第16話 バカにつける絆創膏。


 いつもの談話結界。丸テーブルを囲む3つの一人がけソファに、人影がある。


 オレンジ色のソファに腰掛け、テーブルに頬杖をついていたミリカは、頬に落ちる横髪を耳にかけながら話し出した。



「昨日の夜仕込みしてたらさ、ミルが珍しく夕飯食べに来たんだよ。おでこに『バカ』って書いた絆創膏貼ってあったんだけど、何かしたの? 」



 答えるのは、テーブルの向こう側でネイビーのソファにだらりと身を預けているラルス。



「リネン庫でルクスの子らに乱闘させたらしいよ。」


「はぁ!? ど、どういうこと!? 」


「乱闘ではありません。正しくは『枕投げ』です。」



 思いがけない返答に姿勢を起こしたミリカに答えたのは、アズキ。



「ちなみにあの絆創膏は、家に帰るまで剥がすなという条件で貼りました。教育的指導です。」



 茶色いモコモコとしたソファに腰掛けた彼女は、短く切り揃えられた爪をいじりながら、淡々と言葉を紡ぐ。



「本音を言えば1週間は貼ったままにさせたかったのですがね。生徒に見られては教育に悪いので、それで勘弁してやりましたよ。」


「ははっ、ウケる。」



 ソファにもたれたまま、ラルスは脱力しきった笑いを漏らした。



「で? 何でリネン庫で枕投げなんてことに? 」


「仲直りをさせたかったそうですよ。」


「仲直りと枕投げ……何の関係があるの……? 」


「そうですよね。それが普通の人間の思考と思います。」



 ひとしきり爪を弄り回したアズキは、マスクを外してむず痒そうに顔を擦る。



「話し合いによる解決が難しいと思ったと、言っていました。」


「難しくてもさぁ……。ははっ、でもまあアイツらしいわな。」


「笑い事ではありませんよ。備品の枕を勝手に使うなど……。」



 軽口を叩くラルスを、黄金色の目が睨めつける。その表情には若干の疲れが混じっていた。



「あー……しかし、壁や床を生成石でコーティングし、入る時に靴まで脱がせていたという点についてだけは評価しました。」


「そういうとこは抜かりないよね。もっと気にするとこあると思うけど。」


「それでも念の為使用した枕は全て消毒させました。夜中までかかってましたね。」


「あの子も呆れてたよ。『ほんと加減ってものを知らないんだからぁ……』だって。」



 やる気のない裏声でモノマネをしだしたラルスに、ミリカがぷっと吹き出す。



「ちょっと似せる気なさすぎ……んぶふ……いひ、いひひひひ……。」


「でも、よくそれで許してやったね。」


「許したわけではないです。庫内のコーティングがなければ喉を掻っ切ってやるつもりでしたよ。」


「え物騒。」



 アズキの言葉に笑いを断ち切られたミリカが思わず声を上げた。



「正に首の皮一枚、と言ったところですね。」



アズキが言ったところで、テーブルの上に魔法紋が出現した。光り輝くその中心から、カフェオレのマグ、チェリーパイ、パンプキンパイ、アップルパイなどが現れる。



「わぁ! パイづくし! 」



 目を輝かせたミリカに、ラルスはパンプキンパイの皿を指し示した。



「ミリカ、かぼちゃ好きだったよね? 取っていいよ。」


「ほんと? ありがとう! 」


「師長はどっちがいい? 俺はどっちでもいい。」


「……ではリンゴの方をいただきます。」



 しばし逡巡したアズキは、アップルパイの皿を手に取りふすふすと匂いを嗅ぐ。



「やったー。小腹空いてたんだよね。」



 残ったチェリーパイの皿を取ったラルスは、さっそくその真っ赤なフィリングが覗くパイにかじりついた。



「ちなみになんだけどさ……猫って、カフェインダメなんじゃないの? 」



 口元に持って行ったマグにふーふーと息を吹きかけていたアズキに、ミリカは恐る恐る尋ねる。



「何度も言っていますが、私は猫ではなく猫又です。猫基準で考えないで欲しいところです。」


「なんか師長と閉じ込められると必ずこの流れになるよね。一応聞いとくけど、猫又ってのは猫の上位互換ってことで合ってる? 」



 不服そうな声音。口の周りについたパイの破片をポロポロと皿にほろいながら、ラルスが助け舟を出す。



