたものね。楽しみですわ」
エリスが微笑みながら言うと、他の妃たちもうなずいた。
「カイル様はこれから陛下のおそばにいることが多くなってくると思います。そのことについては、陛下から改めてお話があると思います」
「わかりました」
王妃の言葉にうなずいた妃たちは、時計を見ると晩餐の仕度をするために各々部屋に戻っていった。
その日の晩餐に現れたのは王妃のみだった。
「陛下はまだ執務が終わらないとのことです。先に晩餐を始めているようにと言付かっております」
皆の不思議そうな視線に王妃が固い声で告げる。その言葉で侍女や侍従たちが動きだし、女性だけで晩餐が始まった。
いつもは王が率先して話しかけるため妃たちも話をするが、今日は誰ひとり口を開くものはいなかった。
静かな晩餐に侍女や侍従たちが緊張してピリピリしているのがわかる。ユリアは少し居心地の悪さを感じながら食事をした。
結局王が晩餐に姿を現すことはなかった。食事が終わると王妃はすぐに退室する。妃たちも特に言葉を交わすことなく自室に戻っていった。
「ユリア様、今夜は陛下がいらっしゃるご予定でしたが、どうなさいますか?」
廊下を歩きながら後ろを歩くメイが声をかける。ユリアは少し考えると準備だけはしておきましょうと言った。
「いらっしゃらないかもしれないけど、まだいらっしゃらないという知らせはないのだし。それから、もし疲れていらっしゃったときのために何か甘い摘まめるお菓子を用意してもらえるかしら?」
「わかりました。ご用意いたします」
ユリアの言葉にメイはうなずいて頭を下げた。
湯浴みを終えたユリアは寝室のソファに座って本を読んでいた。王がこないという連絡はない。ならば先に寝てしまうわけにはいかなかった。すでにメイたち侍女は下がっている。ユリアはひとり静かに本を読みながら王の訪れを待った。
どれほど時間が経っただろう。日付が変わる間際に王はユリアの部屋にやってきた。
「ユリア、起きていたのか」
「陛下がいらっしゃるのに眠っているわけにはいきませんから」
王を見てユリアが立ち上がって微笑む。疲れた表情をしている王は苦笑するとソファに座った。
「さすがに今日は疲れた」
「陛下、疲れたときは甘いものがいいと聞きます。甘いものがお嫌いでなければおひとついかがですか?」
そう言ってユリアが差し出したのはレモンの砂糖漬けだった。テーブルには他にもクッキーやマカロンが用意されていた。
「わざわざ用意してくれたのか?」
「少しでも陛下のお疲れを癒せればと思いまして」
はにかみながらユリアがうなずくと、王は微笑んでレモンの砂糖漬けを口にした。
「うん。美味いな。ユリア、ありがとう」
王に礼を言われたユリアは嬉しそうに微笑み、王のために紅茶をいれた。
その日、王はユリアを抱かなかった。一緒にベッドに横になりながら取り留めもない話をする。穏やかな時間を過ごしながらユリアは王にずっと疑問に感じていたことを尋ねた。
「陛下、ご無礼を承知でお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?言ってごらん」
「あの、陛下はお子ができにくいと以前おっしゃっていましたが、カイル様をすぐに養子に迎えるのではなく、後宮に妃を迎えているのはなぜですか?貴族の方々はさらに妃と増やそうとしているとも聞きますが」
ユリアの問いに王は苦笑しながら口を開いた。
「子ができない、と決まっているならカイルをすぐに養子に迎えたんだけどね。診断した医師の言葉は「できない」ではなく「できにくい」だった。つまり、相性やタイミングでできる可能性がある、ということだ。貴族たちは直系の血を絶やさぬために、などと言っているが、もしうまく自分の娘が子を孕むことができれば、そして生まれるのが男児であれば、リーシュを追い落として娘を王妃にすることができる、そして自分は王妃の父、時期国王の祖父になることができると思っているのだろう」
王の言葉にユリアは驚いて言葉もなかった。自分の父は出世にあまり興味がなく、陰謀などからは遠いところにいる。だから知らなかったが、自分が優位に立つためならば自分の娘や生まれてくるかもしれない赤子まで利用しようとする貴族たちが恐ろしかった。
「ユステフ伯爵はそういったことからは最も縁遠いといってもいいような人だ。だから驚いただろう?王妃や他の妃たちは、なんとしてでも男児を身籠るようにと父親に言われてこの城へやってきたのだよ」
「陛下、申し訳ありません。私、何も知らなくて…」
青ざめた顔で謝るユリアを王は優しく抱き締めた。
「いいんだよ。そんなユリアだから私は後宮に迎えたんだ。野心家の娘などこの後宮にはいらないのだから。王妃と妃たちは私の癒しだ。大切にしたい」
「陛下、ありがとうございます」
王の暖かい言葉にユリアは涙をこぼして礼を言った。
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