第36話:今が別れめ、いざさらば06


「畢竟こうなるよな」


 とは頭を抱える零那。四季による零那への公開告白。それは学院中を席巻した。メディアは風聞とスマホ。


「友人の友人の友人から聞いたんだけど」


 と辿っていけば、学院全体が情報を共有するのもとりわけ珍しい事象でもない。


 面白くないのは四天王に惚れている生徒だろう。


 青春一子。


 赤夏二葉。


 白秋三代。


 黒冬四季。


 零那が指揮を執ったわけではないが、結果的に周囲の少女たちを不幸にしたのは十三永零那と取られて何ら不自然もなかった。マスメディアの在り方を模索してしまう当人。


「なんでよぅ」


 とはゴーストたる一子の言葉だが、状況には影響しない。零那は広い後刻学院のちょっとしたスポットにいた。水泳部と水球部の共有する屋内プールの裏手。北側なので太陽光はあまり届かない。


「黒冬さんと手を切れ」


 四季は流水のような綺麗な長髪と玉にも似た瞳を持つ大和撫子だ。性格は堅いところもあるが、義理さえ通せば困っている人を助けるし優しく接する。零那が委員長と呼ぶのも役職以上にその為人への皮肉な表現だ。


「具体的には?」


 相手方は男子三人。こちらは一人……と一鬼。一子をカウントするかはまた別の議論を必要とするだろうが。


「嫌われろ」


「軽く言ってくれる」


 どうやら何かしらの計画性を以て交渉してきているわけでもないようだ。


「嫌われる……か」


 しばし思案する。


「とにかく黒冬さんに近づくな」


「レイプでもすればドン引きしてくれるかね?」


「貴様……っ!」


「嫌われて欲しいんだろ?」


「巫山戯てるのか!」


「あまり真剣になれるほど建設的な会話じゃねえしな」


 男女間の押し引きで嫉妬されるのは零那も汲んでいる。理屈で方程式を構築できないからままならない一面もあるだろう。


「だいたい内容からいってコレは俺じゃなく委員長にこそ言うべきだろう」


「お前が手を引けば全て丸く収まるんだよ!」


「ないわー」


 嫉妬されることはもうしょうがないが、具象化すると対応も面倒。


「なんなら死んで考え直すか?」


 生徒の一人が折りたたみ式のナイフを取り出した。


「最初からそう言え」


(今までの会話は何だったのか?)


 実力行使が前提なら、その場で襲いかかれば良いのだ。一々数を頼みに上から問答して四季を引き離させようとする意味が分からない。論理の通った言葉なら別だが、


「黒冬さんから距離を取れ」


 は、


「具体的にどうやって?」


 と反論せざるを得ない。


「…………」


 ガシガシと頭を掻く。特に刃物に対して脅威を覚えてもいない零那。男子生徒らに対して畏れ入らない態度はその薄っぺらいプライドを実に効率よく刺激した。


「――――」


 血花が咲いた。裂傷が襲い、出血が伴う。零那……ではない。男子生徒の方だ。


「何が――」


 と疑問を覚えたときにはもう遅い。どんな原理が働いたのか。零那を脅していた男子トリオが何の脈絡もなく裂傷を作って切り刻まれていく。


 呪い。


 祟り。


「これはワンコが?」


「あんまり自覚はないんだけど……」


 零那の疑問にむず痒そうな一子。


「一種の守護霊と言えるのか」


 そんな考察の横で男子生徒たちは痛みと嘆きを乗算していく。あまり零那の関心を買うことでも……またなかった。


「そこまでです」


 琴の弦を弾くような声が聞こえた。神に祝福された寵児。才色兼備かつ利発で熟れ頃の肢体。それにすら飽き足らず、聞く者を恋に落とす軽やかな声色。四季だ。


「趣味が悪いぞ」


「心配でしたから」


「遅かったがな」


「ええ」


 声には疲労が乗っていた。それでも聞く人間の心を打つのだから難儀な美少女だ。


 四季は効率と能率を能力として用い、場を整理した。保健棟への誘導。事の顛末。思いっきり刑事事件だが、学院側は零那の暴行を確認できないため処理は少し面倒になった。


 被害者生徒の保護者が騒ぎ立てたが、そもそも零那は凶器を持ち合わせておらず、むしろ被害者側がナイフを持っていた点で主張は論破された。


 ここに場を目撃していた四季による供述も並行する。元が委員長気質の歩く品行方正。教師側の信頼も厚い。


「いい加減にしてくださいよ」


 とは状況を片したのちの四季の忠告。医者やら警察やら学院やらにたらい回しにされた後の帰り道。四季と歩いているのは月光の冴える夜道。


「何もしてないんだがなぁ」


「いえ零那さんではなく……」


「他に誰がいる?」


「一子さんです」


「私?」


「ワンコ?」


 意外そうに一子と零那。


「他に説明しようがないでしょう」


「ちょっと待て」


「待ちますけど……」


「委員長にはワンコが見えてるのか?」


「ええ」


「何時から」


「最初から」


 退魔の家系。鬼や変化を討つための技術。霊視能力も此処に含まれる。


「退治とか出来るのか?」


「退魔ですからそれはもう」


「本当に見えてるの?」


 四季は一子の胸を無遠慮に揉んだ。


「わひゃ!」


「証明終了です」


「むぅ」


 警戒心顕わの一子に肩をすくめる。零那も話の出来る人間は有り難い。

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