「当たらずしも遠からずですね。生きすぎて神に近くなった存在と考えるのが分かりやすいでしょうか。」


「えーじゃあアズキさんは神様なの!? 」


「そうです神です。崇めなさい。」


「ははっ、出た出たおちょくりモード。」


「もー! いい加減なこと言って! 」



 冗談なのか本気なのか――次々と真顔で繰り出される軽口にミリカは頬を膨らませた。



「ところで、最近セダムがやたら上機嫌なのでどうしたのか聞きましたら、ルクスの子たちがステラに筆談を教えたとか……。」



 アズキの牙が、手掴みのアップルパイに突き立てられる。



「あー、そういえば紙に何か書いてたね! 」


「すごいよね。筆談する人形なんて。でも、何でそれでセダムさんが? 」


「自分と同じコミュニケーション方法をとる子が現れて、すごく嬉しかったと話していましたね。」



 彼女がもぐもぐと咀嚼しながら紡ぐ言葉に、ラルスとミリカはホッとしたように息をつく。



「そっか。いいね。そんな風にちょっとでも前向きになれたらさ。」


「うん……そうだね。セダムさんには、明るい気持ちで暮らして欲しいな。」



 思いがけずしんみりとしてしまった空気に、アズキは「ですね……」と俯く。そして、気まずそうな面持ちのままぎこちなく話し出した。



「その流れで、ミルヴァスからも聞いたのですが、ルクスの枕投げのきっかけを作ったのもステラだったようですよ。」


「え? 何で? 」



 フォークでパンプキンパイを口に運んでいたミリカが、顔を上げる。



「ああ、聞いた聞いた。アルデアの大事なもんを壊したのが実はウルラだって手紙書いたんでしょ? 」



 チェリーパイを早々に食べ終えたラルスが、悠々とマグを傾ける。



「えー!? だってさ、え? ステラってウルラの使い魔なんだよね!? 普通、主が不利になるようなことする!? 」


「したんだよなぁびっくりなことに。」


「あの子、最初は子供と思って見ていましたが、実は割と精神年齢は高いのではと思っています。」



 カフェオレで口の中を湿らせたアズキが、再びアップルパイをかじる。



「まあ、確かに見た目はちょっと骨董っぽいしね。」


「どうしよ……歳上だったりしたら。」


「可愛い女の子の見た目で中身が婆さんだったりしてね。ははっ、想像すると笑える。」


「有り得るかもしれませんよ。彼女は生き物ではなくモノですからね。見た目に年齢が反映されません。恐ろしい話です。」



 アズキの言葉に(それは自分もそうなんじゃ……? )と思った2人であったが、それを口に出すことは出来なかった。



「ねえ……何回も聞いて悪いんだけどさ。師長、何歳なの……? 」



 口をつけたマグ越しに、ラルスが上目遣いで尋ねる。



「何故急に私の話になるので? 」


「うん、あたしも気になってた。何歳なの? 」



 咀嚼していたパンプキンパイをごくりと飲み込み、ミリカが続く。



「何歳に、見えますか? 」



 質問を投げ返すアズキの声は、何故だかやたらと仰々しい。



「20代後半……いや、30くらい? 」


「いやいや、意外と25とかだったり……? 」



 普通、女性からの『いくつにみえる?』という質問には若めに答えるのがセオリーだ。しかし、アズキが相手となると話は変わってくる。


 必死の形相で年齢を言い当てようとする2人に「どちらも正解です」と言ったアズキは、残ったアップルパイを一口に平らげた。



「そういえば、今日はお題が出てきませんね。」



 いつもならお題が投影される白い壁。しかし、今日はそこには何も映し出されない。



「確かに。こういうパターンもあるんだな。」



 年齢話をはぐらかされたことに若干むくれながらも、ラルスは話を合わせた。



「好きなこと喋ってていいってこと? それはそれでいいね! 」



 ミリカは相変わらず上機嫌だ。



「そうそう楽しい話題など持っていないのですが……。」


「今いっちばん話題ふってんのアズキさんだよ? 気づいてる? 」


「よっし、じゃあミリカ、面白い話して。」



 パチンと指を鳴らしたラルスがミリカを指す。



「えー! もう、無茶ぶりやめてよ! 」


「何でもいいですよ。話題になれば。」


