06

「わあ……」

馬車から降りて、ロゼは思わず感嘆の声を上げた。

石畳の道の両側に並ぶ、色とりどりの壁や屋根を持つ家並み。その一階には様々な店が建ち並んでいる。

思い思いの看板や活気のある人いきれ。

あらゆるものがロゼにとって新鮮だった。


今日のロゼは若草色のワンピースにブーツ、そしてツバが長めの帽子という〝裕福な商家の娘〟風の格好だった。貴族令嬢が街に出掛ける時の定番スタイルらしく、時間がない中、母親や侍女たちが張り切って揃えてくれた。

ヴァイスも帯刀はしているけれど、飾り気のない白シャツにベージュのスラックスというシンプルな出で立ちだった。

「ロゼ、おいで」

ヴァイスが手を差し出した。

「……はい」

顔が熱を帯びるのを感じながら、ロゼは差し出された手に自分の手を重ねた。


「昼はここでいいか?」

街の中心部だという大通りをしばらく歩き、路地に入った所でヴァイスは足を止めた。

「はい」

「庶民的で小さい店だが美味いんだ」

そこは小さな看板が出ているだけの店だった。


「いらっしゃい……まあ、まあ!」

中に入ると中年の女性が二人の姿を見て声を上げた。

「団長さん! まあ……とうとう……こんな可愛らしいお嬢さんと……」

「……端の席を頼む」

何故か涙目の女将らしき女性に案内され、二人は壁際の席に座った。

庶民的とは言っていたけれど、店内は清潔感がありチェック柄のテーブルクロスや、色付きガラスのランプなど装飾品もお洒落でいい雰囲気の店だった。


「俺はいつもの肉と……女性にオススメのものはあるか」

ヴァイスはメニューを持ってきた女将に尋ねた。

「そうですね……野菜の煮込みかクレープか、あとは……」

「クレープ?」

思わずロゼは聞き返した。

「薄く焼いた生地に具材を乗せたものです」

女将はメニュー表を指差した。

「ハムとチーズか、きのこがありますが」

「……ハムとチーズをお願いしていいですか」


出てきたクレープは、見た目も味も雫が知っているクレープによく似ていた。

この世界へ戻ってきて、毎日貴族の豪華な食事というのは正直辛いものがあった。

そんなに食にこだわりがある方ではなかったが、多彩な食文化が発達していた日本に長年住んでいたせいでどうしても向こうの食べ物が恋しくなる事もある。

ルーチェに言ったら『それは諦めるしかない』と言われてしまったけれど、こういうお店ならば……少なくとも貴族向けの食事よりはまだ向こうの世界に近いのかもしれない。


ロゼがクレープを一口食べ、美味しさと懐かしさに顔を綻ばせるのをヴァイスは目を細めて見つめた。

「美味しい?」

「はい」

「良かった」

ヴァイスの前には大きな肉の塊が乗った皿が置かれていた。

身体が資本の騎士は、食べる量も違うのだろう。見ただけでお腹がいっぱいになってしまいそうなそれをヴァイスは次々と口に運んでいった。


日本で行ったことのあるビストロに似た雰囲気の食堂で、他の客の気配や会話に囲まれながらの食事は久しぶりで懐かしく、ロゼの緊張もほぐれてヴァイスとの会話を楽しむ余裕が出てきた。

「ヴァイス様はよくこのお店に来られるのですか」

先刻の女将との会話を思い出してロゼは尋ねた。

「ああ。騎士団の宿舎が近いからな」

「宿舎?」

ロゼは首を傾げた。

「ヴァイス様はそこに住んでいるのですか?」

騎士団の内情は知らないが、公爵子息であり団長ともあろうヴァイスがそういう場所に住んでいるのは意外な気がした。


「騎士は団体行動が基本だ。協調性を養うために新入りの頃は身分を問わず全員宿舎に入らなければならないのだが、思いのほか居心地が良くてそのまま居座っている」

ヴァイスは手を止めてロゼを見た。

「だが、そろそろ出るつもりだ」

「そうなのですか」

「ようやく身を固めようと思えるようになったからな」

とても優しい光を宿した紫色の瞳がロゼを見つめた。

「え……」

「団長!」

ロゼがその言葉の意味を理解するより早く、大きな声が店内に響いた。


「団長も昼飯ですか」

「今日は出かけるんじゃなかったんですか?」

「あれ……」

テーブルに近づいてきた、騎士服に身を包んだ三人の若者の視線がロゼに止まった。

「……えぇ?」

「団長が女の子と?!


「お前ら、店内で大声を出すな」

ヴァイスは動揺する部下たちをひと睨みするとロゼに笑みを向けた。

「悪いなガサツな連中で」

「いえ……」

「団長が女の子に笑ってる……」

「めっちゃ可愛いじゃん」

「とうとう団長にも春が……」

少し離れた席に座った騎士たちがこちらを窺う気配と、彼らの言葉を聞いた周囲のざわめきと視線が伝わってくる。

(……ああ、懐かしいな)

おそらく彼らは二十歳くらいだろう、その言葉遣いや雰囲気は大学の学生たちを連想させた。

大学に通っていた時は、彼らや街で自分に向けられる視線や噂話は煩わしく思っていたけれど。マナーに厳しい貴族の生活を続けていたせいか———側にヴァイスがいるお陰か。

今のロゼは彼らの言動がむしろ好ましく思えた。


美味しそうに食事を続けるロゼを、ヴァイスは観察するように見つめていた。

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