020話 大男のチーザイ


 そうして俺たちは冒険者ギルドにおもむき、パーティーメンバーを探した。

 だが仲間探しは、思ったようには捗らなかった。


「残念ながら、現在無所属の冒険者は1人もいません」


 受付嬢のサイリスさんは、申し訳無さそうに言った。


「誰もいないってことですか? 新しい冒険者の人が?」


「ここ数年、うちは新人の死亡率が他の街の冒険者ギルドよりも妙に高くて、近隣の冒険者からの心証がよくないんですよ。さらに1年前から危険な魔物が出現したのもあって、この街に新しい冒険者が寄り付かなくなっているんです」


 ここ数年の新人の死亡率の高さに、俺は心当たりがあった。

 大斧のドズルクが、自分の愉悦のためだけに新人を使い潰していた。

 それが影響あったに違いない。


 やつはもう帰ってこないだろうから、次第に新人の死亡率も改善していくだろう。

 だが、俺たちは今、人手が足りなくて困ってるんだ。


「これじゃあ、この街に流れてきた無所属ソロの冒険者と一緒にパーティーを組むってのも、無理そうだな」


「カイさん、やっぱりもう一度、他のパーティーに加えてもらうよう、お願いしに行きましょうよ!」


「万年Fランクの2人と、調教テイムしてない魔物が1匹。それだけで門前払いされるのは当然だ。これ以上は時間の無駄だよ、他の方法を考えよう」


「でも、このままじゃあたしたち、どうやってもEランクになれませんよ!?」


 ラミリィが不安そうに言った。

 俺たちは冒険者パーティーを結成するためにギルドに訪れてから、あの手この手で仲間になってくれる人を探した。


 だが、成果はゼロ。

 大した実績のないFランク冒険者だけの俺たちと組もうとする人はおらず、ダメ元で既存のパーティーに入れてほしいと頼み込んでも、煙たがられるだけ。

 ならばと思い、流れ者の冒険者をスカウトしようかと思ったのだが、それも無理なようだ。


 困ったことに冒険者ギルドの規定上、Fランクの俺たちだけで依頼をこなしても、Eランクには上がれない仕組みになっている。

 最低1人はEランク以上の冒険者をメンバーに加えて依頼クエストを受ける必要があるのだ。


 これは登録を済ませたばかりの新人パーティーが無茶をしないように、駆け出しのときには必ず監督役としてEランク以上の経験者をパーティーに入れるようにするための措置なのだが、俺たちにとってはこれが足かせになってしまっている。


