第12話 もう一つの人生
三人はそれぞれ食事を終えた後、満足感に浸りながら再びさっきの「ムーンドゥス」の話を始めた。
ナオトとカレンの会話が途切れた時、ミノルは二人にこう質問をした。
「ねぇ、さっき行った所で思い出したけど」慎重に選び取るような調子で言葉を続けた。「これまで、現実としか思えないほどリアルな夢って、見たことある?」
「うーん、どうだろう。……大抵、夢を見る時って、それが現実だと思ってるしなー」
「いや、そういう次元じゃないんだ。なんていうか……」
「ヘフッ!!」突然カレンがレストラン中に響き渡るほどの大きなクシャミをした。
ミノルは即座にカレンに向かって「クシャミの音がデカすぎて何話そうとしたか忘れたわ」と言った。
カレンは身を反らして笑った。お得意の引き笑いだ。
カレンのクシャミの音はとても大きく、男がやるみたいに低音を利かせているので、高校時代から一種の”持ちネタ”のようになっていた。彼女がクシャミをする度に「大型犬の威嚇ですか?」とか「空手家の方ですか?」とかミノルがツッコミを入れるのが前からのお決まりパターンだった。
まだ笑っているカレンの顔を覗き込んでミノルは「お話、続けていいですか?」と聞いた。
カレンは笑い顔のまま頷いた。
「それで……もう一つの人生を生きてるっていうか……ちゃんと過去があって、その過去によって自分というものが出来上がっているんだっていう意識が心のどこかにちゃんとあって、現在の選択一つ一つによって未来というものがつくられていて、それらは自分のやることなすこと全ての裏側に存在している。そういった感覚が自然と心に浮かび上がってくる感じ……。数日前にある夢を見たんだけど、今の気持ちとしては、それが数日前の、直近の過去に体験したことのようにも感じるし、はるか大昔に体験したことを夢の中で思い出したようにも感じる。それくらい、その夢はリアルな実感があった」
ナオトは怪訝な顔で聞いた。
「どんな夢を見たんだ?」
「……俺はエジプトやメソポタミアみたいな古代文明の人たちのような格好をしていて、自分がいる部屋は寝室で、とても広くて土で出来ているみたいな色合いだった。イメージだけど、エジプトの王室の寝室といった感じの雰囲気だった。ベッドがとにかく豪華絢爛で、そこでとても位の高そうな綺麗な女性と出会ったんだ」
そうミノルが言った途端、カレンが食いつくように、
「え~! ベッドで綺麗な女性と何をしたの!?」と言った。
「まぁ落ち着け、これから話すから。……それで、俺はその女性の顔をはっきりと見た。俺はその女性のことを知らなかった。だけど、知ってたんだ」
「え? どういうこと?」
カレンは分かりやすく首をひねりながら言った。
「今そのとき出会った高貴な女性が誰だったのかと聞かれても答えられない。本当に知らないからね。でも、その時は、知っていた。ベッドの上にいたその時の俺は誰かが分かってたんだ。だから、恐かった。震えてた。これが現実に起きたこととは到底思えない。でも、思い出した時に心に広がる感じが、本当に体験した時の感じとほとんど一緒なんだ」
ミノルはそのあと夢の内容を二人に語った。
レストランを出た三人は、自然豊かな公園と広大なスポーツ施設、多様な飲食店が一つになった巨大な複合施設に来た。敷地面積としては公園がほとんどを占めているので、一概に「神木公園」と呼ばれている。
ターコイズブルーのように青色と緑色を混ぜ、それを遠くまで澄み切らせたような、雲一つない快晴の空の下、三人はコートでバスケットボールをした。ミノルは中学時代にバスケットのクラブに入っていたので、どうにかしてボールを取りに行こうとする二人を鮮やかにかわして、レイアップでシュートした。
その後、サイクリングをするために自転車を借りに行こうとした道中、高校生くらいの若い女の子の二人組がミノルのところへやってきた。最近話題になったいくつかの映画やドラマにサブキャラとして出演したのを知っていたようで、そんな彼を見つけて興奮しているようだった。彼女たちは「結木ミノルさんですよね!」と言って握手を求めた。
ミノルはそれに慣れた様子で彼女たちの顔をしっかり見ながら爽やかに応じた。
彼女たちは、やって来た時よりも数倍興奮してキャアキャア言いながら去って行った。
その後すぐにカレンはミノルの肩にもたれながら「モテる男は違いますなぁ~!」とからかった。
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