第16話 マルゴレッタちゃんと大空の約束

「あばば〜っ……。こ、怖かったでちよ〜。ちょっとお漏らしちゃったでち……」


「久々に肝が冷えた……。マルゴレッタ、俺を驚かせたいなら、もっと他の事で驚かせてくれ……」


「ご、ごめんなさいでち……」


 ナイトカインの背中で、四つん這いになりながら顔面蒼白のマルゴレッタと、大の字に寝転ぶジャレッド。

 あわや地面に激突かと思われた幼女は、既の所でナイトカイン、ジャレッドに救われ事無きを得ていた。


「……マルゴレッタ様、申し訳ありません。我輩がもっと気を使っておれば……」


「ナ、ナイトちゃんのせいじゃないでちよ!  わたちが、鈍臭いから足を滑らして落っこちたんでち。ナイトちゃんは、何も悪くないでち!!」


 気落ちする老龍を懸命に励ます幼女。

 ジャレッドはムクリと鍛え込まれた上半身を起こし、大きな溜息を吐いた。


「お互い気を使い合うのは結構だがよ。取り敢えず、空の散歩は終いにして屋敷に戻らねぇか?  下の奴等も何人かこっちに気付いてるみたいだしな。今、変にチョッカイ出されるのも面倒くせぇ話だろ?」


「……ふむ。しかし、あの愚者供は、事もあろうかマルゴレッタ様を狙いこの地に足を踏み入れたのでしょう? ならば今直ぐにでも、滅ぼしてしまいませんかな?」


「マルゴレッタが傍にいる以上無理は出来ねぇよ。数もそうだが、何人かヤバいのが向こうにも混じってるみたいだしな。ヤるならマルゴレッタを安全な屋敷に戻して、ローゼン達と合流してからだ」


 黒い笑みを浮かべ物騒な事を宣う二人。

 マルゴレッタは不安げな瞳で、ジャレッドの大きな手を握った。


「ジャレッド叔父ちゃん……あの人達をどうするつもりでちか?」


「どうするも何も。あいつらにはマルゴレッタを狙えばどうなるか見せしめになって貰う。まぁ、ほぼ全員殺す事になるだろうな」


 淡々と抑揚のない言葉で告げられる彼等の結末に、幼女の心がズキリと痛む。

 異質な力を持ったウチの家族達なら、あの見渡す限りの人の群れですらジャレッドの宣言通りとなってしまう事がマルゴレッタには容易く想像出来てしまう。

 心優しき幼女はそんな事はさせまいと、自身の両頬をパンパンと叩き気合いを入れ、決意の灯った瞳でジャレッドを真っ直ぐに見据える。


「ジャレッド叔父ちゃんもナイトちゃんも家族の皆も、わたちの事を護ろうとしてくれてるのは、凄く嬉しいでち……。でも、例えどんな理由でも、どんな人達であったとしても、傷付き、殺されてしまう行為を見過ごすなんて、わたちには出来ないでち!」


 ズビシッ! と人差し指をジャレッドに向けた幼女の決意表明。


「今から、ジャレッド叔父ちゃん達はわたちの敵でち!  一杯、お邪魔虫をするでちよっ!!」


 マルゴレッタの耳を疑いたくなるような宣言に、ほんの僅かな静寂が三人の間に流れると、始めにナイトカインが小さな鼻息を吐いた。


「失念でした……。吾輩の主は、かなり変わった思考の持ち主でしたな……。マルゴレッタ様を狙う不埒者供は許し難いですが……貴女がそう望むのであれば、吾輩は付き従うのみなのですかな?」


