067話 下級魔族のヨグナヴィウス


 [謎の魔族ヨグナヴィウス視点(新キャラ)]


 冒険者ギルドを出たカイたちの後ろを密かに尾行する、謎の男がいる。


 男の名はヨグナヴィウス。

 等級9層の下級魔族だ。


 <感情心燃機関パトス・エンジン>を持たないヨグナヴィウスは、これまで身を潜めて、人間社会の中でうだつのあがらない生活を続けていた。


(だが、そんな生活とはこれでオサラバだ。まったく、敬うべきは魔王様だな)


 この魔族は、魔王にそそのかされてカイ討伐を狙う刺客だ。

 カイ・リンデンドルフを殺せば、魔王からタップリと謝礼が出る。


 さらには魔族の等級を上げてくれるというのだから、この下級魔族のヨグナヴィウスには、話に乗らないという選択肢はなかった。


(魔王を名乗るイカレ野郎がいきなり声をかけてきたときは、とんでもない狂人が現れたと驚いたものだ。だが俺を成り上がらせてくれるなら、どんな酔狂者でも関係ない。人間の小僧を殺すだけで成り上がれる、こんなオイシイ話を見逃すわけにはいかないな!)


 そうして魔族ヨグナヴィウスは、カイを殺すチャンスをうかがっていたのだ。


 そのカイたちは、冒険者ギルドを出た後は直接ダンジョンには向かわず、商店街のほうへと向かっていた。


(ふん、装備を整えてから出発するつもりか。命拾いしたな。とはいっても、少しだけ寿命が伸びただけだが)


 商店街に付いたカイたちは、談笑をしながら買い物をしている。

 魔族ヨグナヴィウスは気配を殺して様子を伺った。

 カイたちの姿を見ているうちに、魔族ヨグナヴィウスは次第に腹が立ってきた。


(くそぅ。カイとかいう小僧、ムカツク野郎だ。可愛い女の子たちをはべらせて、何様のつもりだ? ハーレムパーティーというやつか、うらやましい……!)


 ヨグナヴィウスは悔しがりながらも、美少女たちを見定めていく。


 まず何よりも眼を見張るのは、明るいだいだい色の髪をした弓使い。

 両脇で髪を結んだツインテールは、遠くから見てもよく目立つ。

 大人の女性らしさがあふれる豊満なプロポーションは、遠目から見てもなまめかしい。

 朗らかな笑顔は、明るく輝いていた。


(く~! もし、あんな子におねだりされたら、なんだって言うこと聞いちゃいそうだ!)


 次に、カイとどことなく雰囲気の似ている剣士の少女。

 まだ子供らしさが残るが、これからの成長を見届けるのが楽しみになる体つきだ。

 カイにべったりとくっついて甘えている。

 その顔は、長年の願いが叶ったと言わんばかりに幸せそうだ。


(はぁ~。あんな可愛くて素直な子が妹にいたら、人生楽しいだろうなぁ~)


 そして最後に、どんよりと暗い顔をした灰色の髪の少女。

 この少女だけ、様子がおかしかった。

 ボロボロの服を着て、しかも首には首輪が付けられている。

 奴隷なのだろうか、明らかに他の少女と扱いが違う。


(ゆ、許せんぞ小僧! あの少女は着飾ればもっと美しくなれる! だというのに、あんな嫌がらせのような格好をさせて! 魔王の依頼など、もはやどうでもいい! 小僧、俺はお前を人として許せん! お前を倒し、少女たちを解放する!)


 魔族ヨグナヴィウスは謎の決意を固める。

 そうしている間に、カイたちは武具の量販店に入っていった。


(いいだろう、その店がお前の墓場だ!)


 魔族ヨグナヴィウスはカイに奇襲するため、こっそりと裏手に回る。

 そして戦闘態勢に入るために、自らの正体隠匿の魔術を解除した。


 魔族ヨグナヴィウスは窓からそっと中の様子を伺う。

 その時、目撃した。

 剣士の少女の体から、白色のオーラが出てくるのを。


(あれは、<魔法闘気>!? バカな、あの少女は人間ではないのか?)


 剣士の少女がオーラを出したことで、カイたちはにわかにざわめき出す。


「お兄ちゃん、これ……」


「ああ、勇者のオーラが反応している。近くに魔族がいるってことだな!」


(何ぃぃっ! しまった、あの少女はまさか勇者! 正体隠匿の魔術を解除したことで、勇者の索敵能力にひっかかったか!)


