第47話 西岡、明るくなる
「だああああ畜生!」
汗だくでわけのわからない体液まみれの権藤さんが叫んだ。
かなり怒り気味だ。
まだ春というのに水浴びをしている。
あれだけ苦労して、殲滅した雑居ビルが空振りだったからだ。
正確にはあの少年がいた残滓はあったのだが、魔法制御に失敗した成れの果てしかいなかった。
僕も魔法を行使しすぎて疲れて座り込んでいた。
「疲れたー」
パトカーが何台も止まり、非常線が貼られている。
今頃鑑識と鎧井さんが中に入って確認しているだろうが、中はめちゃくちゃになっている。
ここから新しい痕跡を探り、さらに調査というところになってくる。
「お前、でかい魔法使ったときは平気な顔してんのに、これくらいで疲れるのかよ」
汗だくの腕で首を絞めてくる。
「疲れますよ! たぶんあんなの相手してるからじゃないですか?」
精神的に疲れた。
人というものは、人の形に敏感だ。
多少配置がずれただけであんなにも生理的に嫌悪感があるものなのか。
「お前平気か?」
「何がですか?」
「元人間を相手にしてたってことだよ」
「……僕は自分に危害を与えようとするなら気にしないですよ」
「……ふうん。まあいいか。飲み行くぞ」
一瞬権藤さんは沈黙したあと、そんなことを言った。
「え? ぼ、僕高校生ですよ?」
「いいだろ、別に」
と強引に腕を掴まれると、そのまま宙に持ち上げられた。
どんな腕力しているんだ。この人。
「こばさんも行きますよね」
「しゃあねえな。その前にタバコ一本吸わせろ」
「警察官なのに、未成年飲ませていいんですか!」
「バレなきゃいいんだよ」
居酒屋に本当に連れていかれて、ビールも頼まれたのだがさすがに手を付けなかった。
美味しそうに飲んでいる姿を見ると、うまそうに見えるのだが、昔父親のを飲んでみて、まずくて吐き出した記憶があるからだ。
まだ二軒目やらなにやら言っている権藤さんたちから離れると、自宅に帰ってきていた。
電車の中でスマホを取り出し、ラインをみてみるが、相変わらず黒木さんへのメッセージは既読になっていなかった。
既読になっていないということは、見ることもできないほど、容態が悪いんじゃないかと心配になる。
だが先ほどの居酒屋で二人に聞いてみたが、彼女はもう退院しているらしい。
「ガキ、やめとけよ。課長の話じゃ、レイちゃんには魔法を使わせたくないって話だ」
「嬢ちゃんは無理しすぎたんだ。心配なのはわかるが、こっちの話をすればきっとまた無理をしてしまうだろう。そういう子だ」
その話を聞いて打ちかけたメッセージは送るのをやめた。
まあ、元気になったのならいいか。
また学校に来てくれるといいな。
いつもの笑顔と、ちょっと上から目線の表情を思い出す。
「タクヤ。最近遅いわね。例の警察との協力?」
「ああ、うん。そうだよ」
家に着くなり母が顔を曇らせた。
両親には桐谷から魔法のことは伏せて、時折IT技術で協力してもらっているという話をしている。両親も妹も僕がITに強いことは知っているから、それほど怪しまれなかった。
どこで知り合ったのかということに関しては、学校の先輩とか適当なことを説明している。
「ごはんは?」
「ごめん。警察の人に誘われて」
「え、そうなの? ちゃんと連絡しなさい」
「あーごめん、わかったよ!」
そういいながらリビングに入ると、妹がソファで寝転がりながらお菓子をつまんでいた。目の前には電子雑誌やらスマホやら並べている。彼女は僕とは違いいわゆる陽キャラだ。
ひっきりなしにメッセージアプリの通知音が鳴り響くときもある。
そんな彼女が何やら言いたそうな顔でこちらを見ている。
「ん、カエデ。どうかした?」
「うーん、なんかお兄ちゃん、変わったかなって」
「え? 変わった?何が?」
きょとんとして聞き返す。
妹はよくわからないけど、と前置きして、
「明るくなった?」
「そう?」
「彼女でもできた?」
「な、なわけないだろ」
一瞬、彼女のことを思い出したがそういう関係でもないし、彼女は男なんだし。本質は。まあ、見た目は女の子なんだけど。けっこうかわいいし。
色々なことを頭の中に浮かべていると、
妹は訝し気な表情をした。
「まあ、お兄ちゃんにはありえないか」
そういうとスマホのほうに意識を変えた。
それはそれで悲しいんだけど。
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