第21話、王子(王太子)

「・・・ええと、その、申し訳ない。少し確認させて貰って宜しいかの?」

「なんなりと、筆頭殿」


 賢者が恐る恐る訊ねると、青年はまるで忠実な部下の様に頷き返す。

 その様に賢者は余計に混乱し、眉間にしわを寄せて頭を抱える。

 意味が解らない。この男は王子ではなかったのかと、驚きで素に戻っていた。


「その・・・お主、王子様、じゃよな?」

「ええ、現国王の息子であり、王太子の身でもあるね」

「・・・おう、たい、し」


 まって、ただでさえ情報が多いのに、更に困る情報を増やさないでくれ。

 賢者のそんな思いもむなしく、青年は更に言葉を続ける。


「とはいえ弟が王に相応しい身となれば継承権も無くなり、精霊術師の一人としてこの国に尽くす身となる。なれば王太子としての身分は意味を成さない。気にする必要は無いよ」

「・・・継承権が無くなる?」


 情報過多で聞き流しそうになった賢者だが、流石に聞き流せずに眉をひそめた。

 王族の継承権の決まりは良く知らないが、王太子は王位継承権一位の者に与えられるはず。

 ならば次期国王という訳で、余程の問題でも起こさない限り無くなる事は無いのでは。


 青年の話しぶりから、問題を起こして責を問われた様子でもない。

 ただただ弟こそが王になるに相応しく、自分は相応しくない。

 賢者にはそんな風に聞こえ、意味が解らずに首を傾げる。


 ただ青年はそんな賢者の困惑に応えず、苦笑を見せて立ち上がった。


「誰か、彼女が私と共に居る事を、彼女の両親に伝えに行ってくれ」

「はっ、畏まりました」

「はえ?」


 何故伝えに行く必要が。むしろ儂も一緒に向かえば良いのでは。

 青年の発言を不可解に思っていると、彼は再度賢者へと振り向く。

 その笑顔はまさに王子様という美貌で、線が細ければもっと王子様感があっただろう。


「あちらに良い場所が有るんだ。私のお気に入りでね。良ければそこで、お茶にお付き合い頂けないか。茶菓子も用意するつもりだが、甘いものはお好きかな?」

「ふむ・・・承知した。お誘いを受けよう。甘いものは大好きじゃよ」

「それは良かった」


 儂の無事を伝えるように指示したのは、何か話したい事が有るからか。

 そう判断した賢者は素直に頷き返し、青年もニコリと笑って手を伸ばした。

 賢者も侍女に教えられた礼儀に倣い、一礼してからその手を取る。


 普通ならば王子と令嬢の綺麗な応対なのだろうが、いかんせん片方が女児である。

 その上王子もガタイが良いので、小さな子の面倒を見るお兄ちゃんにしか見えない。

 しかも賢者が女児でありながら一人前の態度なので、頑張って背伸びしている子供感が強い。


「所で、筆頭殿はその喋り方が本来の口調なのかな」

「・・・あ、申し訳ない。失礼を」


 色々と驚きに圧され、うっかりと普段の調子で喋ってしまっていた事に気が付いた賢者。

 だが青年は特に咎める様子はなく、フッと笑って首を横に振った。


「いや、構いはしないよ。君が本当に父に認められた筆頭精霊術師というのであればね」

「儂が嘘をついていると?」

「君であれば、嘘もあり得なくは無いだろうが・・・いや、そんな無知な子供には見えないな」

「そうじゃろう、そうじゃろう」


 この青年は見る目が有るのぅ、等と思いながら胸を張る賢者。

 そんな賢者の態度のせいで、若干自信が無くなる青年であったが。

 ただ青年はそれとは別に、さっきからどうしても気になる事があった。


「その・・・その耳は、本物、ではないよね?」

「む? ああ、これか。これは山神様が出しておきたいと言うので、それに従っておる」

「そうなんだ・・・ふむ」

(・・・信じて貰えんかったのかの?)


 じーっと耳を見つめる青年の様子に少し不安を抱くけれど、これはどうしようもない。

 賢者の意志で消す事は出来ないし、出来たとしてもまた他に問題が起きる。

 ならばこのままが一番安全で、周知させる事で余計な面倒を防げるはずだ。


 なのでやけにじっと見られる事にドキドキしながら、平静を装いすまし顔で歩く。


「さ、触っても良いかな」

「・・・は?」


 てっきり力量を疑われていると思っていた賢者は、再度間抜けな顔を晒してしまう。

 ただ青年はその反応を見て、咎められたと思った様だ。申し訳なさそうな顔を見せる。


「あ、いや、その、モフモフしていて、気持ちよさそうだなと、その、すまない・・・」

「い、いや、別に良いんじゃが・・・」

「良いのかい!?」

「は、はい」

「ありがとう!」


 賢者は『別に気に気にしていない』と言ったつもりだったが、青年は別の意味で受け取った。

 そして勢いに負けた賢者は訂正も出来ず、何故か王子に熊耳をもふもふと撫でられる事に。


「わぁ・・・これは、いいね・・・あぁ・・・」

(・・・この国の精霊術師はヤベー奴しかおらんのか)


