102話 白光の勇者はすくわれない①


 大賢者パーシェンめがけて、リアは勢いよく走った。


 大盾のアーダインが<雷帝の撃鉄トールハンマー>を耐えられた理由は、リアには分わからない。

 ただ、結果としてそうなった以上、リアが次に取るべき行動は、パーシェンに<雷帝の撃鉄トールハンマー>の2発目を打たせないこと。


 長い詠唱を必要とし、発動に時間がかかる雷帝の撃鉄トールハンマーは、ふところに入り込んでしまえば、もう2発目は放てない。

 だから、リアは街を守るため、誰よりも早く走るのだ。


 力を解放した勇者の全力疾走に追いつける人類はいない。

 人智を超える、<魔法闘気>の使い手でもなければ。


 そうして、リアは誰よりも早く、パーシェンのもとにたどり着いた。

 かつて<深碧しんぺきの樹海>があったその場所は、リアの<白光輝く王者の剣エクスカリバー>によって、荒野へと変わっていた。


 地面で何かを探しているような素振りをしていたパーシェンだが、リアの接近に気づくと、立ち上がって臨戦態勢を取った。

 パーシェンは黒い<魔法闘気>のオーラを身にまとっている。


「パーシェン、どうして」


 リアは短く尋ねた。

 パーシェンは愉快そうに口角を上げて、リアに応える。


「何に対する質問なのか、分かりかねますが……あえて答えるなら、私が最強の力を手に入れたからです。強者は弱者を好きに扱っても許される! それがいにしえから続く、大地の摂理です!」


 パーシェンの言葉に、リアは眉をひそめた。


「それが、賢者が導き出した答えなの?」


「人類の操り人形でしかない”勇者”には分からないでしょうね」


「パーシェン。あなたを人類の敵と認識して、排除する」


「くくく……。思えば、勇者という存在は、実に哀れですね。勇者は頼まれるがままに、人々を救う。救世の仕事を死ぬまで続けさせられる、宿命の奴隷とでもいいましょうか……おっと」


 御高説ごこうせつを垂れるパーシェンに、リアは問答無用で切りかかった。

 だが、わずかにパーシェンの転移魔術のほうが早かった。

 上空に逃れたパーシェンは、見下すような態度で話を続ける。


「危ない危ない。そういえば今のあなたは、個人としての人格が無いんでした。嫌味いやみなど通じるはずもない。ならば、さっさと仕上げをしましょう」


 パーシェンが空中で手をかざすと、空間が歪んで穴が出来る。

 魔族のマーナリアたちが使っていた魔術と同等のものであるが、それがどれだけ高度な魔術なのか、分かる者はこの場にはパーシェンしかいない。


 異空間へと続く穴から、パーシェンは1人の女性を取り出した。

 リアは、その顔に見覚えがあった。


 出てきたのは、冒険者ギルドの受付嬢、サイリスだった。

 パーシェンはサイリスを盾にするように抱える。

 それは人質。


 <大襲撃スタンピード>の混乱のさなか、受付嬢サイリスはパーシェンに捕らわれたのだ。


 魔術で拘束され、声も封じられているのだろう。

 勇者の姿を見たサイリスは必死にもがく。

 だが、なんら意味のある行動にはならなかった。


「大人しくしておいたほうがいいですよ、命が惜しいならね。さて、勇者よ。あなたは私を倒すために誰よりも早くここに来たと思っているかもしれませんが、正確には、それは違う。あなたは私にハメられたのです。何手も前から、詰みの状態だったんですよ」


 リアは大きく跳ね上がり、パーシェンに斬りかかろうとする。

 だが、それよりもパーシェンの転移魔術のほうが早い。


「無駄な抵抗を……。さて、女。私の言う通りにすれば、命だけは助けてあげましょう。なぁに、難しいことを頼むつもりはありません。ただ、ちょっと言って欲しい言葉があるだけです。あそこにいる勇者に向かって、『私を助けるために武器を捨てて欲しい』と、お願いしてくれれば、それだけであなたの安全は約束しましょう」


 勇者は人類の助けを呼ぶ声に逆らえない。

 だからサイリスが助けを求めれば、リアは本人の意志に関係なく、武器を捨てる。

 それが、パーシェンの考えたチェックメイト。


 聖剣の力を満足に使えない勇者は、<災厄の魔物>にも負けるような、ちょっと強い人類程度の存在であると、パーシェンは知っている。

 聖剣さえ手放せば、<魔法闘気>を使える大賢者パーシェンの敵ではない。


「女、先に言っておきますが、今の私は片手で人間の首をへし折る力があります。空中にいる私に勇者の攻撃が届くよりも先に、あなたの命を奪えるのです。余計な気を起こさないようお願いしますよ。分かったら、ゆっくりうなづいてください。そうしたら沈黙の魔術を解除してあげましょう」


 パーシェンに抱えられたままのサイリスは、しばらく考え込んだ。

 そして、覚悟を決めたような表情で、静かにうなづいた。


 その姿を見て、パーシェンは愉快そうに笑った。


「ははははっ! どうですか、これが答えです! 勇者がどれだけ人類を救おうとも、人類は勇者を救わない! それもそのはず、こいつらは全員、自分だけ助かりたいクズばかり! 勇者がすくわれたのは、足だったようですね~~!!!」


 そうして、パーシェンはサイリスにかけていた沈黙の魔術を解いた。

 言葉の自由が戻ったサイリスは、しかしながら勇者に助けを求めるわけではなく、突如として独白を始めた。


「幼い頃、私は冒険者に憧れてました。自分もいつか、冒険者になろうと……。でも、”天啓”は私に別の道を歩むよう指し示したんです。それでも、冒険者の仕事に関わろうとして、受付嬢なんて仕事に就いて……」


