第8話 人面鳥
三つの月を背景に一羽の鳥が降りてくる。黒い翼を広げると人間の身長よりも大きく、シルエットは頭でっかちでフクロウによく似ていたが、老人の顔を貼り付けたおぞましい姿をしていた。目にはルビーを埋め込んであり、首を傾げるごとに見るものの吐き気を誘う。
「ヘイズ、言った通りに撃ったぞ。もう帰ってもいいだろ?」
「ダメだ、ガナドールのお嬢ちゃん。撃ち漏らしがある」
人面鳥のヘイズはクツクツと嗤いながら枯れ木の上に留まる。ルビーの目は未だ火の消えぬ平原を見つめていた。それを見上げるのは魔砲使いの少女・ガナドールである。彼女は燃える炎に似た真っ赤な髪を掻き毟り、苛立たしい鳥の相棒に吐き捨てた。
「あのなぁ。補給部隊を襲うのはいいけど、わたしが前線からいなくなったらマズいだろ。碧王軍の魔砲使いが動いたらどうするんだよ? これ以上、勢力域が東に後退したら殿下は黙っちゃいないぞ」
「敵の魔砲使いは動かんよ。ワシがそう判断した」
「はいはい、賢鳥のヘイズ様は頭がいいですからねぇ。どんな根拠があるのかぜひお聞かせ願いたい」
「勘だ。それより補給部隊の生き残りがおる。誘導に乗らず、最初の着弾地点に逃げ込みおった。初撃の陽動を派手にやりすぎたな。あのあたりはもう燃えるものが無い。一酸化中毒に追い込むのがラクなんだが」
「いっさんか……? なんだそれ」
「知らなくていい」
「そもそも派手にやれって言ったのはヘイズだろ。それに最大威力なら全部、消し炭にできた」
「焼死体でもいい。だが消し炭はダメだ。呼吸ができずに死んでくれれば良し。蒸し焼きがベスト」
「うへぇ、また死んだ人間の脳みそ食べる気? わたし、頭蓋骨の砕ける音は嫌いだよ。あとグチャグチャ音たてて食べるのも嫌い。下品じゃん」
ガナドールはマントの裾で口元を押さえて嫌悪の表情を浮かべる。年頃の女に嫌がられたヘイズは愉快そうに広角を持ち上げた。
「知識はそうやって得るものだよ。ましてやあの部隊には極上の脳みそがある。異世界の脳みそだ」
「なにそれ?」
「ガナドールのお嬢ちゃんも人間の脳みそを食べるようになればわかる」
「わたしは死体漁りじゃないんだ」
「なんでもいい。確認しに行くぞ」
「肉の焦げる臭いがして近づきたくないんですけどー?」
「拒否するなら魔砲は返してもらう。娼館に逆戻りじゃな」
「行きます! ぜひ、お供させてくださいヘイズ様!」
へつらう笑顔のままガナドールは歩を進める。内心、上空を飛ぶヘイズを焼き鳥にしてやりたい気分だった。しかし、そうすると魔砲という最大最強の力を失う。だから逆らうことはできなかった。
(気色悪いクソ鳥め)
ヘイズはいくら羽ばたいても音を立てない。体毛も黒いので闇夜でコイツを見つけるのは困難だろう。強いて言えば両目のルビーだけは月明かりで反射するからそれを目印にするしかない。見慣れているガナドールですら後を追うのがやっとだ。
こうして焼け焦げた平原に足を踏み入れると熱の残り香が鼻を突く。肉と鉄の混ざった最悪の臭いに顔をしかめた。ガナドールの魔砲は「火を放つ」だけなのだから、戦えば当然こうなる。なるべく遠距離から撃つだけで済ませたかった。
(うぅ…… 吐き気がしてきた)
ブーツで炭となった何かを踏み砕く。周囲には無数の兵士が倒れていた。全員が苦しそうな顔で死んでいる。炎に巻かれて呼吸ができなくなったのだ。
ヘイズは選り好みをして兵士の死体に近寄り、裂けるほど口を大きく開いて頭部にかぶりつく。体は鳥、顔は老人という化け物の食事シーンは直視し難い。硬いものが砕ける音がすると頭蓋が割れ、汚れた水が吹き出す。ヘイズは脳みそを吸い上げ、死体を捨てるとグチャグチャと
「いい焼き加減だ。しかし知識は乏しい」
「口から脳みそはみ出てるぞ……って撃ち漏らしをどうにかするんじゃなかったのかよ?」
「腹が減ってな」
「お前の気持ち悪い食事風景なんて見たくないんだよ。仕損じたヤツってのはどこにいるんだ?」
「向こうだ。向こうにまだいる」
ヘイズが首を向けた先はもう炎が無い。代わりに目を凝らすと小さく動く影があった。ガナドールは警戒を強めながら近づく。外套の下には紋を彫った両腕を隠し、小回りの効く魔砲を待機させておく。人影は修道女だった。倒れた仲間を介抱しているらしい。
(なんでこんなトコに修道女がいるんだ?)