 魔族ヨグナヴィウスは慌てて窓から離れた。

 そして、身を隠して震える。


 勇者は魔族の天敵である。

 人間の小僧を殺すだけだと思って完全に油断していたヨグナヴィウスは、まさか自分が狩られる側に回るとは思ってもいなかったのだ。


(聞いてないぞ、こんな話は聞いていない!)


 ヨグナヴィウスは神に祈りながら・・・・・・・、聞き耳をたてて中の様子を探った。

 するとどうやら、すこし事態が変わってきているようだった。


「なによ、クソ人間。メルがショッピングを楽しんじゃいけないっていうの?」


「しつこいやつだな、ビックリしただけって言ったじゃないか」


「キャハハ! しつこく文句言えば、少しは怒るかなーって思っただけだもんねー。でもダメだったわね、残念」


 よくわからないが、カイたちは警戒を解いていた。


(一般人を魔族と勘違いしたのだろうか。だとしたら好都合だ)


 再びヨグナヴィウスは窓から室内を覗き込む。

 そして、そこにいる人物に驚愕した。


 鮮やかな赤い髪、そこから生える2本の角。

 魔族は他の魔族を見たときに、相手の魔族のくらいが分かる。

 そしてヨグナヴィウスはメルカディアを見て腰を抜かした。


(ひええぇぇぇ! 爵位持ちの魔族が、どうしてこんなところに!? しかもあれは、真祖の直系じゃないか! 勇者だけでなく、遺伝子組み換えでない天然物の魔法貴族と遭遇するとは、なんて厄日だ!)


 見かけた魔族メルカディアとの格の差に、恐れおののくヨグナヴィウス。

 そして、さらにおぞましいことに気づく。


(待てよ、カイとかいう小僧……。いま真祖の姫と親しげに会話をしていなかったか……?)


 ありえないと思いながらも、ヨグナヴィウスは確認せずにはいられなかった。

 勇気を振り絞り、震えながらも再び窓から中の様子を見る。


 そして卒倒した。


 下級魔族にとっては天上の存在ともいえるメルカディア。

 その首元に、首輪がつけられているではないか!


(そっ、そんなバカなぁぁ! 真祖の姫が、人間の奴隷になっていると言うのか!? カイ・リンデンドルフは、そこまで凄い力を持っているのか!? そんな相手にかなうわけがない!! ひー! 勘弁してくれ~!!)


 ヨグナヴィウスは倒れた体で必死に逃げ出そうとするが、肉体が気持ちについてこれず、バタバタともがくような動きしかできない。


 裏手で1人うごめく魔族に、白い魔物が声をかけた。


「よぉ。お前ここで何やってんだ」


「<死の銀鼠デス・オコジョ>、なんでこんな街中に!?」


「ほー。俺様が<死の銀鼠デス・オコジョ>だって分かるのか。このあたりの連中は、俺様のこと知らないんだけどな」


「はっ! し、しまった……」


「それにお前、冒険者ギルドからずっと俺様たちの後を付けてきただろう? 敵と見てよさそうだな!」


「う、うわあぁぁぁぁ!!!」


 魔族の基本技能である<魔法闘気>を使えば、ヨグナヴィウスが勝っていただろう。

 だが、恐慌状態に陥っていたヨグナヴィウスには、とっさの機転を利かせることができなかった。


 そうして魔王からの刺客は、ディーピーの手によってあっさりと葬られた。


「あれ、ディーピーのやつ、またどっか行ったな」


 表通りから、カイの声がする。


「おーい、ディーピー! ダンジョンに行くぞー! そんな調子だと、また影が薄いって言われるぞー!」


「やかましいな、俺様だって好きで影が薄くなってるわけじゃねえんだぜ」


 ディーピーはきびすを返し、カイたちのもとに向かった。



 後に蘇生した魔族ヨグナヴィウスは、カイの恐ろしさを他の隠れ魔族たちに語り継いだ。

 それからは、軽い気持ちでカイたちを襲おうとする低級魔族はいなくなった。

 真祖の姫さえも従える人間にかなうはずがないと。


 単に、メルカディアが自分から首輪をつけてよろこぶ変態ドMマゾくになっていただけだとは、夢にも思わずに……。

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