04章 白光の勇者はすくわれない

065話 首輪付き


 少しばかり、堅苦しい政治の話をしよう。


 世界の各地に散らばっている冒険者たちは、その地の国家権力から独立した軍事力として扱われる。

 これは冒険者ギルドが、『国や人種の垣根を超えて、人類を魔物の驚異から守る』という理念に基づいて行動しているからだ。


 冒険者ギルドの歴史は古い。

 遠い昔の時代に、街を守る自警団が近隣の街と協力を始めたのが、冒険者ギルドの始まりだと言われている。


 魔物は前触れもなく現れる。

 封建領主がどんなに騎士を早く走らせても、辺境の村や街を魔物から完全に守ることはできない。


 ゆえに、魔物の動きが活発になるにつれ、人々は領主よりも街の自警団こそが自分たちを守ってくれる人たちだと考えるようになった。

 そして名のある勇士が人々の依頼により近隣の街の危機にまで出向くようになると、依頼を適切に整理・運営する組織が必要となった。

 それが発展して冒険者ギルドになったというのだ。


 そうして既存の政治権力とは独立した存在として生まれた冒険者ギルドだったが、時の権力者たちはそれをよしとしなかった。

 自分たちの支配下にない者たちが、自分たちよりも強い軍事力を持っているのが恐ろしかったのだ。


 そうして様々な闘争の末、折衷案せっちゅうあんとして生まれたのが「高ランクの冒険者は貴族や王族の後援を受ける」という制度だ。

 これには、高ランク冒険者を新興貴族の身分に取り立てることも含んでいる。


 貴族たちは、冒険者ギルドに歯向かうのではなく、強い冒険者を味方に付けることを選んだというわけだ。


 そんなわけで、貴族や王族の言いなりになる高ランク冒険者たちは、裏で”首輪付き”なんて呼ばれたりする。

 まあこれはやっかみの類だろう。


 それに、王族貴族が高ランク冒険者を恐れるのは仕方のない話だ。

 ドラゴンよりも強い連中が自分の庭を勝手にうろついていたら、誰だって怖い。


 ましてや勇者ともなれば、小国の軍隊よりも強いとされている。

 権力者たちが我先に欲しがるような存在が、勇者なのだ。


 なんでこんな話を長々としたかと言うと──


「おはよう、お兄ちゃん! あー、やっぱり寝てる。寝坊助ねぼすけなの、直ってないんだ!」


 特別な存在の勇者が、どうして朝に俺を起こしにくるのか分からないからだ。




 いつもの宿屋の、いつもの目覚めだった。

 いつもと違うのは、妹が完全武装で部屋に入ってきたこと。


 そういえば昨日、妹のリアと4年ぶりに再開したんだった。

 13歳になったリアは、色々と大きくなっていた。

 しかも、リアは勇者になっていたのだから驚きだ。


「ああ、うん。リア……じゃなかった、勇者様、おはよう」


「ちょっと、お兄ちゃん。なにそれ勇者様って。なんかよそよそしくない?」


「お前なぁ、パーティーの仲間しかいないところならともかく、街中では正体を隠すべきだろ。俺とリアが兄妹だってバレたら、芋づる式に故郷のことも全部バレる。そしたら母さんたちが危ない目にあうかもしれないだろうが」


