第2話 隠れ家

 ……翌日。

 昨日と変わらない様子で、手にした本に目を通すオルピアの姿があった。

 しかし彼女がいるその場所は、町の広場ではなく自身の隠れ家となる住処である。


 オルピアの視線の先に広がる架空の世界。

 その中で生きる人々の姿は、オルピアの心の中に様々な感情を巡らせた。


(私もこんな町で暮らせたら……) 


 本に描かれた挿絵を見つめながらそんな思いを抱くオルピアであったが、すぐに

浮かんだ別の考えに苦い表情を浮かべる。


(……スヘーネに言われた通り、あまり本の影響は受けないようにしないとね)


 オルピアは椅子から立ち上がり窓の方向へと歩き出すと、そこから外の

様子を静かに見据えた。


 窓の外から見える光景は、ぬかるんだ地面とそこから生える枯れた木々で覆われた

森の中。

 まともな人間であれは決して近寄ろうとはしないこの森であるが、魔女オルピアにとっては都合の良い隠れ場所となっていた。


「やぁ!」

「……!?」


 突然、陽気な声とともに窓の外から姿を現す存在があった。


「スヘーネ!?」

「見慣れた良い女の顔でそんなに驚くこともないでしょうよ……」


 驚いた声を上げるオルピアに対し、険しい表情で言葉を返すスヘーネで

あったが、そのオルピアの様子を見ると、申し訳なさそうに再び口を開く。


「いやごめん、昨日のことがあったからねぇ……」

「こっちも変な声を出してごめん、まさか来ると思わなかったから……」


 返事を聞いてスヘーネはその手に持っていたものをオルピアの目の前に

差し出した。

 オルピアの視界を遮ったのは、大きな菓子箱であった。


「アパティーテからの差し入れ、一緒に食べよう」


 ……。

 食台を前にして、向かい合うように座る2人の魔女。

 2人の間に置かれた食台の上には、色とりどりの甘菓子が並べられていた。 


 スヘーネは甘菓子に手を伸ばしながら、オルピアへと話し掛ける。


「昨日はああいう状況だったから否定するようなこと言っちゃったけど、アンタの

考えはもっともよ、あたしたちは何もしないんだから堂々と歩かせて欲しいものね」

「……うん」


 そう言って甘菓子を口に運ぶスヘーネに、オルピアは同意の声とともに頷いた。

 

「それに外見だって、町の子と変わらないじゃないの」

「違うところを挙げるとすれば、ちょっと力持ちなくらいかな? あとは……」


「寿命だね」


「…………」

「まぁ確かに人間からしてみれば、不気味に思う気持ちも分かるのだけどねぇ……」


 言葉を続けていたスヘーネであったが、正面で聞いていたオルピアの曇った

表情を見て、彼女へと問い掛ける。


「……大丈夫?」

「ああ……ごめん、スヘーネの話を聞いていたら色々と考えちゃって……」


 2人がそう話していると突然、奥にある部屋の方向から足音が聞こえてきた。


 オルピアたちが視線を向けると、そこから姿を現したのは、丈の短い衣服を

纏った小柄な女性。

 乱れた髪を揺らしながら、人間と変わらない身なりで2人に近づく彼女は

オルピアと共に暮らす魔女、スモルキュアであった。 


「眠り姫のお目覚めね」

「姫じゃない、魔女だよ」


 からかうようなスヘーネの言葉に、冷静な声で言い返すスモルキュア。

 そして食台の上にある甘菓子に気が付くと、それを羨ましそうな顔で

直視していた。


 その視線に気が付いたオルピアが慌ててスモルキュアへと声を掛ける。


「キュアの分もちゃんとあるよ」

「へへ、良かった」


 その言葉にスモルキュアは嬉しそうな表情を浮かべると、食台の椅子へと

腰を掛けた。


「これが争いの原因なんだろうけど、あとは魔術が使えることね」

「……何の話?」


 オルピアとの話の続きの口にするスヘーネの言葉に、スモルキュアが疑問の

表情で首を傾げる。


「魔女と人間の違いの話をしていたの」

「…………」


 スヘーネの答えを聞いたスモルキュアが、先ほどの歓喜した顔とは一変した鋭い

表情を浮かべると、その顔から彼女の感情を察したスヘーネが声を掛ける。


「あまり関わりの無さそうなアンタが嫌がるなんて意外ね」

「……昔、寝ていたら凄く嫌なように起こされた」


「変なところでも触られた?」

「…………!」


 スヘーネの問いに、アパティーテは更に鋭い剣幕を浮かべた。


(当たりか……)


「ほら、嫌なことは忘れて食べなさい」


 まるで邪悪な魔女を思わせるような形相を浮かべるスモルキュアを

見て、スヘーネはなだめるように甘菓子をスモルキュアの正面へと置いた。 


「……アンタといいアパティーテといい、人間の格好は真似して受け入れているのか嫌がっているのかわからないよ」


「この服は軽くて動きやすい」

「アンタはほとんど寝ているでしょうよ……」


 その言葉と共にスモルキュアが身体を伸ばすと、微かに覗かせた彼女の腹部を

スヘーネは軽く突いた。

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