第13話 痛みの限界
「うぅぅ……いたたたたたっ……」
あれからどのぐらいの時間が経過したのだろう。
恭平はうつ伏せに寝転がったまま、動けないでいた。
その間にも、壁に激突した背中部分がじんじんと痛みを伴い、恭平を襲っている。
「うぅっ……こりゃ病院に行った方が良いのか?」
湿布を張ってはいるものの、ズキズキと来る背中の痛みは治まるどころかさらに悪化しているような気がする。
ひとまず、恭平はスマホで近くの整形外科のある病院を検索して、アパートからのルートと所要時間を調べた。
「歩いて十五分か……結構かかるな」
正直、今より痛みがさらに酷くなれば、歩いて病院へ向かうことも厳しいだろう。。
「タクシーを呼んで病院へ行くか……」
そう決心して、タクシー会社へ電話をしようとしたら、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「うっ……いてててて……」
起き上がる際、強烈な激痛が走る。
苦悶の表情を浮かべつつ、恭平は何とか起き上がり、背中を手でさすりながら腰を曲げてゆっくりと玄関へ歩いて行く。
ピンポーン。
もう一度インターフォンが鳴ったところで、恭平はようやく玄関前に辿り着く。
覗き穴から外を確認すると、外廊下に立っていたのは、私服姿の鳴海ちゃんだった。
恭平は鍵を開錠して、背中を押さえつつ玄関の扉を開け、鳴海ちゃんへ応対する。
「こんにちは鳴海ちゃん。どうしたの?」
恭平が平静を装いつつ尋ねると、鳴海ちゃんはそわそわした様子で視線をキョロキョロとさせながら口を開いた。
「えっと……そのぉ……さっきはありがとう……」
どうやら、先ほどのお礼をしに来てくれたらしい。
恭平はふっと柔らかい笑みを無理やり浮かべた。
「どういたしまして。鳴海ちゃんにケガがなくて良かったよ」
恭平が背中をさすりながら答えると、鳴海ちゃんがじっと見つめてくる。
「アンタ、もしかして腰痛いの?」
「えっ? あぁ、ちょっと背中がね。大丈夫、大丈夫。すぐに痛みは引くと思うから」
「全然良くない! こんな時まで無理しないで!」
すると、鳴海ちゃんは鋭い口調で恭平を叱咤した。
「そこで楽な姿勢で待ってなさい。今朋子さん呼んでくるから」
「いや、そこまでしてもらわなくていいって」
「ダメ! いいからアンタは安静にしてて」
恭平の言う事を聞くことなく、鳴海ちゃんはすぐさま隣の103号室へと駆けていく。
実を言うと、痛みが限界に達していた恭平は、鳴海ちゃんの言う通りに楽な姿勢をとる事にする。
玄関前でうつ伏せに寝そべり、鳴海ちゃんが戻ってくるのを待っていると、しばらくして朋子さんを連れて戻ってきた。
「恭平君どうしたの⁉ 大丈夫⁉」
倒れている恭平を見た途端、朋子さんが慌てて駆け寄って来てくれる。
「鳴海から背中を打ったって聞いたけど、何しちゃったわけ?」
「すいません。えっと、今朝鳴海さんが階段から足を踏み外して落っこちそうになった所を助けたんです。そしたら、その時壁に背中を強打してしまいまして……」
「もう、どうして痛みを我慢してたの!」
「いやぁ、すぐに痛みが引くかなと思ったんですけど、痛みがどんどん酷くなってていって、情けない事に気付いたらこんな状態になっちゃいました」
「全くもう……こういう時こそ一人で抱え込まずに頼りなさい! 今救急車呼ぶから待ってて頂戴」
「い、いや……流石にそこまでしてもらわなくても……」
「いいから! 大体、そんな状態じゃ歩いて病院にも行けないでしょ?」
朋子さんの言う通り、背中の痛みはマックスに達している。
歩いて向かうのは困難だろう。
「鳴海。私の家から、適当な袋に氷を入れて持ってきて」
「うん、分かった」
朋子さんの指示に従い、鳴海ちゃんが103号室へ向かって行く。
その間に、朋子さんはスマートフォンで119番に連絡をかけてくれる。
朋子さんが救急隊員に、恭平の現在の状況、住所や名前などを伝えている間に、ビニール袋にたっぷりの氷水を入れた鳴海ちゃんが戻ってきた。
「はい、簡易的だけど氷水持ってきた。どのあたりが痛い?」
「えっと、この辺かな……」
恭平が痛みがある範囲を手でさすると、鳴海ちゃんがそこへビニール袋に入った氷水を押し当ててくれる。
「ううっ……冷たっ!」
「これぐらい我慢して「」
鳴海ちゃんに窘められ、背中に冷たい氷水でアイシングされていると、電話を終えた朋子さんがこちらを覗き込んできた。
「十分ほどで到着するそうよ」
「すみません朋子さん、色々とご迷惑をおかけしてしまって……」
「何謝ってるの、気にしないで! 今は、自分の事だけ考えてればいいの」
「……ありがとうございます」
恭平は朋子さんにお礼を言って、今度は鳴海ちゃんへ声を掛ける。
「鳴海ちゃんもありがとう。色々と手伝ってくれて……」
「ううん。だってアンタがこうなっちゃったのって、私をかばってくれたからなわけだし。むしろ私がお礼を言わなきゃいけないの。私をかばって助けてくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「それと……今までそっけない態度を取ってごめんなさい」
鳴海ちゃんが素直に今までの事に対して謝ってきたので、恭平は驚きで目が点になってしまう。
「なっ……何よ……」
頬を赤く染めつつ、恥じらいつつ尋ねてくる鳴海ちゃんを見て、恭平はふっと思わず笑みをこぼしてしまう。
「なっ……笑うなし!」
「ごめん、ごめん。ちょっと意外だったからさ」
そう言ってから、んんっと一つ咳払いをして、恭平はニコリと微笑みを浮かべた。
「改めて、これからよろしくね、鳴海ちゃん」
「うん、よろしく……」
こうして、鳴海ちゃんと和解することが出来たのだから、ケガをしてでも助けた甲斐があったなと思う。
まあ、やっとスタートラインに立っただけだけどね。
そこから恭平は、二人に手厚い介護を受けながら、救急隊の到着を待つのであった、
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