「うーん、それは大丈夫だと思うけどなぁ。言っておくけど、私はお兄ちゃんって呼ぶの、止めないからね!」


 何が大丈夫かは分からないが、何かあったときはリアになんとかしてもらおう。


「で、どうして勇者様は完全武装で俺のところに来たんだ?」


「うん、あのあと話し合ったんだけどね。私これからは、お兄ちゃんの護衛をしようと思うの」


「へ? 俺の?」


「そう。だって、勇者は魔族や使徒を倒すのが役目でしょ? そしてお兄ちゃんたちは魔王に狙われている。だったら、勇者である私がそばにいたほうが対処しやすいじゃん」


「うーん、リアがずっと俺たちのそばにいるのか……」


 そうすると、俺が魔族や呪いをコントロールするためにやってる奇行が、全部妹に見られてしまう。

 自分が正しい行いをしている自信はあるが、アレを家族に見られるのはさすがにキツい。


「お兄ちゃんも助かる話だと思うんだけど、私がいると困ることでもあるの?」


「やましいことはないが、兄の威厳が無くなるのは嫌だ!」


「黙って家出する時点で、もう兄としての威厳はゼロでしょ」


「うぐっ!」


 だからなんでこの妹、すぐ正論で人を殴ってくるの。

 リアは呆れたように小さくため息をついた。


「一応、お兄ちゃん自身が使徒になっていても私がすぐに対処できるっていう、監視の理由もあるから、断られると困るんだけど……」


「あー、あの大賢者を説得してくれたのか」


 大賢者パーシェンは、何かと俺を排除したがっている。

 昨日も俺を普通の人間と認めようとしなかったが、あれは理屈が理解できないというより、俺を排斥できないと困るといった感じだった。


 護衛と監視、両方の目的でリアが俺のそばにいるという話に落ち着いたのだろう。

 そこまで考えてのことなら、無碍むげにはできまい。


「そういうことなら、一緒にいてくれるのは助かる。だけど、俺たちのやり方にあまり口を出さないでくれよ?」


「こ、子供扱いしないでよ! それぐらいの分別ふんべつは出来るようになったもん!」


 そういうつもりで言ったわけではないので、詳しく説明したほうがよさそうだ。


 例えばロリーナの呪いは、本人の中で絶望の感情が薄まると発動する。

 呪いの発動を抑えるためには、感情のコントロールが必要なのだ。

 その感情のコントロールに、俺たちが仲間として協力することがある。


 ロリーナ本人がいたほうが説明しやすいと思ったが、そこでふと気づく。


「そういえば、ロリーナは?」


 部屋を見渡したが、ロリーナの姿が無かった。

 昨夜から一緒の部屋で寝泊まりすることになったはずだが。


「ロリーナさんなら、気分を優れなくさせるために買い物に行きましたよ。小さい方の魔族さんと一緒に」


 身支度をしていたラミリィがそっけなく答えた。

 こころなしか、ちょっと機嫌が悪そうだ。


 ラミリィはまだメスガキ魔族のメルカディアに苦手意識があるみたいなので、そのせいかもしれない。

 まあ殺されかけたんだから、嫌うのは当然か。


 というかメルカディアのやつ、俺たちには協力できないと言っておきながら、普通に絡んでくるのか。


 などと、そんなことを考えていたら、リアに俺たちがやってることを説明するタイミングを逃してしまった。


 ガチャリとドアノブが音をたて、ロリーナたちが帰ってきた。

 その手に首輪を持って。


「カイ、よくないことを思いついたぞ! 街中を出歩くときにこの首輪をつければ、最悪な気分になれると思うのじゃ!」


「ちょっと、あんた! メルが最初に思いついたのに自分の手柄みたいに言わないでよ! ふふん、まさかクソ人間といえども、高貴な魔族であるこのメルに首輪をつけてもてあそんだりなんかしないわよね?」


 開口一番、最悪な発言をしてくれる2人。

 チラリとリアの様子を伺うが、やはりドン引きしていた。


「お兄ちゃん、これ……どういうこと……?」


 本当に、どうしてこういうことになったんだろうな。

 ともかく俺は、こうして勇者となった妹と行動を共にすることになった。


 俺はリアが勇者になったことについて、単純に良いことだと思っていた。


 もちろん完全なハズレスキルの自分と比べて嫉妬が一切無いわけではない。

 けれども、妹にはちゃんとした”天啓”があったことが、嬉しく思えたのだ。


 このときは、まだ。



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 4章 白光の勇者はすくわれない

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