奏と僕と その6
嫌な音が聞こえた。左からだ。
「ああああああああああああ!!!」
皮膚を突き破るような破裂するような音がした直後、今日一番の叫び声を上げた。
「ああああああああああああああああああ!!!」
右手親指が肩口にグイッとめりこみ、さらに首筋に齧りついている奏。
あまりの痛みに膝から力が抜け落ち、そのまま勢いに押され仰向けに倒れ込んだ。
「ぅああああああああああああ!!!」
こんな音、聞いたこともない!
「ああああああああああああああああ!!!」
おぞましい音が自分の体から発せられているのが分かった。
離したら終わる!
離したら終わる!
噛み千切られたら全てが終わると感じて、咄嗟に頭を押さえこんだ。
指輪どころではなくなった。まだしっかりと右手に握っている感覚はあるが、完全にマウントを獲られてしまったこの状況では、奏の体をしっかりと押さえつけることが、精一杯の抵抗だった。
この腕を離したら終わる。
一瞬でも力を抜いたら、距離を空けたら、自由を与えたら僕は絶命し、最後の最後で奏が僕を喰らい尽くす。そんな最期を奏に迎えさせてやるわけにはいかないんだよ!
指輪・・・もうダメか・・・・・・
・・・・・・
『買っても、どうせ今と変わらないよ。ひとさんは端っこだ』って、笑って聞かなかったけど、ダブルベッド買ってやりたかったなぁ。
ノゲイラの話、凄い喜んでくれてたよなぁ。格闘技に興味なんてないのに「アントォニオー、ホドリィゴー、ノゲイラーーーーー!」ってリングアナウンスの真似したら凄く笑ってくれてたっけ・・・・・・
背伸びをして、指先が届くか届かないか辺りに伸びている桜の枝を、掴もうとする後ろ姿。
胸元がヨレヨレのTシャツを着て、劇団の男どもを翻弄し、お局様たちを刺激する危なっかしい天然娘。
トレッキングハットとパンパンに膨れ上がったリュックを背負い、頭のてっぺんから蒸気を出して、駅の改札から現れる山ガール。
寝込みを襲われたら一発ですよ! と言いたいくらいに、幸せそうな寝顔と大胆な寝相で僕をベッドから蹴り落とす座敷童。
若さと美貌があるにも関わらず、若年寄すぎる愛すべきおばちゃん。
歌い出ししか歌えない滅茶っ苦茶な歌。
お腹を抱えたくなるほどの面白過ぎるフットワークで、僕を殴ってくる勇者様。
合法だ合法だと言い張って、僕の匂いを嗅いで食べてくるゾンビガール。
後輩たちに慕われ、最高にキラキラした汗を流す大月歌劇団の花形女優。
雨の日も風の日も自転車を立ち漕ぎで疾走して、大好きな先輩、大好きな同僚と大嫌いな田中さんたちに囲まれ愛され続ける、本当に仕事熱心な介護士さん。
生理痛に襲われ続けるスフィンクス。汚れた鳩。へしこの歌・・・
ああ、それから、実家に帰って僕の料理自慢をする度に、
「ひとちゃんに胃袋を掴まれてるなんて、あんたそりゃ逆だよ」
と、お母さんに小言を言われてるんだって。
本当はそこで、
「ひとちゃん凄いねぇ」
『ふふー、そうでしょう。そうでしょう』
なーんて鼻高々になりたかったみたいなんだけど、そうはいかない大月奏。笑。
ダメだ話し足りない。いや、語り尽くせない。まだまだ紹介し切れないほどに奏がいる。
両頬を鷲掴みにしてアッチョンブリケってしてやると、首筋を掴まれた猫みたいに完全無抵抗になって、またその顔が最高に愛苦しくて、尊くて、可愛らしくて、面白くて・・・
この顔一発で僕の疲れた心も体も癒してくれる女性は奏しかいない。
離したくない・・・
一緒にいたい・・・
ずっと、一緒にいたい・・・
愛してる・・・
こんなに冷たくなりやがって・・・
甘噛みしろよ・・・バカ野郎!
一気に感情が込み上げてきた。
大好きなんだよ。もう言葉になんてならないよ・・・
大好きなんだよっ!
「奏ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます