第十九章 太陽は昇りはじめる
暗黒の帳が下りた。
周囲を隠していた霧が一点に集中し、ドミナスの全身に吸収されていく。無限に逆巻く刃の嵐、背に蠢く黒翼、両肩には鷲の頭を模した鎧。まるで悪魔のような恐ろしい威容へとなり果てていた。
地下空間そのものが衝撃に押し上げられ、一気に地上へ戻された。見慣れた街並みに安心する間もなく、ドミナスの放つプレッシャーが周囲の地形ごと破壊していく。逃げ惑う住民を意にも介さず、支配者を名乗っていた男はその暴虐を奮い続ける。
「ふははははは! 力が…支配するための力が
「くそっ、なんで人間が
「アレが終骸…? まるで、あの時と同じじゃない…! 終末の刃…。でも、どうして兄貴があの力を……」
「どういうことだ?」
「姿形は違うけど、この気配間違いないわ。アレは、向こうの世界でアタシとレンが最後に戦った敵。
その名前を聞いて脳内で、記憶のカケラがうずく。そうだ。その脅威を倒すために、俺は陽子の命を使って――――
「同じことは繰り返さない…!」
「蓮!?」
飛んできた刃を『剣』で弾く。嘲笑うようにドミナスが体を揺らす。
「くくく。どうしたのかな、二人とも。弱者は弱者らしく大人しく死ぬべきだぞ」
「黙れ! 街を無茶苦茶にして…。本当に支配して治める側だってんなら、守るべきものを守れよ!」
「守るだと? こんな矮小な田舎町など、守る価値もない。所詮はこの世界の王都を奪うための足掛かりに過ぎんよ」
「身勝手だな。そんなんだから、その奪いたかった世界すら滅ぼすような闇に呑まれるんだ」
「なに……?」
『管理者』が俺にさせたかったことがわかってきた。
前の終骸との戦いは前哨戦だ。各世界から集った人間と絆を繋ぎなおす。それは、味方とだけじゃない。敵だった者とも、もう一度戦って乗り越えなければならない。それこそが世界を救う本当の闘い。
人の心の暗部に巣食い、負の思念を増長させる闇を打ち倒す。だとすれば、乗り越えないといけないのは俺だけじゃない。
「陽子も覚悟を決めてくれ。あいつをもう一度倒すぞ」
「無理よ…。今のアンタじゃ、あの闇の剣には勝てない。アレには全ての剣技を無効にする力があるの。不完全にしか記憶を取り戻していないアンタじゃ…!」
「確かにな。俺だけじゃ無理かもしれない。だから、陽子の力を貸してくれ」
「え…?」
「一人じゃできないことも、二人ならできる。そういうもんだろ?」
ぱちくりと目を瞬かせながら、陽子はとても戸惑った様子をを見せる。それも束の間、彼女は軽く噴き出した。
「…やっぱりアンタはレンとは違うわね。シスコンで、剣の腕はへっぽこで、なんでも勢い任せで無茶苦茶だし」
「酷いなおい」
「けどね」
どこかスッキリとした表情で、陽子は剣を抜き放つ。さっきまでの迷いが消え去り、晴れやかな決意を瞳に浮かべている。
「レンとは違うアンタとなら、背中を預け合えるわ。ただ導かれるだけじゃない。一緒に戦って、一緒に強くなれそうだもの。そうやってアタシたちの終わりを乗り越えましょうよ、蓮!」
「なんだ。陽子も同じ気持ちだったんじゃないか。あぁ、見せてやろうぜ。孤独な支配者を気取る馬鹿野郎に、繋がる想いの強さをな!」
こちらを見下ろすように宙に浮かび、刃を両腕に纏わせて闇の権化となったドミナスに、真正面から対峙する。
【【辞世の句は述べ終えたかな。なら、滅べ、滅べ滅べ滅べ滅んでしまエ!】】
「滅ぶのはお前の方だ、ドミナス!」
「ええ、こんな因縁は終わりよ!」
視界に迫った一対の鉄塊を、二振りの剣閃で断ち切る。
「燃え
「断ち切れ、『
息を合わせて陽子と飛び出す。
