第20夜 裏切らないハジメテの従僕

「……強引な人なのね、貴方って」

「お嫌でしたか?」


 寝室まで運ばれた詐夜子は呆れた視線を相棒に投げる。

 これから生涯、永遠の相棒であり参謀役になるであろう我が従僕じゅうぼくの強引さに少し押されてしまったが、サルマンにボロが出る前に戻って来れてよかったとも言えるだろう。


『強引なのはお嬢が牢月にしてほしかったことなんじゃねえのぉ?』


 にやにやとサイラスは詐夜子をからかう。

 うるさいわねっ、少し黙りなさい! サイラス!!

 額に手を当てながら詐夜子は重い溜息を吐いた。


「サイラス様は悪気はないはずかと……私としては、貴方に添い遂げることは嫌ではないですよ?」

「……ふざけてる!? 私は、そんな簡単に、って」


 牢月は靴を脱いだ詐夜子の足の指先に口付ける。


「――――何を、っ」

『へぇ?』

「ふざけているように見えますか? ……私はこんなにも貴方に恋焦がれているのに」

「こいこが!? って、ま、まって、」

「嫌です」


 はっきりと言い放つ従僕は詐夜子の足の甲に口付けたかと思えば、太ももを掴んで詐夜子に見せつけるように太ももに口付ける。

 107回目の前世、白崎潔一のキスの場所の知識がなぜか浮上した。

 たしか、それぞれ体の部位で口づけをする言葉の意味が違っている。

 足の指は崇拝を、足の甲は強い服従を。

 そして、太ももには――――支配欲を。


「ねぇ、ふざけてるの!? 貴方は私の従僕じゅうぼく! 従者よ!? なのになんでこいび、愛人的なことも熟そうとする馬鹿がいるの!?」

「……貴方の望みを最大限、叶えたいだけですよ?」

「叶えたい、って……」


 牢月の熱の籠った吐息に、少女は赤らんだ頬の熱が消えない。

 私が、牢月にそんな行為を望んでいる? この、私が?

 ……いいや、違う。私の半身である彼はきっと、私が絶対に信頼を寄せれる相手の行動を無意識化に要求しているんだ。

 私が考える従者の在り方は、私が望む行動に絶対遵守。

 裏切りは認めない。絶対的な信頼を寄せられる、安心感。

 その中で、私が導き出せる無意識化に出した答えは。


 ――一目惚れだ。


『はぁ? 一目惚れぇ? サヨ嬢は乙女だったって落ち?』


 そういうことをいってるんじゃないわよバカ。

 貴方の知能森に捨ててきたんじゃないの?


『はぁ? 怒ってんのぉ?』

「……詐夜子様は嫌ですか? こんな男が、貴女の半身で」


 サイラスが不思議そうに詐夜子を見る。私の太ももを下ろし動きを止めている相棒は遠回しな答えを突き出していた。

 確信した詐夜子は額を抑えながら溜息を吐く。


「……いいえ、冷静になれてきたわ。貴方は私の無意識レベルの意識すら命令として行える、ということ?」

「……お答えできません」

「そうよね、私は自分の自我を持ち、信頼を寄せられる存在が欲しいのだもの。だから、貴方の語る恋心が偽物だっていい――――私は、今、頼れる誰かが、ほしいの」

「……詐夜子、様?」


 牢月に私は近づき、彼の胸元にもたれかかった。

 私が内心でそうしろと命令を出したからだ。

 コイツは、この子は私の命令を純粋にこなそうとする私の半身。

 コイツ以上に私にふさわしい助言者も共犯者もいない。

 ……まさに理想的な従僕だ。一目惚れとしての行動を行うなら。自分に心酔する従者なら。自分を信仰する従者なら。自分に溺死する従者なら。

 ……臆病な私なら、それで安心してしまうと踏んでしまったのだ。

 彼と契約した、あのたった一瞬で。

 だから、これはそんな意図はない。他意も、ない。


「……裏切ったら、お前が骨が無くなるまで処刑するから」

「……それは愛の告白、と受け取っても?」


 彼は口角を上げる。見えない目よりも、彼の蕩けた頬が答えを告げていた。


「そんなことあるわけないでしょ? 馬鹿なの?」

「私は、貴方だけの従僕じゅうぼくです。貴方が望むなら、いくらでも貴方のために死ねますよ――――世界を壊すことだって恐怖心はない。貴方が死んでしまう以上の恐怖心なんて、この世のどこにもないですから」

