第十三章 たとえ世界が違っても

 目を開くと、知っている天井だった。


 どういうわけか、終骸ネフィニスとの戦いで気絶した後、宿に戻って寝ていたらしく、宿の主人が心配してくれていた。全く記憶がないけれど、陽子の姿がなかったのが気になる。


「この指輪っていったい…」


 手持ち無沙汰の間に転がして眺めているのは、陽子を助け出した後気付けば、右手中指にはまっていた指輪だ。見た目は、『管理者』に渡された通信用の物に似ている。色はなんとも言えないが、日光に当てると細部が赤くキラキラとして綺麗だ。


「体調はどうですか、兄さん」

「だいぶマシになったかな。街の様子はどうだった?」


 買い出しついでに現状把握に行ってきますと出ていった真耶が戻ってきた。飲み物などを買ってきてくれたらしく、両手にカゴをぶら下げている。


「壊れた街はだいぶ直されていましたね。あ、何か飲みますか? 果物のジュースとか、謎のお茶とかありましたよ」

「謎のお茶って安全なのか…?」


 無難に果物のジュースを受け取って喉を潤す。なんの果実かわからないが、柑橘系のスッキリする味で惚けていた思考が明朗になってくる。


「陽子の居場所は?」

「ええ。お姉ちゃん、泊まっていた宿に戻ってるみたいですね。ここ数日部屋から出てきていないみたいで、心配です」

「あんな意味のわからん敵に取り込まれてたわけだしな。後遺症とかなけりゃいいんだが…。よし、様子を見に行くか」

「そう言うと思って、お見舞いの果物も買っておきましたよ」


 さすが真耶。できる妹だ。


 というわけで、俺たちは真耶のいる宿に向かったわけだが…。


 数十分後、彼女の部屋の前で俺は困惑していた。


「なんだこれ…」

「なんでしょうね…」


 部屋の扉に達筆で "けたらキル" と書いてあったからだ。なんでカタカナでキルなんだよ。斬るとkilを掛けてるつもりか。


「どうしましょう…。一旦帰りますか?」

「いや、体調が悪いとかなら心配だし、どのみち待ってても何も変わらないかもだしな。強引かもしれないけど、開けてみようぜ」

「鍵は…掛かってるみたいですが、これぐらいなら…。あ、開きましたよ」


 なあ妹よ。今スキルを使ったわけでもなく、ヘアピンでピッキングしなかった? え、どこでそんな物騒な技術覚えたんだ??


 そんな俺の困惑はさておき、部屋に入ると陽子の姿は見当たらない。その代わりにベッドに人間一人分の膨らみがあるのみ。うーん、もしかしなくてもこれは。


「陽子お姉ちゃん、お見舞いに来ましたよ。具合は大丈夫ですか?」

「ひゃっ!?」


 ………ひゃっ?


「なんでしょう今の可愛らしい声は。お姉ちゃん…?」

「おい陽子。大丈夫なのk」

「れ、蓮もいるの? アンタは、こ、来ないで! 今はダメ! 絶対ダメだからね!? 顔合わせたくないの!!」

「酷い言われようなんだが!?」


 どうしてだ。この前の救出劇でなにか嫌われるようなことでもしただろうか。勝手に心の中に踏み込んだような形になったのは、申し訳なく思ってるけども。


「ふぅむ。察するにお姉ちゃん。何か思い出しましたね?」

「…!!」


 真耶の指摘に対して、無言の肯定が返ってきた。どういうことだろう。


「簡単なことですよ。終骸との一件の前と後で変わったことがあるとすれば、それは過去の記憶。兄さんも触れたのでしょう? 並行世界での事に。それなら、陽子お姉ちゃんが自分のことを思い出してもおかしくはありません」

「なるほどな。で、どうなんだよ陽子」

「う、うるさいわよ。なんにもないんだから! 別に、アタシとアンタがどういう関係だったかなんて思い出してないわよっ!」

「お、おぅ」


 なんて下手くそな嘘。それじゃあまるで何かあったと自白しているようなものじゃないか。え、どういう関係って、俺が教師で、陽子が教え子じゃなかったのか?