 恍惚の表情で熊耳を触る青年を見て、全力で自分を棚上げする賢者である。

 ふと護衛達の方へ目を向けると、護衛達も何だか残念そうな表情を向けていた。

 仲が良いのは何となく解ったが、王族の護衛としてその顔は良いのだろうか。


 そんな事を想っている賢者も似た様な表情だが、青年が気にしてないので問題無いだろう。


「すごいね。こんなにも本物の様に出せるのか・・・これは精霊化ではないのかな」

「ん、いや、違うぞ。似た様な物ではあるが、あれとは違って精霊の魔力のみで顕現しておる」

「ふむ・・・つまり君は、精霊化も出来る、という事かな?」

(おや、この王子、ただの残念な奴では無さそうじゃな)


 賢者は最近周りの人間が残念なせいか、自分を棚上げしたまま降ろしてこない。

 だが突っ込む者も居ない上に、内心を理解しているのが熊だけである。

 しかもその熊も基本賢者の言葉を全肯定なので、やはり残念女児感に気が付けない様だ。


「そうじゃな。出来るぞ」

「成程・・・父上が君を筆頭に据えたのは、それも理由か」

「それも、といういことは、やはり解っておるという事で良いんじゃな?」

「そうだね・・・取り敢えず、席に着くと良い」


 何時の間にか到着していた目的地、東屋の様な場所にテーブルと椅子が用意されていた。

 なおこの間も青年はずっと耳をモフっており、賢者は若干死んだ目で見つめている。

 会話の内容は真面目なはずなのに、何だこの残念な気分はと思いながら席に着く賢者。


「ここは招待された者以外は、王族しか自由に出入りできない場所でね。本来なら君は何かしらの処罰があっただろうが・・・筆頭精霊術師というのであれば、処罰は無いだろう」

「あー・・・それはすまん事をした。申し訳ない」

「おや、謝るのかい?」

「そりゃそうじゃろう。立ち入り禁止区域に入った儂が悪い。この通り、申し訳なかった」


 賢者は自分の立場を既に多少理解している。精霊術師とは無理を通せる立場だと。

 だがその結果が両親への襲撃と思うと、そんな横暴を許す気にはなれなかった。

 ならば自分の責も受け入れるべきだと青年に深々と頭を下げる。


「・・君は本当に、子供らしくないね。子供というのは許されたら気にしない事が多い」

「そうかの? 悪い事をしたら謝る。子供はそう教えられるじゃろ」

「一般の者達であれば確かにそうかもしれない。だが王族は下手に頭を下げられないし、貴族も同じ事だ。身分が有るからこそ下げられない理由が在るし、何よりもプライドがある」

「あー、儂も矜持が無い訳では無いのじゃが、貴族や王族のそれとは違う矜持なんじゃよ。勿論頭を下げられない時に下げる気は無いが、悪事を押し通す真似は出来ればしたくないのでな」


 勿論賢者とて、下手に謝ると悪手になる、という事例は知っている。

 だがそれはそれとして、謝っても良い相手には謝りたい。

 何か不利な条件を突きつけられる可能性もあるが、ある程度は甘んじよう。


 勿論世の中綺麗事だけでは立ち行かない。だが出来る限りは綺麗事を吐きたい。


(熊に・・・友人にみっともない所を見せたくは無いからのう)

『クォウ』


 自分の中には友が居る。ならば友に恥ずかしくない自分で居たい。

 賢者は真剣な目で青年を見つめ返し、出来る限りの誠意をもって答えた。

 すると青年は毒気を抜かれたとばかりに表情を崩し、楽し気に笑い始める。


「ククッ、いや、父が認める者がどんな人間かと思えば、これはこれは・・・何とも可愛らしいお嬢さんじゃないか。いいね、君なら良い。私は君の忠実な部下となろう」

「・・・何でそんな結論になったのか解らんが・・・まあ仲良くしてくれるなら良いか」


 青年の結論の理由がさっぱり解らず、首を傾げるしか出来ない賢者。


「汚れ仕事は私が請け負おう。精霊術師への戒めの際は、私にご命令を」


 そんな賢者に対し青年は、それまでの爽やかさと正反対の事を口にする。

 背筋が冷える様な、冷たい目を見せて。


(あ、親子じゃわこれ。こっわ)


 国王に感じた恐怖と同じ物を、目の前の青年から感じる賢者であった。

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