「……馬鹿な子ね。本当に」


 ……こんな言葉も、きっと私が願っているから言っているだけ。

 なぜか、なぜかそれが――――虚しく思える。

 だが、彼との距離は、きっとそれでいいはずだ。

 私の裏切らないロボットのような従者で、そんな、相棒で。


「……私は、貴方以外の誰かに殺されたいとは思いませんよ」

「……何よ。急に、っ!?」


 気が付けばベットの天蓋を眺めていて、牢月は私の顔を覗き込む。

 押し倒された、という認識を初めて抱いた。

 こんなこと、今まで、誰にもされたことなんてなかったのに。


「……何をしているの!? 牢月!!」

「教えて差し上げます、私がどれだけ今日のこの日を待ち望んだのかを」

「な、何――――!? っ!!」


 首筋にキスを落とされ、彼は舌で首筋を舐める。

 生々しい感覚に一瞬不快感を覚えるが、耳元に彼に口づけられてから牢月は甘く詐夜子の右耳に囁く。


「私は、半身である貴方の苦痛が手に取るようにわかる――――だからこそ、貴方が抱える不安をこの行為で鎮められるなら、いくらでもしますよ。私の愛しい人」

「ふざけ、っ」

「足りないのなら、不安なのなら、もっと強請って。甘えていいんです……私は、貴方をどこまでも甘やかしたいのですから」

「……こんなの、甘えじゃ、ないっ」


 前世が女だった時だって、こんなこと、されたことはない。

 そもそも男の時だって、恋人なんていたためしがないのに。


「私は貴方が望むまま、伝えますよ……こんな恋人のような行為もね」


 相棒は私の額に口付けを落とす。

 信じてを遠回しに言ってくる点に関して、信じてと口にしない自分とは正反対だ。

 ……私の半身だから、正反対な性質になったのかと受け取るべきなのだろうか。


「っ、……わかった、わかったから! もう今日はしないでっ」

「……わかりました」


 牢月は最後と言いたげに目の布を取って私の左手の手のひらに口付ける。


「どうか、私を貴方の信頼に足る従僕になることをお許しください……我が君」

「……っ、だから、ずるいのよ。その言い方とか、色々と」


 ……私の本心を見抜いた行動をとる、とか、本当に恋人みたいな態度で。

 従者でこんな行為を許す私も私だけれど。

 私は頬に熱を持ったままはじめての従僕を睨む。


「……次からは、こんなことしないで」

「お断りします」

「えぇ、そうよね。わかってもらえてうれ…………は?」

「私はずっと、ずっとこの時を待っていたと言ったでしょう? 逃がしてさしあげるほど、都合のいい男は嫌なので」

「……貴方は、私なんかの恋人なんかになりたいわけじゃないのよね?」

「私はなりたくないと一言も言っていませんが?」

『こりゃあガチだわぁ、面倒なのに捕まっちまったなぁ? サヨ嬢』

「は!? ふ、ふざけないで、ちゃんと答え、っ!」


 ちゅ、とリップ音が鳴ったかと思えば、至近距離で従僕は甘く囁く。


「私は常に貴方の喜ぶことをしたいだけ……いけませんか?」

「っ、あ、ぁあ~~~~~~~~っ!!」

『うわぁお、べた惚れじゃん。よかったなぁ絶対裏切らなそうな奴がはじめての部下で』

「~~~~~~~~!!」


 涙目になりながら詐夜子はシーツに包まる。


「従者との間柄であろうと、愛人という立場になるのもやぶさかではありません。貴方の望む信頼できる間柄であることが私の望みです……出会ったばかりの輩がこんなことをするのは、私くらいでしょう?」

『へぇ~? だとよぉ? お嬢ぉ?』

「~~~~~~~~~!! もう黙って!!」


 詐夜子は悲鳴を上げた。

 前世の自分にからかわれるような現状に、黒居詐夜子は絶対に裏切らない信仰心を恋人風の伝え方をしてくる初めての従僕の行動に戸惑いを隠しきれず、耐えきれなくなってベットの中で隠れるのだった。

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