二つの軍隊が睨み合っている地域だ。そんなところに修道女がわざわざ出向いてくる理由がわからなかった。ガナドールの国にも唯一教会があるし、信仰上は唯一神を崇めている。無碍に神の使徒を殺めるわけにはいかなかった。
しかし、ヘイズの場合はどうだろう? あいつは女の脳みそを喜んで食べてしまう。もともと補給隊を潰すつもりで攻撃を仕掛けさせたのだから、殺せと言い出すかしれない。
(嫌だなぁ。修道女なんか殺したら神罰が降りそう)
迷っていると修道女がこちらに気付いたらしい。金色の髪をした若い女だった。顔は煤けていても毅然とした美しさに曇りはない。いかにも悲劇的で、いかにもか弱く、いかにもガナドールの嫌いなタイプだった。
「あー……」
一応、ヘイズに確認をとろう。そう思って振り向くが人面鳥の姿はない。音もなくどこかへ飛び上がってしまったのだろう。こうなると困ったもので、殺すのが面倒だった。後腐れなく消し炭にしてしまうのが一番だがヘイズはそれを許さないだろう。
(神様、神様。悪いのはあのクソ鳥です。わたしはなにも悪くありません。まぁ、なんとなく気に食わないツラしてるから差し引きゼロで天罰は勘弁してください)
頭の中で自分の理屈を捏ねたガナドールは外套の中から右腕を出して修道女にかざす。皮膚に彫り込まれた紋は鈍く輝き、光の輪が腕の周囲を巡った。
「助けてください! 私たちは慰問のために東部戦線に来ました! 戦うつもりはありません!」
修道女が悲痛な叫びを上げる。抱き抱えていたのは同じく修道女で、そちらは年齢が幼い。
命乞いはガナドールの中に確かな嗜虐心を芽生えさせた。自身も同じ信仰に身を置いていることをあっさりと忘れてしまう。自然と口端が吊り上がり、目を細めていた。
「慰問ねぇ、随分と崇高なことで」
コイツは戦場がどうなっているのか知らないのだろうか。能天気とも思える修道女の言い草を嘲り、心が決まる。どのみち殺す事になるのだ。こんな場所までヘイズに付き合わせれて内心イライラもしている。ちょっと遊ぶくらい、唯一神もお許しになるに違いない。
「あんた、名前は?」
「……マレンと申します。こちらに倒れているのは付き人のミリィ」
「ふ〜ん。じゃあ、わたしが何者かは分かる?」
「魔法使いがいると、兵士の方から聞いています」
「そう、正解。随分と冷静じゃない。もうちょっと怖がった方がいいよ」
目を細めて真紅の髪を掻き上げる。同時に腕の周囲に浮かぶ光の輪は消えてしまった。マレンと名乗った修道女は身を硬らせている。
「私たちを殺すつもりでしょうか」
声が震えている。このとき、ガナドールは圧倒的な強者だった。ヘイズに小突かれて焼肉をさせられる元娼婦ではない。魔砲はその威力故、敵の接近を許すことが殆どなかった。ましてや女を目の前で殺すなんてシチュエーションには恵まれていない。だから命乞いをされるのは初めての経験である。
(うわっ、楽しいこれ。お芝居の悪役になったみたい!)