「……ははぁん、そういうことでしょうか」

「名探偵の真耶さんや。そんな胡乱げな声出してどうした」

「いえ。私も別にそんな経験があるわけではないんですが。もしや、陽子お姉ちゃんは―――」


 次の瞬間。真耶の口から決定的な一言が飛び出した。


「兄さんの恋人だったのでは?」

「うがぁああああああああああああああああああああああああああ」


 およそ女子が出したらいけなさそうな絶叫とともに、陽子がベッドから飛び出してきた。その手には彼女の剣。


「って危ないな!」

「放しなさい! アンタを殺してアタシも死ぬうううううううううう!」

「どうしてそうなった!?」

「落ち着いてくださいお姉ちゃんっ」

「へぶっ」


 ジタバタと暴れる陽子を、真耶が、スキルで呼び出したピコピコハンマーで叩いて落ち着かせる。


「くっ…。真耶、アンタほんと頭が回るわね。鈍感な兄貴とは大違いだわ」


 肩で息をしながらベッドに腰掛け、陽子はそう言った。


「失礼な。誰が鈍感だ」

「アンタよ、アンタ! ったく、そういや “前” もこんな感じで、告白するのにどんだけ苦労したとッ…」

「ちょっと待てよ。え、陽子、俺のことが好きだったのか?」

「違うわよ! アタシが元居た世界のアンタ…。学園の臨時教師としてやって来た遠岸レンのことが好きだったのよくっそおおおおおおおおおおおおおお」


 真っ赤な顔でそう叫んで頭を抱える陽子。頭を抱えたいのはこっちだぞ。


「向こうの俺、教え子に手出したのかよ。いくら幼馴染みとはいえなんてヤツ…」

「いやそこではないでしょう驚くのは。そうですか…。別の世界では本当にお義妹ねえちゃんだったのですね、陽子お姉ちゃん」

「ええ…。でも、その後アタシたちに待ち受けていた運命は残酷なものだったけどね」

「……みたいだな」


 俺は終骸の中の空間で見てしまった。世界を襲う絶望的な脅威を前にして、皆を守るために俺は…向こうの俺遠岸レンは、陽子の命を使って『切り札』を行使した。結果として――――


「世界は救われた、のよね。きっと」

「…ああ、しっかりとな。それもビジョンで見たよ」

「なら思い残すことはないわねー。アタシも報われるってもんだわ」

「噓つくなよ。後悔してるだろ」

「なにバカなこと言って」

「じゃあ、どうして泣いてるんだよ」

「っ、これは」


 陽子は笑顔のまま、その頬を涙で濡らしていた。今の俺はその理由を察することができる。


「悔しかったんだろ。最後まで一緒に戦えなくて。あいつに重い役目を背負わせたって」

「知った風なこと口にしないで。いくらアンタでも怒るわよ」

「いいや言わせてもらうね。世界は違っても、同じ俺にしか言えないことだからな」


 睨んでくる陽子の目をしっかりと見つめ返す。伝えないといけない。彼方の想いを。


「陽子の決断もあいつの力不足も、全部仕方なかった。最後の時まで、あいつはお前を犠牲にしたことを悔やんでいたと思うよ。けど感謝もしていたはずなんだ。こんな自分と一緒にいてくれて、共に戦ってくれてありがとうってな」

「でも…」

「あいつのことが好きだったんだろ。なら信じてやってくれよ。そして、たとえ世界が違っても、今度こそ俺はお前を守る。そのために『剣』を俺に託したんだ」


 不安そうな顔を向けてくる陽子を安心させるように、笑顔とサムズアップで応える。


「っ……そっか。そうね。ええ…。なら、これから改めてよろしく蓮。でもただ守られるつもりはないからね。アタシも自らの『剣』を、今度こそ鍛え上げることを誓うわ」

「あぁ。その意気だぜ」

「やれやれ、手のかかる兄さんとお姉ちゃんです」


 いやお前はどこ目線なんだよ、真耶。

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