第2話 星が綺麗

 俺は運転技術の向上のためというのもあるのだが、主には仕事のストレス発散のため、非番の日の夜に起きて夜中に時々峠に向かう。

 夜中の方が道路は空いているし、人もいないのであまり他人に迷惑を掛けなくて済むからだ。

 

 よく行く場所は山中湖なのだが、他の富士五湖、山梨方面、箱根方面へも行く。

 行く人数も俺だけの時もあれば、他に親友を乗せて行く時もある。

 

 非番というのは、1日目の夜勤の日が当番、2日目の昼までほぼ徹夜で仕事をして、帰って寝ていいよ、という日が非番、そしてその次の日の3日目が休み、4日目が日勤で朝から夕方までの勤務であり、部署によっても違いはあるが、その4日周期でワンサイクルである。

 したがって、休みは土日という訳でもないし、盆も正月もない。

 唯一いいところは、普段混む土日に休みが来ないので、出先で混まないという利点があるが、逆に他の一般の人と休みが合わないので、一緒に遊びに行けないという難点もある。

 まぁそれでも1ヶ月に1回くらいは土日に休みが来るのだが。


 本日の目的地は箱根の大涌谷の駐車場だ。

 俺は駐車場に車を止め、周りを見渡す。

 ここには何度か来ているが、夜中に誰かと会う事は殆ど無い。

 稀にカップルが車で来ていることはあるが、基本誰もいない。

 俺は暗闇の中、シューシューと噴き出すガスを遠目に見ながら、駐車場の真ん中で寝転がった。


 独り、夜空を見上げた。


 オリオンが輝いている。

 真冬だと特に空気が澄んでいて、更に周りが山で灯りが無く暗いから、小さい星もよく見える。

 アスファルトが冷たい…

 

 …この仕事は、世の中の嫌な部分ばかり目にする。

 恨み、辛み、妬み、そねみ…

 人の生き死にまでもが俺の周りに日常としてある。

 

 この前も中年の女性が目の前で亡くなった。

 交通事故現場の直近にたまたま居て、目撃した通行人の男性に現場まで連れて来られたのだ。

 その女性は頭から血を流していて、糸が切れたマリオネットの様に地面に倒れていた。

 アスファルトにサーッ…と大量の血が円形に広がっていく。

 もう、助からない…俺はそう思った。

 女性を同僚に任せ、轢いた犯人を確保しに行くと、ヘルメットを被って服が所々破けた中年の男は事故の一時的ショックからか、人を轢いたという記憶がなかった。

 周りの目撃者から話を聞くと、信号無視をしたバイクが横断歩道を渡り始めた女性を轢いたという事だった。


 心無い人は我々に、

 

 「死体って、見慣れちゃうんでしょ?」


と聞いて来るが、そんな事はない。

 一度見たら、一生忘れないよ…

 他に誰もご遺体を運んだりはしてくれないだろう…?

 だったら我々がやるしかないじゃないか…


 事故を少しでも無くそうと交通違反の取締りをすると


 「この給料泥棒が!」


 「こんなことやってる位なら、他にもっと重要な仕事があるだろう!?」


 110番の現場に少しでも早く現着しようとしても


 「もっと早く来れないの!?他人事だと思って…!」

 

 ケンカの仲裁をしたら


 「お前の家に行って火をつけてやるぞ!」


 何だか知らない人からも


 「殺してやる!」

 

 全くの逆恨み。

 

 そして本当に殺される警察官もいる。


 …こんなのストレスたまらない方がオカシイよ…


 実際に東京都内では年間で200人位の警察官が心の病になって苦しんでいる。

 俺も時々そうやって悪意ある言葉を目の前で聞くと、手が震える。

 多分心の病かもしれない…

 でも病院には行かないけど。


 ……星、綺麗だな……


 アチコチ小石の感触がして痛い… 

 寒っ!極寒ごっさむだよ…

 

 コリャ長居は出来ないな。




    

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