身も蓋もない感想が浅はかなガナドールらしい。その一方で、これ以上の何をさせようかという発想も思い浮かばなかった。自分が男だったら組み伏せて犯すくらいのことは考えたかもしれないが、同性な上に体格的にはマレンとほぼ同じだ。多少は体術や格闘術の心得はあるものの、自信を持っているのは魔砲だけで他はあまり使うつもりもない。だからさっさとヘイズが現れて代わりに始末してくれればいいのにと考えてしまう。
「あなたは紅王軍でも高い地位にいるとお見受けしました」
「ん? そうだけど」
唐突な質問にイエスで答えたが実際はそうでもない。強力な武器として重宝されているものの、結局は現場でこき使われているだけだ。
「それならば『紫の頸木』とは何なのかをご存知ですか?」
「なにそれ? 聞いたことない」
「そうですか……」
残念そうにマレンは目を伏せて胸の前で手を組む。膝をついたその姿勢は寺院で祈るときのものだ。どうやら死ぬ覚悟ができたらしい。
(弱火にしておかないとヘイズが文句言うだろうなぁ。つーか、あのクソ鳥どこへいきやがったんだ?)
腕を水平に突き出して紋を起動させる。光の輪が渦巻いて魔砲が起動した。即死させず燻り殺すために手加減する。
「ま、恨むならわたしをここに寄越したクソ鳥を恨むんだね。さようなら、マレン」
「えぇ、さようなら」
これから炎に焼かれるという金髪の女はニッコリと微笑んでいた。次の瞬間には口が裂け、侮蔑の目をガナドールへと向けてくる。歪で血生臭い視線はヘイズのものとよく似ていて、ガナドールの背筋は一気に凍り付いた。
「はあああああっ!!」
背後で空気の塊が動き、低い声が聞こえてくる。瞬時に振り向いて魔砲のターゲットをマレンから切り替えた。黒いボディスーツにロングソードを持った女が肉薄してくる。褐色の肌と銀色の髪からして西部出身者だと分かった。視界の隅に兵士の死体が不自然に積み上がっている場所を見つけた。あの中にでも死んだふりをしながら隠れていたのか?
(今はどうでもいい! 近づけさせるな!)
威力を絞った魔砲が放たれるとオレンジ色の火線が女を襲う。しかし、身を捩って回避されてしまい火は女の背後で炸裂した。爆風を背に受け、さらに加速してくるそいつに対してガナドールは本来であれば使いたくない体術へと切り替える。この判断は剣を握った相手にそれは無謀だった。
紋を刻まれた右腕は女が振るう剣に捉えられ、切り上げの一撃で斬り落とされる。切断面から吹き出す血を見てガナドールの意識は遠いところへ持っていかれそうになった。しかし怒りの感情がブレーキをかけてどうにか立った状態を維持する。
一気に荒くなった呼吸で残りの左腕の紋に集中力を重ねた。まだ魔砲は撃てる。これだけの近距離で炸裂すれば自分もタダでは済まないが、冷静に考える力なんて残ってない。その興奮だけが痛みを抑えてくれた。
「わたしの腕をよくも!!」
左腕だけの魔砲。威力はコントロールしていない。全部消し飛べと怨嗟を込めた光が放たれようとした矢先、さらに背後から強い衝撃を受けてガナドールの身体が宙に浮いた。剣を握った女とマレンがみるみるうちに離れていく。相手も呆然とガナドールを見上げていた。
「紋を閉じろ。出血が止まる」
「ヘイズっ!! 今まで何してやがった!?」
鋭い鉤爪を持つヘイズの両足が背中に食い込んでいる。大きく翼を広げた人面鳥に捕まえられてガナドールは空を飛んでいた。
「ガナドールのお嬢ちゃん、死にたいのか。紋を閉じろ」
「あいつらを殺すのが先だろ!!」
「やれやれ。両腕でバランスを取らないと暴発するって教えたじゃろ?」
「ぐあっ!? や、やめろ! 爪を食い込ませるなぁ!」
「離したら落ちる。これでも悪いと思っているから助けた。ワシはお前さんが、あの修道女をどう殺すかなと遠くからやり取りを眺めていたからなぁ」
「このクソ鳥! 伏兵にも気付いていたんじゃないのか!」
「さぁな。しかし『紫の頸木』なんて言葉が出ていたのには驚いた。あの修道女、極上の脳みそに違いない」
クツクツと笑う人面鳥を睨んでいるとガナドールの意識が遠くなってきた。夜風の冷たさで急激に冷え、おまけに大量の血を失ったショックに襲われている。ヘイズの言う通りに紋を閉じたガナドールは二人の顔を脳に焼き付けた。
次に会ったときには殺してやる、と。
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