第九話
「何かあったら私を呼ぶんだぞ」
「師匠、それもう五回目だよ」
「大丈夫だよ。ぜったい僕たち無茶はしないから」
「むぐぅ……」
更に必ずだぞ、ど念を押しそうになり権蔵は口ごもる。
「師匠も仕事頑張るんだよ」
「そうそう。エルトの事も頑張って守るし、危ないときはちゃんと呼ぶから師匠も仕事を真面目に頑張って」
一丁前に二人は権蔵の腕をポンポンと優しく元気付けるように叩く。
「お前たちが……私の仕事ぶりを心配をするなど百年早い!」
「行ってきまーす!」
怒り出した権蔵に二人は慌てて声を揃えて叫ぶと駆け足で逃げるように家を出た。
「大丈夫かなぁ、師匠。心配しすぎて仕事を抜け出してきたりしないかな」
走りながらツクヨが心配そうに呟く。リオスは声を出して大きく笑った。
「ありそうだけど大丈夫だよ。師匠はちょっと突っ走るけど真面目だから」
少し大人を真似して全てを分かっているかのような口調でリオスは言う。権蔵が聞いていたら何を知った風な口をきいているのかと怒ることだろう。
「師匠が真面目なのは知ってるけど、心配性でもあるから」
「師匠って子離れとかできるのかな」
「無理な気がするね。師匠は僕たちが居ないとなんかダメなことらやかしそう」
「困った大人だねー」
リオスは大袈裟な仕草で大きなため息をつく。
ツクヨも全くだと言わんばかりに大きく頷いた。二人は自分達がしっかりとしなければ、心配性が過ぎる権蔵が学校まで押し掛けた挙げ句、護衛のために一緒に授業を受けると言い出しそうだと思った。
やりかねない。権蔵なら。
自分達と一緒に机を並べる権蔵という世にも恐ろしい場面を想像をして二人はぶるぶると頭を振った。
「とにかくエルトと相談だ! 学校に来てると良いけど」
心配そうに呟くツクヨの背中をリオスが元気よく叩く。
「痛った!」
「師匠が脅したから大丈夫。それにエルトは私たちの大切な友達だよ! きっとエルトだってこのままバイバイするなんて嫌だって思ってるよ」
「だからって大人が子供の意見をそのまま受け入れるわけないだろ。しかもエルトは命がかかってるんだから」
「だからってエルトの気持ちを無かったことにするのは横暴ってもんでしょ。エルトの隣に居た人たちはエルトの事を大事にしてたしきっと意見も聞いてくれるよ」
「そうだといいけどなー。もし学校に来てなかったらどうする?」
「その時は師匠に地獄の底まで追っかけてもらおうよ。エルトが学校に来てないって屋上から大声で叫んだら師匠が私たちの声に気付いてなんとかしてくれそうじゃない?」
ツクヨはウーンと唸る。そんな事が出来るのだろうか。
「それよりどうする? どうやってエルトを守るか考えとかなきゃ。トイレとか一人になるから危ないよね。順番についていく?」
「僕はともかく、男子トイレにリオスがどうやってついてくんだよ」
「はぁ!? 中までで入らないよさすがの私でも! 私のことなんだと思ってんの?!」
「リオスって危ないからって理由で何でも通しそうだし」
「私女の子だよ。いくら何でもそこまでしないし! ツクヨのバカ!」
「ならいいけど。どっちにしてもエルトはぜったい嫌だと思うよ」
ちょっとだけ呆れてそう言うと、リオスはえーだって危ないよ、と不満気味だ。
「そんなことしたら逆に逃げられちゃうよ。大丈夫だって。トイレは教室に近いしいつも人目があるから」
「そっか。周りに誰もいない、本当に一人になるのが危ないんだよね」
「学校は人がいっぱいだから、なかなか一人にはならないと思うけどね」
「そうだよね」
結局二人は、学校にいる間は大丈夫だろうと結論に達した。
もちろん、絶対に目を離さないようにするが、昨日の今日で危ない目にそうそう遭遇することはないだろう。
「でもさ」
リオスは意を決したような表情でツクヨを見る。
「わたしたち、もっと修行がいるよね。全く歯が立たなかったもん」
「そうだよね。大人と子供は言えあまりにも僕たち弱かったね」
二人とも、それなりに戦える自信があった。現に違う国の道場での試合では大人に勝ったことも一度や二度ではない。完全勝利は無理でも足止めくらいにはなりたかった。それが、文字通り手も足も出なかったのだ。悔しさもひとしおだ。
「やっぱり修行しようよ!毎日ちょっとづつでもさ!」
ガッツポーズでリオスがツクヨに提案すると、大きく頷いた。
「そうだな、師匠に聞いてみよう」
とにかく、少しでもエルトを守る事のできる力が欲しかった。
教室に着くと、扉から顔だけを出し教室の中を見回す。リオスの姿が見えない。
「やっぱり来てないねー」
「そうだなー」
残念そうに呟いて二人は自分の席に向かった。
