06
「え……ひかり?」
初めて王宮を訪れてから十日後。
再び王宮を訪れ、フェールの会議が終わるまで待つよう通された父親と兄の仕事場である政務室の休憩室で、出迎えたルーチェの姿を見てロゼは目を丸くした。
「政務室配属になりました、ルーチェ・ソレイユです」
ルーチェはロゼに向かって頭を下げた。
「ロゼ様が王宮を訪れた時にはお世話をするよう、任じられております」
「お世話……」
「というか、話し相手ね」
砕けた口調になると、ルーチェはにっこりと笑みを浮かべた。
「まだこの世界に友人はいないからって」
「そう……なの」
確かにロゼは王宮に来る以外はずっと家にこもりきりで、家の者以外と会う機会はなかったけれど、それはまだ貴族社会の風習やマナーに慣れていないからだと気にしてはいなかった。
「フェール様は、ロゼ様が大人し過ぎるから他の令嬢たちに会わせるのは不安なんですって」
ソファに座ったロゼの前にお茶と菓子を並べながらルーチェは言った。
「……は?」
「凄い過保護よね、お兄様もお父様も」
ルーチェは口角を上げた。
「時間があれば〝雫〟の話を聞きたがるのよ。好物とか、苦手なものとか。あと男関係ね」
「おと……」
「変な男が言い寄ってきた時は私が撃退してたって言ったらとても感謝されたわ。これからも頼むって」
「……はは……」
美人の雫に好意を抱く者は多かったが、人見知りな上に異性が苦手だった雫はいつもひかりに盾になってもらっていた。
「ふふ、懐かしいなあ。いつも雫と一緒だったから思い出は沢山あるものね」
目を細めたルーチェを見て、ロゼは彼女がもう十八年もこの世界で生きている事を思い出した。
ロゼにとっては最近の出来事でも、ルーチェには遠い昔の思い出なのだ。
「ねえひか……ルーチェ」
ロゼはルーチェを見上げた。
「あなたは元の世界に帰りたいと思う?」
「……十八年ここで生きているから、そういうのはもうないかな」
ルーチェは答えた。
「雫の事はよく思い出していたわ、また会いたいなあって。あとゲームの事も」
「そういえば……」
ひかりは何者かにゲームの世界に転生して欲しいと頼まれたのだっけ。
思い出して、ルーチェはある事に気付いた。
「もしかしてルーチェ。お兄様のルートになったの?」
「うーん、それはちょっと考えたけど……違う気がするのよね」
ゲームでは五人の攻略対象がいたが、一度に攻略できるのは一人だけだった。
最初に五人それぞれと出会うイベントがあり、その中から攻略したい一人をプレーヤーが選ぶのだ。
侍女見習いとして王宮に入ったヒロインは、攻略相手を決める事でその配属先が変わる。
例えばユークとその側近のオリエンスならば王太子の執務室なのだけれど、宰相の政務室に配属という事は、つまり。
「そもそも、私フェール様以外の攻略対象とまだ会っていないのよ」
「そうなの?」
「出会いだってゲームとは違うし、ここに配属されたのもロゼ様のためだし……」
ルーチェは首を捻った。
「それに……フェール様のルートは多分ないわ」
「どうして?」
「ゲームだと、フェール様は子供の時に妹を亡くして以来心を閉ざしていたの。その心をヒロインが開かせる事で攻略できるのよ」
ルーチェはロゼを見つめた。
「でも亡くなったはずの妹のロゼ様はこうやって生きていて、フェール様も変わりつつある。だから私の……ヒロインの出番はないんじゃないのかな」
「そうなの……」
雫はフェールルートはまだ手をつけていなかったので、そういうストーリーだったとは知らなかった。
「じゃあ……ルーチェは誰を選ぶの?」
「それは……分からないわ。他の方とはお会いしていないし、それに……」
「それに?」
「ゲームの時は気にしなかったけれど、実際にこの世界で生きているとね、殿下や公爵家の御曹司と結ばれるなんてあり得ないと思うの」
ふ、とルーチェは自虐的な笑みを浮かべた。
「住む世界が違うわ」
「でも同じ貴族なのでしょう」
「うちはしがない貧乏子爵よ、貴族といっても下の方だわ。本来だったらこうやってロゼ様と気軽に口を聞く事もできないわ」
「そういうものなの……」
十日前にユークから対等だと言われた事も気になって、兄にこの国の貴族制度について詳しい説明を受けてはいた。
元々王家と公爵家の五家は同等で、その中から王を立てるという時にフールス家を選んだという。
そして万が一フールス家が絶えた時は、公爵家の中から新たな王を立てる事になっているのだと。
また外交などで王家の代わりに公爵家の者が出る事もあり、対外的には王族として扱われるという。だから自分の身分がかなり高いというのは分かるのだけれど。
「でも向こうの世界では王族や皇族の人が庶民と結婚するというのはよくある話よね……?」
「ここの身分制度はもっとシビアよ。封建社会だもの。――ロゼ様もそのうち嫌でも実感できるわ」
納得いかなそうな表情のロゼにそう言うと、ルーチェはだからこういう事もしちゃいけないの、と言いつつロゼの頭を撫でた。
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