「おい、女。何を言っている。早く勇者に助けを乞うんだ!」


 困惑するパーシェンを無視して、サイリスは語り続けた。


「あなたをこの街に招き入れたのは、私です。ですから、これは私の罪。私は、自分の罪をあがないましょう」


「女、命が惜しければ早くしろ! 武器を捨ててくださいと言うんだ!」


 パーシェンに脅されたサイリスだが、正反対のことを叫んだ。


「勇者様! っ!!」


「なっ、何ぃ~~!! 女、自分の言ってることが分かっているのか!? 勇者は頼まれたことは遂行する、そういう装置システムなんだぞ!!!」


 パーシェンの驚きと同時に。

 勇者が、聖剣を振りかぶった。


「薙ぎ払え──」


「待て、あなたは勇者のはずです! 勇者が、人質を見殺しにするのですかっ!?」


 勇者は、パーシェンの制止を気にも留めない。

 それもそのはず。

 勇者は、人々の助けを求める声に、無条件で応えるのだから。


「──白光輝く王者の剣エクスカリバー!!!」


 そして、本来ならば魔力切れであるはずの勇者から、2度目の白光の斬撃が繰り出された。


「そんなっ! こんなはずでは……!!」


 先ほどよりは小さい、それでも爛々らんらんたる極光は、パーシェンと、サイリスの体を包み込んだ。


 今度こそ魔力を使い果たし、リアは膝から崩れ落ちていく。

 その瞬間、リアを支える人物がいた。


 そんなはずはない。

 全力疾走の勇者に比類する速さで走れる人間など、いないはず。

 けれども、その者は、力を使い果たしたリアを、しっかりと支えていた。



■□■□■□



 白い光の柱が消える。

 光の斬撃が直撃したパーシェンは、無傷だった。


 ゆっくりと空から降りてくるパーシェン。

 手を開いたり閉じたりして、自分の体が健在であることを確かめる。

 そして、高らかに笑った。


「ふははははっ! ギリギリ間に合いましたっ!! ダンジョンメダルによって強化された、<魔法闘気>レベル2!! まさか、いつもより小規模だったとはいえ、白光輝く王者の剣エクスカリバーを直撃しても無傷でいられるとは! 多少の予想外はありましたが、勝ったのは私です! そして先ほど頭に響いたシステム音、やはりこの世界は……!」


 リアにとどめを刺そうともせず、パーシェンはひとりで騒ぐ。

 とはいえ、勇者の全力の攻撃でさえ傷一つつかないのであれば、恐れるものなど何もないというパーシェンの考えも、そこまで間違いではない。

 事実、ここまで全て彼の計画どおりに事が運んでいたのだ。


 モーゼス議長を利用して勇者を街に足止めさせる。

 その隙に、ダンジョンに大量の魔力を流し込み、人為的に<大襲撃スタンピード>を起こす。

 失った魔力は、”人々の恐怖の感情を糧として、魔力を回復する”という魔王の特性を使って回復する。

 勇者の白光輝く王者の剣エクスカリバーでダンジョンマスターごと魔物を殲滅せんめつさせる。

 ダンジョンマスターが倒れたときに現れるダンジョンメダルは、一番近くにいるパーシェンが回収できる。


 あとは人質を使って勇者を無力化し、自分をダンジョンメダルで強化すれば、絶対の勝利が得られるはずだった。


 けれども、パーシェンの足元に、まったくの予想外が転がっていた。


「ん……、いたたた……」


 その声を聞いて、パーシェンは驚愕した。


「なん……だと……」


 それは、勇者の白光輝く王者の剣エクスカリバーが直撃したはずの、受付嬢サイリスの声だった。

 身を守るために手放した時、そのまま落下したようだ。

 落下の衝撃で多少頭を打ったといった様子で、その体はほぼ無傷だった。


 おかしい。

 この女が生きているはずがない。


 <魔法闘気>を強化して、それでようやく直撃に耐えられるか賭けだったのだ。

 生身の人間が、白光輝く王者の剣エクスカリバーを受けて無傷のはずがない。


「女、どういうことですっ! どうしてあなたが生きている! そんなはずはない! そんなはずは……。はっ、これは、まさか……!」


 パーシェンはようやく気づく。

 受付嬢サイリスが、紫色のオーラをまとっていることに。

 そして、ゆっくりと、勇者を支えた人物の姿を確認した。


「お前は……」


「イチかバチかだった。強化された<魔法闘気>がリアの白光輝く王者の剣エクスカリバーを防げるかどうか。けれども、勝算はあった。アーダインが命をして、<魔法闘気>があれば<雷帝の撃鉄トールハンマー>に耐えられることを実証してくれたんだからな」


 パーシェンは忌々しそうに、その少年の名を叫んだ。


「カイ・リンデンドルフ! やはりあなたが、私の最大の障壁だったっ!」


「<装備変更>で……俺の<魔法闘気>をサイリスさんに渡した。システムで確認したよ。<魔法闘気>は装備扱いだってことをな……」


「なるほど……何があったかは分かりませんが、あなたも<魔法闘気>のレベル2になったようですね。ならば、あとは勝敗を分かつのは、互いの”天啓”の性能差のみ。いいでしょう、ハズレスキルの雑魚ザコに、大賢者との力の差を教えてあげましょう」


 カイは肩を支えていたリアを、静かに寝かせる。

 そして、パーシェンと対峙した。


「パーシェン、これまで散々引っき回してくれたな。今度はもう容赦しないぞ」


 人々の目が届かない、街から離れた荒野で。

 ついにカイとパーシェンが、全力で戦うことになったのだ。

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