いつも元気一杯に教室に入ってくる二人が意気消沈で教室に入って来た上に、リオスはか細い声でおはようと告げただけで席に座ってしまったため夏鈴は驚いて、心配になり話しかけた。
「元気ないね。どうしたの? 具合悪い?」
リオスが転校してきてから、一度も元気がなかったことはない。よっぽどの何かがあったに違いないと夏鈴は思った。
リオスは心配そうな夏鈴に、小さく首を降る。
「体はすごく元気。朝からご飯も三杯食べたし」
「そ、そうなんだ。よかった」
朝からそんなに食べられるのなら、確かに体に異常はないだろう。むしろ食べ過ぎを心配してしまう。
「ねえ、夏鈴ちゃん。今日はエルト見た?」
「エルト君? 見たよ」
「え!!!!」
リオスは思わず席から立ち上がる。夏鈴はたじろぐ。学校に来ていることがそんなにびっくりするような事だろうか。
「学校に来てるの?!」
「え? うん。来てるよ。トイレにでも行ってるんじゃない?」
「トイレ!!!」
リオスはそう叫ぶと、教室から飛び出しトイレに走って向かった。
朝の会話もあり男子トイレの中に飛び込むわけにもいかず、入り口でそわそわしながらリオスが出てくるのを待った。
こんなことならツクヨを連れてくれば良かったのだが、慌てて教室を出てきてしまった。ソワソワしながら待っていると、扉が開いてエルトが出てきた。
「あ! エルト!」
「え、リオス?! 何してんの。女子トイレ混んでるの?」
用を足して出てきた途端に名前を叫ばれて、エルトはたじろぐ。なんだか、恥ずかしい。そんなエルトの気持ちに全く気が付かないリオスは、勢いよくエルトに近づくと両腕を強く掴んだ。
「よかった! 姿が見えなかったから学校に来てないのかと思った」
「そ、そうなんだ。大丈夫だよ。学校にはしばらく通って様子を見るってことになった」
「そうなんだ、よか」
「リオス―!!!」
後ろから怒気を孕んだツクヨの声が響いた。思わずリオスは肩を竦める。恐る恐る振り返ると、怒髪天を突きそうなツクヨが凶悪な顔でリオスを見ていた。
「勝手に行動するなよ! びっくりするだろ!」
「だだ、だって、エルトがトイレに行ったって夏鈴ちゃんに聞いて、居てもたってもいられなくて……」
「だからって、僕に一声かける余裕くらいあっただろ! 振り返ったら居ないってどういう事だよ!」
余程驚いて心配したらしく、いつになくツクヨは怒っている。
「ごめん、今度から気を付けるから」
「信用できるか!」
「ちょ、まあまあ、ツクヨも落ち着いてよ」
エルトは肩を竦めているリオスが気の毒になり、庇うようにリオスの前に出た。もとはと言えば、エルトを心配してくれた故の行動だ。リオスが怒られているのがなんだか居たたまれない。
「落ち着けないよ。昨日の今日で行動が考え無しすぎる!」
「そうだけど、僕をすごく心配してくれたって事だし、今日はそのくらいで許してあげようよ。ツクヨが凄く心配したのは分かるからさ」
エルトの言葉に、ツクヨの顔がかッと赤くなる。
「心配してない!」
「え! いや、心配して怒ってるんでしょ」
「違うし!」
顔を赤くしたままツクヨはそう叫ぶと、教室に去って行ってしまった。取り残されたエルトがポカンとしたままその後ろ姿を見ていると、後ろでリオスが盛大なため息をついた。
「なんか、ごめんね。私のせいでツクヨに怒鳴られちゃって」
「いや、いいけど。何か考えてたのと性格が違ってびっくりしちゃった」
リオスはえへへ、と困ったように笑った。
「師匠に似たのか、異常にツクヨも心配性なところがあってさ。しかもクールを気取るから面倒くさいんだよ、本当」
「そうなんだ。……リオスも大変だね」
「わかってくれるぅ?」
同意してもらったのが嬉しかったのか、少し偉そうにリオスは腕を組んで流し目でリオスを見る。こちらは少し調子に乗りやすいようだと思った。
「ま、でもツクヨはグダグダしないから。次に話すときは何事のなかったみたいに話せるよ」
「それを聞いて少し安心した」
エルトは心底ホッとした。
これ以上ツクヨに怒られたくない。
「でもリオスが居てよかった。あれでサヨナラは嫌だもん」
「うん。僕もだよ」
「これからもよろしくね!」
リオスは笑顔でエルトに握手を求めて手を差し出した。女の子らしい眩しいほどの笑顔にエルトは少し頬が熱くなるのを感じた。いつもクラスの誰より元気で明るいリオスを、女の子として意識した事は無かったが、ちゃんとかわいい女の子なんだなと初めて思った。
少しどぎまぎしながら、エルトはリオスの手を握った。
「うん。よろしく」
つないだ手は思いのほか力強く、エルトは嬉しくなった。
ひとりとふたり 七 @nanakusakou
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