王の弟

 パーティーからしばらく、後宮は特に変わったこともなく穏やかな日々がすぎていた。とはいえ侍女たちは相変わらず王妃と妃たちは仲が悪いのだと思っている。王妃と妃たちが時々秘密の部屋に集まって楽しくおしゃべりしているなどとは露ほども思っていないのだった。

 そして、王は王妃と妃たちの元を代わる代わる毎夜訪れていた。王妃と妃たちの関係はともかく、王と王妃、王と妃たちの関係は誰の目にもとても良好に見えた。

 そんな周りからがギスギスしたように見えても穏やかな日常をすごしていたある日、王が王妃と妃たちを部屋に呼んだ。


 王の私室に入るのが初めてだったユリアが緊張した面持ちで部屋に入る。王妃と他の妃たちはすでに部屋にきていて、ユリアは遅れてしまったことを詫びた。

「遅くなって申し訳ありません」

「かまわない。約束の時間には間に合ったのだしね」

王はそう言ってにこりと笑うと5人に座るように言った。王妃がソファに座る王の隣に、カリナが一人掛けの椅子に、イリーナとエレナ、ユリアが三人掛けのソファに座った。

「陛下、わたくしたちを全員呼ぶということは、何かありましたか?」

王が全員を私室に呼ぶことは珍しい。王妃が尋ねると、王は苦笑しながらうなずいた。

「今度、弟がくる。妃と長男を伴ってね」

「王弟殿下やご子息だけならともなく、お妃様もですか?」

王妃が驚いたように尋ねる。カリナたち3人の妃も微妙を顔をしていたが、ユリアはよくわかっていなかった。そもそも王の弟は別に城を持っていてそちらに住んでいる。城へはよく来るのだろうが、後宮にいる王妃や妃たちと顔を会わせることはなかった。ましてやその妃や子息のことはよく知らなかった。

「ユリアは知らないだろうが、弟の妻はなかなかに野心家でね。私に子がないのなら、玉座を弟に譲ったらいいと顔を合わせるたびに言ってくるんだ」

「えっ!?そんな失礼なことを!?」

ユリアが驚くと王は苦笑してうなずいた。

「幸い、私と弟は仲がいい。そして弟は玉座に興味がなくてね。このまま子が生まれなければ長男を世継ぎにすることには同意してくれているから、私としては聞き流しているんだが」

「本当なら不敬罪で死刑になっても文句を言えません。それを、陛下がお優しいからとつけあがって」

「彼女、何をしにいらっしゃるのですか?」

カリナが不快感をあらわに言うとエリナが尋ねる。王は困ったように笑いながら首を傾げた。

「弟に、たまには一緒にお茶でもと誘ったんだ。その話を聞いたらしくてね。自分と息子も行くと言い出したらしい」

「そのようなもの、お断りになればよろしいのに」

「そうは言っても、一応弟の妻だからね。それに、弟の子はいづれ王位につくかもしれない」

「きっと、ご子息を影から操って国を牛耳るおつもりなんだわ」

「エリナ様、少しお言葉がすぎますよ」

困ったように笑いながら王妃が嗜める。エリナはしゅんとすると「申し訳ありません」と謝罪した。

「まあ、実際あの息子を操って国を牛耳るなんてことはできないだろうけどね」

「どうして、ですか?」

玉座についた王が母親の言いなりになるというのは時々聞く話だ。それをあっさり否定した王にユリアが尋ねると、王は「あの子は優秀だから」と笑った。

「あの子は強かな子でね。母親の前では無知な振りをしているが、もし国を傾けたり民を虐げたりするようなことをすれば、すぐさま証拠をそろえて追放するだろう」

「あの方、本当に末恐ろしいですわ」

王弟の子息と会ったことがあるイリーナが苦笑して言う。王も苦笑してそれに同意していた。

「何はともあれ、弟家族と茶会をすることになった。手配は私がするから、そなたたちも出席するように」

「わかりました」

王妃がうなずくと妃たちもそれぞれに了承して頭を下げた。


 王の私室を退室すると、王妃は妃たちに会釈して先に部屋に戻っていった。カリナたち妃3人もそれぞれ待っていた侍女を連れて部屋に戻っていく。ユリアは少し散歩をしようかとメイを連れて中庭む向かった。

「ユリア様、陛下からはどのようなお話が?」

「今度、王弟殿下とその奥方、ご子息をお招きしてのお茶会があるのだそうよ。陛下主催だから、それに出席するようにとのお話だったわ」

廊下を歩きながらユリアが要点だけを言う。するとメイはすぐに顔色を変えた。

「王弟殿下の奥方さまもいらっしゃるのですか?」

「ええ、そうおっしゃっていたわ。どうしたの?私は王弟殿下のこともよく存じ上げないのだけど、メイは知っているの?」

ユリアが尋ねると、メイは周りに誰もいないのを確認し、ユリアのすぐ後ろを歩きながら言った。

「王弟殿下は陛下とも仲がよろしく、お優しい方です。ですが、その、奥方様は、少々をプライドが高いと言いますか…」

「ああ、なるほど。なんとなくわかったわ」

「王妃様やお妃さまたちにお子さまがいらっしゃらないこともあり、少々お口がすぎることもあります」

「そう。まあ、王弟殿下には3人のご子息がいらっしゃるんですものね。それは、仕方ないかもしれないけど」

ユリアはそう言いながらきっと若く後宮に入ったばかりの自分が何かと標的にされそうだと思った。

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