 どうしたものかと考えていたら、さらに厄介事が飛び込んできた。


「おいおい、てめぇら、聞き捨てならねぇなぁ。俺とは一緒に冒険をしたくないとか抜かしておいて、なぁにを被害者ヅラしてるんだコラァ?」


 俺たちの前に、背丈2メートルはあろうかという大男が立ちはだかったのだ。


「えーと、誰だっけ」


「忘れてんじゃねえよぉ! 俺はCランク冒険者の、<大男のチーザイ>だ!」


 ああ、思い出した。

 メンバー募集中に現れて、ラミリィに失礼な態度を取ったからお断りした悪漢だ。


「俺はCランクなのによぉ。てめぇが断ったんだぜぇ? 仲間が見つからないのは、自業自得だとは思わねえのか?」


 大男のチーザイは、俺に顔を近づけて凄んでくる。

 もちろん、そんなものに怯む俺じゃあない。


 マーナリアが1度だけ見せてくれた本気の殺意に比べたら、こんな脅しは子供だましにもならない。

 まさか殺意に慣れる訓練がここまで役に立つとは思わなかった。


「それで、何の用だ?」


「ひれ伏せて謝ったら、仲間に入れてやってもいいぜぇ? そっちの女は俺が可愛がってやるよぉ!」


 俺が語気強めに断ったときと同じように、大男のチーザイはラミリィの豊満な胸をいやらしい目で舐め回すように見ていた。

 ラミリィは怯えて目をそらす。


「やっぱり、私って、こういう使しか無い女なのかな……」


 小さく呟いたその言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。

 だから、その先に続く言葉を、止められなかった。


 ラミリィは意を決したように、一歩だけ前に出て言った。


「Eランクに……1回クエストを受けるだけで、私達をEランクにしてくれるというなら、でいいですよ。そのかわり、1回限りです」


「ぶははっ! お嬢ちゃんのほうは、聞き分けがいいじゃあねぇか。そうだな、このチビガキの前で、壊れるまでやるってのも、いいかもしれねぇなぁ!!」


 ようやく俺も、ラミリィが何を言ったのか理解した。

 そして、その肩を強く掴む。


「だからラミリィ、そういうことは冗談でも言うなって言っただろ」


 ラミリィは俺たちがEランクに上がるために、この悪漢に自分を好きなようにさせようとしていたのだ。


「でも……あたしたち、こうでもしないと……」


 気まずそうに弁明するラミリィを無視して、大男の視線を遮るように、ラミリィと大男の間に割って入った。


「俺はお前みたいな奴が大嫌いなんだよ。分かったらさっさと失せろ。二度とラミリィに近づくな」


「あぁん? クソガキがぁ……俺だってなぁ、てめぇのいけ好かない態度が、我慢ならねぇんだよ! てめぇ、調子乗ってるな? 俺を見下してるだろぉ!」


「そう見えるのか? はんっ、何が大男だ。名前の通りの小さい男じゃないか」


 俺がチーザイに向かってバカにしたように言うと、周囲でざわめきがおきた。


「おい、あいつ、チーザイに向かって禁句を言ったぞ」


「あーあ、あいつ終わったな」


 見れば、チーザイは怒り心頭といった様子で、ぶるぶると震えている。


「クソガキがあぁぁぁ! もう許さねえ、ぶっ殺してやるっ!! 決闘だ! 正式な決闘を申し込むぜっ!!!」


「分かった、いいぞ」


「てめぇ、本当に分かってるのかぁ? 子供の遊びじゃあねえんだぜっ!!」


「どちらかが降参するか、死ぬまで戦うんだよな。分かってるって」


 俺がそう言うと、服の中に隠れていたディーピーが俺の肩まで登ってきて、小さく耳打ちした。


「おいカイ、本当に分かってるのか? こんな大勢の前で<魔法闘気>を使ったら、後々大変なことになるぜ!」


「大丈夫だ、こんな雑魚には<魔法闘気>は必要ない」


「おいガキ、いま俺のことを雑魚って言ったのは聞こえたぜぇ? 死ぬ覚悟はあるみてぇだなぁ!」


 冒険者同士の殺し合いはご法度だが、正式な決闘であれば認められる。

 俺が受付嬢のサイリスさんと目線を合わせると、サイリスさんは察したのか小さくため息をついた。


「両者が同意した以上、ギルドとしてはその決闘を認めない理由がありません。正式な決闘として認めましょう」


 その発言が、戦いの火蓋を切る合図だった。


「死ねぇぇ、ガキがあぁぁ!!!」


 チーザイは素早く長剣を抜き、即座に俺に向かって振り下ろした。

 その刃が俺に届くまさにその刹那。


「<装備変更>」


「なにっ? 俺の武器がっ!?」


 だがチーザイの言葉が続くことはなかった。

 武器が消えた次の瞬間、チーザイの巨大な体躯が浮いたからだ。

 いや、正しくは、振り下ろしたチーザイの腕を俺が掴み、そのまま放り投げた。


──<魔法CQC>36手が一つ、一本背負い!!


「ぐはっ!」


 チーザイが地面に叩きつけられている間に、<装備変更>で外したヤツの剣を拾う。

 そして、チーザイが起き上がるよりも早く、その上に馬乗りになった。


「ま、待ってくれ。こ、こうさっ」


 そしてその言葉を言い終える前に、チーザイの空いた口に剣先を入れた。


「ちょっとでも動いてみろ。二度と喋れない体になるぞ」


「あ、あひぃ……」


 こうなるともうチーザイは満足に喋れない。

 少しでも口を動かそうとすると、長剣で口の中を切ってしまう。

 それでもチーザイは必死に「降参」の一言を絞り出そうと、必死になっていた。


「あひゃっ、こう、こうひゃん、こうひゃん……ゆるひて……こうひゃんひゅゆ……」


「何言ってるのか分からないなあ。戦いは、どちらかが降参するか、死ぬまで続くんだろ?」


 俺はラミリィに目線を移して、言葉を続けた。


「なあ、ラミリィは、こいつが何って言ってると思う?」


 ラミリィはしばらく悩んだ後、静かに答えた。


「降参、してるんだと思います」


 それを聞いて、俺は剣を引っ込めた。


「ラミリィに感謝しろよ。俺は殺しても良かったんだからな」


「は、はい……」


 チーザイは素直に頷く。

 よし。

 ここまで脅せば、後で仕返ししようなんて気は起きないだろう。


 それから、念の為に受付嬢のサイリスさんに確認を取る。


「勝負あった、でいいんだよね」


「はい。大男のチーザイが降参したため、カイ君の勝利です」


 サイリスさんは淡々と俺の勝利を告げる。

 その瞬間、周囲から歓声があがった。

 勝利宣言がないと、後で「決着はついてなかった」とか難癖をつけられる可能性があるので、こういうところをちゃんとしてもらえるのは助かる。


「おいおい、あのFランク、Cランクに勝っちまったぜ」


「流れ者の新人か?」


「ばっかお前、ありゃ荷物持ちのカイだぞ」


「カイって、あの万年Fランクのカイか?! どうなってるんだよ!」


 周囲の声を無視して、俺はラミリィと向き合った。

 このままだとEランクに上がれないと、相当思いつめていたのだろう。

 だけど俺は、仲間に体を売ってもらってまで、冒険者として成り上がりたいとは思わない。


「まったく、なんであんな提案したんだ」


「ごめんなさい……でも、あたし、カイさんの役に立ちたくて……」


「ラミリィにはラミリィの出来ることがあるだろ。それを使って活躍してくれれば、それでいいんだよ」


 慰めの言葉に素直に頷くラミリィだったが、その表情は晴れないままだった──

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