落第魔女 003
レグの、人間にしては不自然な力の数々。
それらの不条理と――右手首という符合をもって。
エルマは、レグが呪いの子だと喝破した。
「この腕輪を、外してもらっていいですか?」
右手を握る彼女の手を振りほどくのは容易い。だが、そのまっすぐな青い瞳で見つめられたレグは、動けなくなっていた。
「もしあなたが呪いの子なら……腕輪の下に、紋章が浮き出ているはずです」
世界の理から外れた転生者。
死んだ者が別人に転じて生き返るというズルを――この世界は許さない。
故に、右手首に呪われた紋章が刻まれる。
「……」
レグは必死に、この状況を打開する術を考える。
自分が呪いの子だと知れることは、即ち死に直結してしまうからだ。
――俺だけじゃない。入学を許可した学長の爺さんも、ただじゃすまないんだろう。
そして何より、育ての親であるイリーナも。
それだけは避けなければならない。
――って言っても、どうすりゃいいんだ……。
あれこれ考えを巡らせるレグとは対照的に、エルマは芯のある顔つきで彼を見据える。
「……わかった。腕輪を取るよ」
彼女の表情から、どう足掻いても逃げきれないと悟った。事ここに至っては、下手に隠し立てするよりも堂々と秘密をさらけ出し――その上で命乞いをしようと、レグは覚悟を決める。
我ながら器用に立ち回れないなと、彼は自嘲気味に溜息をついた。
本来なら、学園の関係者に呪いの子だと勘づかれた場合の逃げ道を用意しておくべきだった。生死が懸かった秘密を抱える身として、それは当然の準備である。
しかし、怠った。
呪いの子だとバレない為の策すら打っていない始末だ。
だが、不始末の全てをレグの所為にするのは酷というものである。そもそも、自分が処刑される存在だと知らされてから、大して時間が経っていない。彼の中でその事実が消化される前に、学園生活は始まってしまったのだ。
そしてイリーナの所為にもできない。確かに彼女の考えに甘いところはあったが、ソロモンに入学させること自体、レグの命を救うための苦肉の策なのである。入念な準備をする時間はなかった。
つまり。
レグが呪いの子だと露見するのは、時間の問題だったのだ。
「……まあ、こんな感じなんだけど」
腹を決めたレグは、右手につけていた腕輪を外す。
彼の手首にはくっきりと、紋章が浮き出ている。
「本当に……呪いの子だったんですね」
自分の考えを疑っていたわけではないが、いざ実際に呪われた紋章を目にしたエルマは驚く。
「……一応、話だけは聞いてほしいんだけど」
「処刑されなければならない呪いの子が、なぜ生きているのかという話ですか?」
エルマは手首から目線を戻し――レグの顔を見た。
「正直、あまり興味がありません」
「……え?」
彼女から発せられた言葉に、レグは間抜けな声をあげる。
「ソロモンに入学できているということは、少なくとも何人かの学園関係者はあたなの存在を黙認しているということ。だとしたら、一介の生徒である私が気にする問題ではありません」
「それは……黙っていてくれるってことか? 俺が呪いの子だってことを」
「ですから、興味がないんです。人間でありながら魔素を発する身体……それだけが謎でしたので」
「謎……」
彼女の素気ない反応を見て、レグは拍子抜けする。これから頭を絞ってエルマを説得しなければならないと覚悟を決めていたのに、肩透かしを食らった気分だ。
「呪いの子が呪いの魔素を持つということは、いくつかの文献で触れられていました。まさかこの目で見ることになるとは思いませんでしたが、それを知れただけで充分です」
言って、彼女は腰のポケットから何かを取り出してレグに手渡す。
「俺の学生証……」
「すみません。二人きりで話すために、拝借させてもらいました。お返しします」
「わざわざそんなことしなくても、普通に話しかけてくれればよかったのに」
「……生憎、普通に他人と話すことが苦手なので。気に障ったなら謝ります」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど」
自分の気になったことを、確認せずにはいられない。
思ったことを、口に出さずにはいられない。
エルマ・フィールはお世辞にも友達付き合いが上手くないなと……短い問答の中で、レグは感じていた。
そしてそれは。
レグ・ラスターと神内功も――同じだった。
「なあ、エルマ。本当に黙っててくれるのか?」
「ですから、興味がないので。もし仮に、軍や騎士団にバレるようなことがあっても、責任は学園の誰かが取るでしょうし……私には関係ありません。私はこの学園で為すべきことがあります。その障害にならないのであれば、どうでもいいです」
「……そっか」
あくまでも自分が知りたかっただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
自分の妨げにならなければ、どうでもいい。
見ようによってはエゴイストにも見えるその態度に――レグは自然と頬が緩む。
「……何ですか、急に笑って」
「いや、ごめん。何だかすごいなーって思って」
他人に対して興味が薄く、友達付き合いが下手な彼女と自分とを重ねたが――しかしその評価は間違っていたと実感した。
エルマ・フィールは、自分自身のことを尊重している。
それは――神内功とは決定的に違う部分だった。
「……まあ、いいですけど。私はあなたに干渉しませんから、そこは安心してください」
「ありがとな、エルマ」
「お礼を言われるようなことではありません」
そう言って、エルマは学生証を手に持つ。
「一応、他の人にはバレないように、気を付けてくださいね。同じクラスでごたごたが起きるのは面倒なので」
捨て台詞気味に言葉を残し、彼女は姿を消した。
「……ご忠告どうも」
一人、だだっ広い演習場に取り残されたレグは、ポツンとその場に佇む。
――エルマ・フィールか。
考えるのは、青い目の魔術師のこと。
他人を寄せ付けない言動に、はっきりとした物言い……凡そ、人に好かれる性格とは言えない彼女のことが――なぜか気になる。
それは恐らく、神内功として生きていた時の自分と重なるから。
ただ一つ、決定的に違うのが……彼女は他人に興味はなくとも、自分自身としっかり向き合っている点だ。
神内功は違った。
自分のことすら、どうでもいいと思っていた。
そんな転生前の記憶があるからこそ、レグは惹かれる。
芯を持って生きる、彼女の姿に。
「……とりあえず、何か対策を考えないとなぁ」
バレたのがエルマでなければ、レグはこの場で処刑されていただろう。
自分が過ごす学園生活の危うさを再認識して――彼はシルバとサナの待つ教室へと向かった。
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