「あっ!?  お前、ずるっ――いや! 裏切んのかよ!!」

「ナ、ナイトちゃん!!」


 ジャレッドはガシガシと自身の髪を掻き毟り、呆れた顔でマルゴレッタを見定める。


「マルゴレッタ、自分が何を言ってるのか解ってるのか?  悪意を持ってお前をどうこうしようとする輩を助けたいと、本気で言ってるのか?」


「本気でち」


「お前をただ護りたいという俺達の気持ちを蔑ろにしてまで、あいつらを救いたいのか?」


「……救いたいでち」


「なら、見ず知らずの他人より、身内の俺達が傷付き死んでも構わねぇって事か?」


「誰にもそんな事はさせないでち!」


「お前なぁ……。俺達や、あいつらの誰一人傷付けさせない、死なせないって……欲張り過ぎねぇか?」


「わたちは、欲張りな女の子なんでち!」


 甘い戯れ言を言い放つマルゴレッタに、ジャレッドは苦笑いを浮かべつつも思い悩む。

 まず、両者が引き下がるという選択肢はあり得ない。

 互いにマルゴレッタという存在に、良い意味でも悪い意味でも固執しているからだ。

 両者がぶつかり合う形になれば、マルゴレッタは必ず自身が望む結末にしようと行動してしまう。

 きっとマルゴレッタの性分なら限界以上の魔力を引き出し、無茶をして命を救おうとするだろう。

 膨大な魔力量を持つあの子が"再生の魔法"を行使し続けても限界はあるし、それが万を越す人間相手なら尚更だ。

 そして、無茶をした結果、マルゴレッタに待っているものは確実な死……。

 人の体内で生成される魔力は、自身の魔力量以上のものをり出し続ければ簡単に死に至ってしまうのだから――


「俺……ローゼンに本当に殺されるかもな……」


 遠い目で、そうぼつりと零すジャレッドは、ある決意と共にマルゴレッタを見やり頰にそっと右手を添えた。


「マルゴレッタ。誰も彼も救おうなんていう、お前の望む結果には絶対にならねぇ。それでも奴等を救いたいか? 」


「う〜。わたち、みんなを助けるんでちよ?」

?」


 ジャレッドの諭すような言葉に、自身の驕り高ぶった物言いに気付いたマルゴレッタは目を伏せらせた。

 そんな姿の幼女に、ジャレッドは眉を下げ小さく微笑む。


「正直、お前に悟られる前に奴等を処分したかったんだがな。間が悪い事に奴等の存在をお前に知られちまった。ローゼンならお前を監禁してでも関わらす事は無いだろうが……お前は存外、じゃじゃ馬だからなぁ。何をしでかすか俺は怖くて目が離せん!!だから、お前の傍で監視する事にした」


「ジャレッド叔父ちゃん……?」


「そんなショボくれた顔をするな。お前が無茶な事をしないと約束してくれるなら、俺が力を貸してやるからよ。奴等の全てとは言わんが、限りなく犠牲が少なくなるよう俺が動いてやるぜ。元勇者PTの『大魔法使い』様が仲間になるんだ。心強いだろ?がっははははははは!!」


 それはジャレッドが考え得る最良の選択であり、最愛の姪っ子に対しての精一杯の譲歩であった。


 最高の結末には出来ないのかもしれない。

 目を覆いたくなるような残酷な現実を目の当たりするのかもしれない。

 理想と現実の狭間で揺れ動くマルゴレッタの心は、それでも命を救いたいと願ってしまう。

 思いも寄らない心強いジャレッドの申し出に、幼女は深々と頭を下げた。


「お願いしますでち !……わたちに手を貸して下さいでち!!」


「おう! その代わり絶っ対、無茶な事だけはしてくれるなよ?」


「は、はい! ……でち」


 目を泳がせ少し吃った幼女に、一抹の不安を覚えながらもジャレッドは、自身の両膝を叩き立ち上がる。


「よっしゃ!! ローゼン達には悪いが、バーゼル帝国の奴等にはなるだけ生き残って貰えるように作戦を立てるぞ!! ナイトカイン!取り敢えず森に戻るぞ!!」


「御意。しかし……ジャレッド殿は、あの方達とは違い随分と甘いお方なのですな。吾輩、思い違いをしていましたぞ」


 含みのあるナイトカインの言葉に、恥ずかしげに不貞腐れるジャレッド。


「ふん。ローゼン達ほどイかれちゃいねぇよ。それに 俺は子供の主張をちゃんと汲み取れる出来た大人なんでな」


「はっはー。やはり貴方とは、いい友人でいられそうですぞ!」


「……変態じじいとは、仲良く出来る気がしねぇな」


「ガハッァ!!?悔しい!でも感じてしまいますぞ!」


「ナイトちゃん……ちょっと気持ち悪いでち……」


「んほぅぉぉ!!」


 身悶えながら森へと帰還するナイトカイン。

 マルゴレッタ一行は、果たしてどのような結末を迎える事が出来るのだろうか……

 上空を飛び去る古龍を見つめる王が唯一人。何かを欲する様な淀んだまなこで、病的に窶れた顔を欲望で歪ませていた――

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