第7話 理不尽

 学校という場所はなんて素晴らしいのだろう。

 友人に出会い、交友を深めることが出来る貴重な場。それが学校だ。

 そして、今日も僕は屋上に続く階段で神田さんと昼ご飯を食べていた。


「あ、明人のお弁当唐揚げ入ってるじゃん。美味しそうだね」

「それを言ったら、神田さんの卵焼きも美味しそうだよ」


 神田さんと友人になってから早いもので一週間が経過した。最初こそお互い緊張していた僕らだったが、今では詰まることなく自然な会話が出来るまでに仲良くなっていた。


「じゃ、じゃあ、交換する?」

「え!? い、いいの?」


 僕の言葉に神田さんが少し照れながら頷く。お弁当のおかずを交換するなんて、凄く仲良しみたいだ!


「はい、これ」

「ありがとう。じゃあ、僕もこれあげるね」


 神田さんは卵焼きを一つ、僕のお弁当の白米の上に乗せた。その後、僕も唐揚げを神田さんの白米の上にのせる。

 それから、僕は卵焼きを口にいれる。


「美味しい!」

「ほ、本当?」

「うん! 塩加減が絶妙で最高だよ!」

「実はさ、それ私が作ったんだよね」


 思わず神田さんの方に視線を向ける。神田さんは照れ臭そうに頬をかいていた。


「え、ほ、本当に?」

「うん」

「神田さんって、美人で勉強も出来て、料理も出来るって……凄すぎない?」

「いや、それは大げさでしょ……」

「いやいや、そんなことないよ! 神田さんは凄い!」

「……そう?」


 自信なさげな神田さんに強く頷きを返す。それを見た神田さんは口元を少し緩ませてから「ありがと」と呟いた。

 その表情に思わず見惚れてしまう。


「予鈴鳴ってる。戻らないとね」

「あ、うん」


 スカートについたほこりを払う神田さんの横顔を見ながら、幸せだと改めて思う。

 神田さんと友達になり、僕の学校生活は一気に充実した。

 毎日、学校へ行き神田さんと挨拶する。それだけで心の中が温かくなるし、一緒にお昼を食べれるというだけで毎日昼休みが楽しみで仕方ない。

 友達がいるって素晴らしい。友達万歳、神田さん万歳。


 ニヤニヤとした笑みを抑えきれないほど、僕は浮かれていた。

 だからだろう。僕は完全にいつか来るその時のことを忘れていた。そして、その時は昼休みが終わった直後のLHRに訪れた。


「よーし、それじゃ席替えするぞー」

「「なっ!?」」


 この日、僕の隣の席から神田さんが姿を消した。



*********



 理不尽な運命。

 それは全ての人に平等に降り注ぎうる困難だ。それを乗り越えなければ、僕らの望む未来は掴めない。

 だが、万人が簡単に乗り越えられるようなものは困難とは呼ばれないだろう。

 たゆまない努力と運を味方に付けた時、初めて乗り越えることが出来る。それが困難であり、理不尽な運命だ。

 僕は抗った。

 神田さんという友達と離れ離れにならないために、ささやかで平穏な学校生活を守るために。

 だが、僕には十八分の一の壁を乗り越えることが出来なかった。


「あ、明人……」

「神田さん……ごめん。僕に力が無いばかりに……!!」

「ううん。明人は悪くない」


 神田さんの隣の席をくじ引きで外してしまった僕に、神田さんは優しく語りかける。


「それに、離れていても私たちは友達でしょ」

「か、神田さん……!!」


 照れ臭そうに頬をかく神田さんの言葉に僕は感動していた。


 その通りだ。

 いくら先生が席替えで僕らを離れ離れにしようとも、僕と神田さんが友達であるという事実は変わらない!!


「そうだね。神田さん、僕、新しい席でも頑張るよ。神田さんも負けないでね」

「うん。それじゃ、また」

「うん、また」


 微笑む神田さんに別れを告げ、机を動かす。


「あはは……。本当に神田さんと仲良いんだね」


 机を動かし終えると同時に、隣の席から聞き覚えのある声が耳に入る。隣の席に目を向けて僕は目を見開いた。


「は、ははは花宮さん!?」

「うん。よろしくね、小森君」


 何と僕の隣の席はクラスで一番人気の女の子と言っても過言ではない花宮さんだったのだ。

 どうりで、僕がくじを引いた後に男性陣から悲鳴が聞こえてきたわけである。


「あ、えっと、は、はい! よろしくお願いします!」

「大袈裟だよー。それに、同級生だし敬語じゃなくていいよ」


 直角に身体を曲げ頭を下げる僕に花宮さんが優しく声をかける。聞く人の耳を癒す柔らかな声、そして可愛らしい笑顔。


 ぼ、僕は今日からこの笑顔を毎日見ることが出来るというのだろうか?

 まずい! 気をしっかり保たないと一瞬で惚れてしまい、告白してフラれることになる!!

 

 素数を数えて、心を落ち着かせてから改めて花宮さんに向き直る。


「分かったよ。よろしく、花宮さん」

「うん! それと、小森君が良ければ香織って呼んでもいいよ?」

「きゃおっ……!?」

「私も、明人君って呼ぶから、どうかな?」

「あきっ……!?」


 コテンと上目遣いで首を傾げる花宮さん。

 僕が見てきた可愛い仕草ランキング堂々の二位の姿を前に、僕のIQ100の頭脳が弾ける。


 いきなり名前呼びなんて、好きな人にしかやらないでしょ。つまり、花宮さんは僕のことが好き……ってこと!?

 いやいや、落ち着け。花宮さんは確かにクリクリした瞳が可愛らしくて、肩まで伸びたサラサラのミディアムヘアーも凄く綺麗なので付き合えるなら喜んで付き合った方がいいと思います。

 よし、告白しよう。


「は、花宮さん……!!」

「なにかな?」

「よ、よよよかったら僕と――」

「よーし、それじゃ席替えは終わったな」


 花宮さんに告白しようとしたその時、先生の声が教室に響いた。


「あ、ごめん明人君。先生の話があるみたいだし、また後でね」

「あ、え……うん」


 花宮さんが教卓の方に身体を向けたのを見て、僕も身体を前に向ける。

 それと同時に、急速に頭の中が冷えていく。


 僕は一体何をしようとしていた?

 調子に乗って花宮さんに告白? クラスの背景その4がクラスの中心人物にいきなり告白なんてバカなのか!?

 冷静に考えたら花宮さんは殆どの人を名前で呼んでるし、自分のことも名前で呼んでと公言している。

 僕だけ特別なんてこと、全くないじゃないか!


 冷静になれたおかげで、僕は見事花宮さんに告白し、玉砕して気まずい学校生活を過ごすという危機を回避することに成功した。

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