03

「くそ……あの馬鹿力女」

人払いした執務室で、自分の中の感情を持て余してユークは悪態をついた。


『いい加減にしなさいよ!』

声と共に頭に落ちてきた拳の……痛みもかなりあったが、それ以上に精神的な衝撃の方が強かった。

王太子である自分に対すると思えない言葉もさる事ながら、まさか拳が落ちてくるとは。

「……ったく、見た目は可愛いくせに中身は凶暴だったとはな」

フェールに意見できるくらいだから気が強いのは分かっていたし、そこが良いと思ったのだけれど。


様々な感情が混ざり合って心に渦巻き、ユークを困惑させていた。

怒りなのか苛立ちなのか、驚きなのか……この痛みは、拳だけの痛みなのか。

何故……たかが侍女に、こんなに心を乱されなければならないのか。

「ちっ……」

女の手でどれだけ本気で殴ったのか、未だ痛みの残る頭を手で押さえていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「……失礼いたします」

声の主が痛みの原因だと分かっても、ユークは顔を上げる気になれなかった。


ルーチェはそっと部屋に入るとユークの傍に立った。

「……まだ痛みますか」

「――当たり前だろう、あんな馬鹿力で殴りやがって」

「無意識に手が出てしまいました。大変失礼いたしました」

頭を抱えたままのユークを見つめてルーチェは言った。


「……痛みを取るおまじないをしますね」

「おまじない?」

「失礼いたします」

「……おい?」

ルーチェは手のひらをそっと頭を抱えたままのユークの手の上に乗せた。

「イタイノイタイノ、トンデケー」

その瞬間、温かなものがユークの身体を駆け巡っていった。


「なんだ……?」

ユークは思わず手を離すと頭を上げた。

「痛みは消えましたか?」

ユークと視線を合わせるとルーチェは首を傾げた。

「……あ、ああ……」

さっきまでの痛みが嘘のように消えていた。

さらに痛みだけでなく、心の中にあったモヤモヤとした不快感まで消え去っているようだった。

「良かったです」

にっこりとルーチェは笑顔を浮かべた。

「これでまた手を挙げてしまってもすぐ痛みを消せますね」


「はあ?」

ガタン、と音を立ててユークは立ち上がった。

「お前はまた私を殴る気か?! 王太子だぞ!」

「言う事を聞かない子にはこれが一番手っ取り早いかと……」

「私は子供ではないぞ!」

「子供じゃありませんか」

ルーチェは笑顔のまま、胸の前で握り拳を作った。

「自分勝手な事ばかりおっしゃって、周りに迷惑をかけて。大人がする事とは思えませんが」

「っ……お前……侍女のくせに」

ユークはルーチェを睨みつけた。

「大体、私に手を挙げておいてタダで済むと思っているのか」


「それでは、責任を取って辞めさせていただきます」

ユークから目を逸らすことなくルーチェは言った。

「……私に手を挙げて王宮をクビになったとなれば、どこへも行く場所はないぞ」

「ノワール家にお世話になるので大丈夫です」

「ノワール家だと?」

「はい、ロゼ様付きにして頂けるとご本人が仰って下さいました」

にっこりとルーチェは笑顔で答えた。

「私としても、ロゼ様にお仕えさせて頂ける方が嬉しいです」

「――私よりロゼの方がいいと?」

「ロゼ様はお優しいですし、我儘を言いませんから」

「……そんなに我儘をいう者は嫌か」

「当然です」

ルーチェはすっと笑みを消した。

「我儘な王が好かれるとでも?」


二人はしばらく無言で睨み合った。

「……どうして、殿下はそう我儘ばかり仰るのですか」

ルーチェが口を開いた。

「周りがどれだけ迷惑を被っているか、分かっておられるのでしょう」

「……お前には関係のない事だ」

「関係なら大ありです。私の一番大切な人の家族が巻き込まれているのですから」

「一番大切……」

「彼女は、兄君が殿下の我儘に振り回される事に心を痛めているんです」

「……ロゼの事か」


「私がここにいるのはロゼ様のためですから」

ルーチェはユークを見据えた。

「ロゼ様を傷つける人は……例え殿下でも許しません」

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