第九章 終ワリノ骸
「う、ぐっ…。なんだよ…ッ!!」
この世ならざるものを映す俺の『
立ち昇る闇の奔流が空を侵食し、次々に陽の光を奪い、塗り潰していく。まるでこの世の終わりのようだが、その "奥" に潜む更なる脅威が視えた瞬間、強烈な吐き気を催した。
「兄さん!?」
「なによ蓮、だらしないわね。確かにヤバげな雰囲気だけど…!」
当然ながら二人には視えていないはず。肌でなんとなく感じているのと、実際に視覚で捉えているのは別物だ。彼女らには俺が突然倒れただけに見えるだろうな。
明らかにここにいるはずのない、世界にいてはならない異物の気配が、暗黒の向こうで加速度的に膨れ上がっている。どう考えてもマズい。
『もしもーし、聞こえるかい。異世界人諸君』
「……!」
突然。痛む脳内に、場違いに呑気な、ノイズの混じっただみ声が聴こえた。
「『管理者』さん、教えてください。これは何が起きているんですか?」
「さっさと答えなさい。結構切羽詰まってることはわかってるんだから!」
『せっかちだねぇ二人とも。遠岸蓮くんには視えているのだろうが、君らには無理だし仕方がないだろうが。そうだな…、かいつまんで説明すると、今あの闇の中に居るモノこそ世界を不安定にしている “敵” だ』
そうか。この異物感の正体は、世界を破壊しかねない存在の圧か。ようやく、ここに来て、やらなきゃならないことが理解できてきた。
「つまり…、アレを倒さないといけないってことかよ」
『その通りだ。あの闇こそ、世界を終わらせる毒、総称を…
名前の響きからして良い感じはしない。そして、呑気に説明を受けている暇は、もうないようだ。
「二人とも、来るぞ…」
「来るってなにが!」
「兄さん。不味そうなら全力で逃げますよ」
そうは言うけど真耶、コレからは逃げられない。
俺たちの頭上、天を覆う闇のベール、その内側から鼓動が一つ。ドクン、と。静かに厳かにはっきりと響いた。
【【あsづあういがhだjぉあhナぉvはおdヴルぉあvhだぁギlpアww】】
「ッッ」
何を言っているのかも理解できない、言語にすら変換できないこだまする音の濁流とともに、漆黒の巨人が闇のとばりを裂いて、大地に降り立った。
顔はない。頭部らしい部位には赤くギラつく単眼があるのみでのっぺらぼうだ。黒い闇を全身から垂れ流し、踏みしめた大地を飲み込んでいる。
巨人は周囲の建物や逃げ惑う人々をも見境なく吸収し、地獄めいた様相を生み出し始めていた。
「アレと…あんなのと戦わなくちゃいけないってのかよ…」
本能が忌避感を示している。人間が戦って良い相手じゃない。戦うべきじゃない、逃げなくては。でも、どこに…逃げれば…? いや真耶を置いていくなんてできないっ、おれ、は、っ。
………。
「しっかり…しなさいッ!!」
左の頬に、熱い痛みが差し込む。
上を向くと、陽子の勝気な瞳がこちらを覗き込んでいた。
「アンタは…真耶を守るんでしょ? 世界のためなんて大層な目的じゃない、大切な妹を、家族を守るために戦うのよね。だったらシャキッとなさい。こんなところで諦めてる暇、アンタにはないはずでしょ!!」
「陽子……」
「蓮、アタシの正義を守ってくれると言ったわよね。ならアタシは、アンタ自身とアンタの家族を守るわ」
言いながら、剣の柄に手をかける陽子。その手はかすかにだが震えていて。しかし、ゆっくりと確かな手つきで。
「――― そのためになら、剣士になれる」
刃が鞘を滑り、抜き放たれた次の瞬間。
爆発的な熱波が陽子を中心に具現化し、彼女の持つ剣にまとわりつくと、巨大な炎の刃を形成した。
「これが『管理者』に倣うならスキルってやつ。アタシの “花”、『
「陽子お姉ちゃん…」
「心配しないで、真耶。ちょっと片づけてくるから」
そう言って、カッコよく微笑むと、陽子は勢いよく駆け出した。
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自分の心臓がうるさい。
ほんのわずかな後悔に、回る足が鈍りそうになる。
「柄にもないカッコつけ方するからよ、アタシ…!」
今眼前にいる存在は、きっと今の未熟な自分には倒せない。開花すらしていない才能で振るわれる “ただの剣” に斬れる物はない。臆病な心では何もなし得ない。
わかっている。痛いほどに。
けれど、やらなくてはならない。心の底で誰かが告げるのだ。あの兄弟を守れと。それは失っている自分の記憶が告げるのかもしれない。これは使命なんかではなく、己の意志だ。
やるべきことがわかっているならば、迷うな。
「桐立流剣技!」
剣を、振るえ。
「
紅蓮を纏った剣を突き出して跳ぶ。一直線に伸びあがった剣先で闇の巨人の胴を狙うが、捉えられない。構わない。背後に回り、着地した足を軸に振り向く。突進の力を殺すことなく、さらに遠心力を上乗せした二段構えの一撃。
「はぁああああああああああああああああ!」
両手で握りしめた剣を全力で振り抜いた。今度こそ、炎の斬撃が、闇の巨人の胴体をもろに捉える。
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