第7話 廻る発条、壊れた歯車

「まったく、世話が焼けるとーさまだこと」


 ラニはため息をつく。

 彼女の父親、エピーズはろくに準備もせずに、単身森に入ったと知ったからだ。

 森の近くに拠点は作らせたそうだが、食料も持たずにどうする気だったのか。

 自分のバッグから食料を出して、朝露の残りを探そうとした。

 しかしそれは遮られた。


「これがあれば、帰るのはすぐだからね」


 エピーズは懐から輝石を取り出す。

 確かに、アーティファクトがあればそちらの問題は解決する。

 だが少女の言っている問題は違う。


「どーせ一睡もしないで探し回ったんでしょ?そっちが倒れちゃ意味無いの!」


 弁明の余地も無いエピーズは、恥ずかしそうに頬をかいた。

 そして手を伸ばした。


「さあ、帰ろう。ラニ」


「そうね、世話の焼けるもう一人の家族のためにも、ね」


 ラニは屋敷で一人寂しく待っているであろう、妹の顔を想像してバツが悪そうに笑った。

 さて、土産話は何にしよう。

 巨木の森のサバイバルも、魔物との戦いも、どう面白おかしく話したものか。


「ウィンドコントロール!」


 手をつないだ二人の体が風で持ち上がる。


 ――それに、大空から見た世界の美しさも話そう。

 でも、一番の土産話は――


「一緒に謝ろうか、それならきっとニーニャも許してくれるさ」


「許してくれなかったら?」


「そんな意地悪な子じゃないだろ?二人とも」


 ――案外、近くにあるかもしれない。



 ――――――

 ―――――

 ――――



「で?二人とも。私に何も言わないで出ていった理由は?」


 紫色の髪の少女、ニーニャは腰に両手を当てている。

 目の前に座る二人のうち、ニーニャとよく似た少女、ラニが口を開いた。


「いや、その、結果オーライってことで不問にして頂けないでしょうか…?」


「ダメ」


 取り付く島もなかった。

 それもそうだ。丸二日も家出をした姉に、仕事を放り出して探しに行った父親。

 屋敷中大騒ぎだったため、ニーニャといえど状況を把握していた。

 それでも一言言うなり、相談してから行動してほしい、というものだ。


「ニーニャ、ラニを責めないでやってくれ。元はと言えば私が悪いんだ」


 ラニの隣から、エピーズは助け船を出す。

 彼は今までの自分の行動を反省している。

 悲しみに暮れ、父親としての責務を忘れ、二人から目をそらしていた。

 最低の父親と言われても仕方が無いと思っていた。


「ニーニャ、ラニも。済まなかった」

「赦してくれ、なんて言わない。軽蔑してくれても構わない」

「だけどどうかもう一度だけ、家族として……やり直させてくれないか」


 エピーズは頭を下げて懇願する。

 断られても仕方がない、都合のいい提案を。


「ニーニャ、どう思う?」


「とってもおバカだと思うわ」


「だよね~」


 二人は呆れたように言う。

 エピーズはうつむいたまま立ち上がり、その場を後にしようとする。

 それが、自分が贖い続けなければならない罪ならば。

 それを受け入――


「「もう一度も何も、最初っから家族でしょ?」」


 嗚咽とともに涙が床に落ちる。

 エピーズは、有り得ないと思っていた。

 だが、奇跡は……ここにあった。


 幾億もの罪を背負った自分を、あるがままに受けとめるなんて……


「まったく…できた子だよ、お前たちは……っ」


 バラバラだった家族はやっと、一つになった。


 ――――――

 ―――――

 ――――


 ラニの家出騒動から、一週間ほど経ったある日。


 コン、コン、コン。

 扉を叩く音がする。

 部屋で一人、読書をしていたニーニャは本を閉じた。


「申し訳ございませんニーニャお嬢様。ラニお嬢様はいらっしゃいますか?」


(この声の主は、家庭教師かしら。)

(まさか、またラニが何かしたんじゃ……)

(けど最近は勉強をするようになったはずなのに?)


 ニーニャはそう考えながらも返答する。


「いいえ、いませんわ。何かあったのですか?」


「それが、その……また、屋敷にいらっしゃらないようでして…」


 ――――――

 ―――――

 ――――


 少女は静かな小道を、力なく歩く。

 家族がまた一つになって、みんなで笑い合えるようになった。

 夢が叶ったのだ。

 目標を失った、だとか、喪失感に襲われて、という理由で戸惑っている訳ではない。


 だが。

 だけど。

 だからこそ。


 ―――笑顔の仮面にヒビが入る。


 少女は、あの日を憶えていた。

 少女は、あの言葉を憶えていた。


『私の代わりに二人を頼んだわ…』


 ―――ヒビが段々と広がってゆく。


 少女は母親の墓石の前で、崩れ落ちる。

 自分の体が自分の物ではないかのような感覚。

 その感覚に纏わりつかれ、気持ち悪さに抗えない。


 ―――ヒビから何かが溢れてくる。


「かーさま……いいつけ、守ったよ……」


 ―――笑顔の仮面が、砕け散った。


「うああぁあああっ!あああっうあぁあああぁあぁぁあ‼」


 ―――いつだっただろう。


「ああぁああん……あっあぅうあああぁあ‼」


 ―――最後に泣いたのは。


 ――――――

 ―――――

 ――――


 泣き崩れる少女を、物陰から見ながら立ち尽くす男がいた。


「お父様!ラニがまた…」


 男は走ってくる少女を制止する。

 人差し指を立てて、静かにするように頼んだ。


「ニーニャ、少し……そっとしておいてあげよう」


 声にならない悲しみが、尽きるまで―――――



             CDW#HET'$B'GQ'R

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る