第7話 ”体験型”ゲームをしながら


 ミノルは再び無人ワゴンに乗って街中を走っていた。日本全国のどの都市も灰色のジャングルのようにビル群が広がっており、それぞれの街並みだけを見ると一体どこが首都なのか分からないほどだが、ここ東京はやはり「エネルギーの中心地」だけあって最も発達していた。どこまで行っても、空を覆い隠そうとしている巨人のようなビルが立ち並んでいる。これだけ空が狭まっていようと、今みたいな夕方でも歩道や喫茶店のテラスはちゃんと黄金色でやんわり照らされている。それは太陽光が差し込まないことで薄暗くならないよう、どのビルの表面にも上空から地面まで光を送り込む反射板に似た技術が使われているからだ。都会の人間が「太陽不足」になったと社会問題になったのが背景となって、ここ十年から二十年の間で急速に日本中に広まった技術だ。これの大事なところは、技術が使われているビルの表面は実質的な”光の反射量”にもかかわらず、いたって光を反射しているようには見えないから、それによって人々の目を射ることが全くないということだ。しかし実際には、空から下ろされた光を上手いことシステムで調節しながら程よく街を照らしているから、季節にかかわらず一年を通して仕事から遊びにいたるまで人々のあらゆる営みが輝いて見えるようになっている。

 携帯の通知音が鳴った。見てみると、ナオトから『今夜空いてたら通信やろうぜ』と、ゲームのお誘いのメッセージが来ていた。ナオトは高校時代からの友人で、26になっても頻繁に遊んでいる仲だ。こうして通信でゲームを一緒にプレイすることも週に1,2回の習慣になっている。ミノルはすぐさま「オッケー」と返した。

 それから数時間経った後、ミノルとナオトは文字通りゲームの世界に入り込んでいた。

 ゲーム機本体とコードレスでリンクされた二つの球体は、「浮揚装置」によって浮かび上がりながら彼らの手の中で握られており、モニターに向けられたその二つの白い球を通して、複雑な機械で武装した二足歩行の犬といった見た目のこのゲームの主人公「ドーギー」とナオトの感覚は、ほとんど同じものを共有していた。ナオトが頭の中で斧を振り回せば「ドーギー」も振り回すし、ジャンプして塀を乗り越えようとすれば「ドーギー」も乗り越えるし、逆に、「ドーギー」が敵のロボットから食らったダメージもナオトが食らったように感じる。もちろん、そこは本当に痛みを感じて体力を失うわけではなく、衝撃を受けたように感じるというだけなのだが。ナオトが球体に触れていることによって彼の脳からの電気信号は、ゲーム機の電気信号と接続され、彼は主人公そのものとなり、ゲームをプレイしているというより「体験」している状態になるのだ。

 ミノルとナオトは、いつも通りこの「ロボット王国のエネルギー覇権をドーギーと相棒の猫人間ミャーシーで奪還する」というアクションゲームに没入しながら、通信で会話をしていた。

「あのさぁ。ミノルにちょっと相談があるんだけど」

「なに?」

「この前、仕事でけっこうデカめのミスをしちゃったんだよね。それで同じ部署の女の先輩に会議室に呼ばれて、説教されたんだよ。最初は、一方的に説教を聞きながら『はい……はい……』って感じで落ち込んでたんだけど、だんだん、変な感情が湧いてきて、俺……その先輩のことが好きになっちゃったんだよ」

 ミノルが驚いたせいで、すぐさま操っている「ミャーシー」が敵のロボットの大群に囲まれて死んでしまった。「ドーギー」はうまくそれをかわしたが「ミャーシー」は最初のスタート地点からやり直しになった。

「はぁ?」

 ナオトが話すところによると、もともと彼はいわゆる「おねえさん系」のしっかりした女性が好きで、その先輩の女性は綺麗だしスーツが似合っているしで普段から気になっていたところ、説教されたのが最後の一押しになって、完全に恋に落ちてしまったという。その懸命に自分に説き聞かせている姿が彼にとって、とても魅力的に映ったらしい。

 ミノルは以前、恋愛の話をしたときにナオトが「自分を叱ってくれるような女性と付き合いたい」と言っていたのを思い出した。その上で、そういったタイプの女性がなかなか見つからないので恋愛シミュレーションゲームに助けを求めるしかないという話をしていたのも思い出した。当時は、そういった一人の男の主人公が複数の美少女たちと恋愛物語を繰り広げるいわゆる「ギャルゲー」といったジャンルのゲームがブームになっていた頃だった。一度ミノルもナオトの家でプレイしたことがあったが、ヒロインたちは実在の美少女同様に美しく話し、照れ、笑い、彼女たちの手を握る時の滑らかさや温かさ、近づいたときは女の子特有のいい匂いもリアルに感じられ、それどころか日常の会話シーンでの「彼女がそこにいる感じ」という微妙な感覚さえ現実味があったため、これにハマってしまったら二度と現実の女性と恋愛なんてできないと、必死にナオトを現実に引き寄せる努力をしたものだった。

「そこで、百戦錬磨の恋愛経験豊富なミノルさんに聞きたいんだけど、年下の男が年上のっ女性に告白ってやっぱ変かな?」

「いや、別に年齢関係なく、女性は告白されたら嬉しいと思うぞ。よっぽど見た目がアレじゃない限り。ナオトはルックスは悪くないし、むしろ年上からは可愛がられると思う。ただ、相手からしたら『つい最近説教された後輩が、自分を嫌うどころか告白!?』って驚くだろうけどね。それに、相手は二つ年上だろ? 年齢的なことを考えたら結婚を視野に入れた付き合いを求めてくる可能性も、十分ありえる。ナオトはその辺は?」

「いやいや! 結婚なんてまだまだ! ただちょっとお付き合いできればなーって思っただけで……」

「そっか。じゃあとりあえず、謝罪の意味も込めてご飯にでもさそってみたら?」

 その「結婚」という点においては、ミノルも同じだった。彼は現在、映画の撮影現場で知り合った二十歳のモデルの女の子と付き合い始めたばかりなのだが、交際期間のことを抜きにしても、「結婚」について聞かれたら彼もナオトと同様の反応をしていただろう。

 二人は新しくステージを二つクリアした。ゲームを開始してすでに1時間以上は経過している。次のステージに行く前のポイントの集計画面の時、何気なくナオトがミノルにこう問いかけた。

「そういや、盛谷駅近くに新しい遊び場ができたらしいよ。めっちゃすごそうだから、今度行こうよ。カレンも誘って」

 その時、ミノルはその名前を聞いて初めて心臓が跳ね上がった心地がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る