次々に飛来する刃を切り払いながら突き進む。生物のように暴れる刃の鞭も、襲ってくる闇の波動も、陽子と互いにかばい合いながら前に、ひたすら前に。
俺自身を踏み台にして、『
「はぁあああああああああ!」
【【甘イ甘イ甘イ甘ィ! 】】
暗黒のヴェールが陽子の炎の斬撃を打ち消す。続けて放った突きを阻んだ刃の結界が、そのまま攻撃となって陽子を襲う。
【【ヌルインダヨ! シネェ!!】】
「させるかッ。合わせろ、陽子。我流剣技・模倣!」
「ええ! 桐立流剣技!」
俺も跳躍して『剣』を振りかぶる。同じく空中で身をひねり、陽子が居合の構えを取る。呼吸を重ねて同じモーションを行う。
「「
交叉する爆炎の斬撃がドミナスの鎧を切り裂き、大きく吹き飛ばした。だが無効化されたのか意にも介さず、やつはすぐさま闇の刃で攻撃してくる。『剣』を振り回した風圧を巻き起こし防御に回して、息を整える。
「くっ、やっぱり剣が通らない…!」
「焦るな。ダメージは入ってる。なら、斬り続けていれば必ず…」
【【ソロソロ終ワリダ・虫ケラ。街諸共・滅ビ去レ!!】】
「「!!」」
威圧感が一層激しくなる。天より注がれる闇の濁流がドミナスを取り込み、その姿を作り替える。剣と弓が融合した両腕、頭部に頂くのは白く輝く冠。体表を覆いつくす闇が肉体となり、二つの鷲頭と馬の体を持ち合わせる巨大な怪物へと。
こいつまだ強くなるのかよっ。
「蓮、見守ってて。今のアタシならきっとやれる」
「陽子…? 何か考えがあるのか」
「うん。感じるの。胸で熱く燻る想いを。咲き誇る時が来たんだって叫んでいる」
「それって……、あっつ!?」
急に俺の右手の指輪が熱くなり、真ん中で黄金と紅の二つに分かれた。紅の指輪がそのまま陽子の剣に吸い込まれる。すると陽子の体中から光が迸った。これは…。秘めていた力を解放できるってことなのか?
【【イイ加減ニ飽キタ・コレデ終リトシヨウ!】】
「やっぱり…。兄貴は変わらないわね。普段は慎重なくせに、そうやって勝てるとわかったら慢心して、大振りになる」
【【ッ】】
とっくに自我など薄れているはずの獣が狼狽えた。陽子の言う通り、大きく振り絞った弓に剣の矢をつがえていて、やつは身動きが取れない。飛び交っていた刃も収まっている。千載一遇のチャンス。今なら届く!
「“太陽は何度沈もうと顔を上げる。向日葵もまた季節を越え、時を重ね、その華を咲かせる。剣を鍛えるもまた同じ。ゆえに心の剣はここに為る ――――”」
祝詞が
花びらが一枚ずつ開くようにして完成したのは、煌々たる向日葵。刻まれた花銘は。
「未来への情熱、『
陽子が剣を振り抜く。肩まで伸びたオレンジ色の髪と甲冑に包まれた四肢から、黄紅の衝撃波が解き放たれ、大地を染める闇を一掃した。開けた大地を、陽子が明らかに今までより速く駆ける。覚醒して生まれたあの炎は闇を祓えるだけでなく、彼女の能力も引き上げているらしい。
真っすぐ突き進んだ陽子が、刀身に満ち溢れた炎を操って跳び上がり獣の間合いへ。そのまま宙で身を捻る。噴き上がる炎に任せて一度ではなく何度も。咲きこぼれる大輪の中心で陽子が舞い踊る。
まるで天に頂く太陽のように。
【【ドウシテダ・・・ドウシテオマエバカリイツモ輝クンダ、愚カデ弱ッチイ妹ノクセニィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!】】
「桐立流奥義・
研ぎ澄まされた必殺が、獣の巨躯をを悲痛な叫びごと両断した。
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