4


 私がテーブルにつくと、彼はぎこちなさを持ち合わせたままカップに紅茶を注ぐ。それからポットを置くなり、彼は数歩下がった。

 所在なく立ち尽くす彼を尻目に、私は包帯の巻かれた指でフォークを持つ。一口サイズに切られた食材はナイフを使うまでもなく、先の丸いフォークはまるで幼児向けにも思える。前科がある私に対する配慮である以上、私は何も文句は言えない。

 黙々と食事を口に運び、時々窓を叩くような風の音を聞く。

 ふいに、その中に混じった彼の唾を飲む音と腹の鳴る音が、私の過敏な耳を突いた。

「君も一緒に食べなさい」 

 私は彼を見るともなしに言う。

「いえ……私は……」

「どうにも今日は腹の具合が悪いんだ。残すのも忍びない。だから君が食べてくれ」

 私はそう言って、まだ手をつけていないハムエッグやパンを向かいの席に置く。

「……すみません」

 彼は呟くように言ってから、私の向かいに腰を据える。

 私の顔色を窺うようにしていたが、私はあえて顔を上げないようにした。どうして、こんなことをしたのか、自分自身にも驚いていた。

 据わりの悪い気持ちで、サラダを食べながら私は久しぶりに他人と食事をしていると思った。

 食事を終えて関崎が片付けると、私は食後のコーヒーを飲みながら本を読んだ。

 することのない一日のうちの大半は、これしかすることがなかった。

「もう、下がっていい」

 私は片付けを終えて戻ってきた関崎に告げた。彼は少しだけ逡巡した末に、「分かりました」と言って、部屋を出た。

 私は一人になった途端、肩から力が抜けていくのを感じた。やはり新しい相手には気を遣う。いくら世に名前を馳せたとはいえ、今は落ちぶれた人間である。

 高飛車な態度を取れるほどに私は、強い心を持ち合わせてはいないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る