「アズキさんまで……! えー、そうだな……えっとー……。」



 口元に手をやって考え込んだミリカは――



「あっ、サビアさんがね、お家の近くの店でよく技術部長を見かけるらしいよ。」



 謎に得意げに話し出した。



「サビアさんちって、ブルメ精肉店? 」


「そう。あの辺って色んなお店が密集しててさ、道具屋さんとかもあるでしょ? そこでよく買い物してるらしいよ。」


「へえ、技術部御用達ってことか。いいもん扱ってんのかね。」


「質がいいのに値段が手頃でいいらしい、と言っていましたね。」



アズキの言葉に引っ掛かりを覚えたミリカの「誰が?」は、ラルスの話し出しとぶつかって流れてしまった。



「そうなのか。俺も行ってみよっかな。」


「何か作ったりするのですか? 」


「しないね。」


「何しに行くの? 」


「冷やかし。」


「迷惑〜。」



 じっとりとした目でラルスを見たミリカは、カフェオレを飲みながら次を促す。



「ほら、話題出したよ。次はラルス! 」


「俺? そうだなぁ……。そういえば教育部長に、次の任務で学生を同行させて欲しいって頼まれたなあ。」


「あなたが現場に出る任務ですか……。学生には危険なのでは? 」


「だよね。大丈夫なの?って聞いたらさ、『多少危険な方が学びが大きいだろう』ってさ。」


「教育部長も結構……うん。脳筋だよね。」



 カフェオレを一気に飲み干したラルスを見ながら、ミリカがポリポリと頬をかく。



「え、ていうかさ、教育部長はミルがリネン庫で乱闘させたこと、知ってるの? 」


「伝わってはいるのでは? きちんと報告するように詰めましたから。」


「師長、ナチュラルに詰めるとか言わない。」


「大丈夫かなぁミル……。」


「この件で一番怒る権利のある私が既に怒り済ですから。まあ、軽く小突かれるくらいはあるかもしれませんね。」


「あいつ、ほんとしょっちゅう怒られてんな。」


「怒られ慣れ過ぎていまいち響いていない感じが癪でしたね。何か弱点を知りませんか? 」


「ははっ! いくらなんでもそんな友達の弱点をさあ……な? ミリカ。」


「そうだよ! アズキさんったらあたしたちをなんだと思ってるの? 」



 アズキを睨むように言った2人は、顎に手をやって少し考える。



「……弱点っつったら、やっぱ甘いもんとか? 」



 すかさずミリカが便乗する。



「熱いものも嫌がるよね。あとライ麦パンとか。」


「方向音痴! 」


「字が汚い! 」



 ニヤニヤとした表情。次々と暴露されていく『弱点』に、アズキは引いたような目で2人を見る。



「……言うじゃないですか。」


「言うね。面白いから。」


「あとさ、めっちゃ下戸! 」


「分かる。ちょっとでも酒入るとすーぐ目つきおかしくなるよな。」


「そうそう。そんで酔ってくると一人で寝出すから外飲み出来ないんだよね! 」


「なるほど……。では有事の際には消毒用アルコールでも噴霧してやればいいということですね? 」



 鋭い目つきで宙を睨んだアズキに、ラルスが慌てて告げる。



「それは普通に危ないからやめな? 」



 カフェオレをこくりと飲んだミリカが、指を組んで目を閉じる。



「あーなんか久々に宅飲みしたくなってきたなー。今度やろうよ。ミルん家で。」


「いいね。ニアも呼んでな。」


「自宅を勝手に会場にされることについては何も言わないのですか? 」


「別に。いつもだし。」


「寝てるの家まで運ぶのも大変だしね。もはやたまり場的な? 」


「そーそー。師長も来るよね? 」


「行きませんよ。」


「え、何で? 」


「当然のように行く前提で話を進めないでください。」


「えーでもアズキさんとも飲んでみたいよ。」


「私と飲んでも面白いことは何もありませんよ。」



 淡々と言ったアズキの目は、マグの中のカフェオレをじっと見ている。



「ディオネアやフロースでも誘ってあげては? 」


「ディオネアはねぇ……何回かサシ飲み誘ったんだけど、なっかなかね……。」


「しょうがないよ。あたしたち、あの子に良く思われてないからね……。」


「あー……まあ、そうですね。」



 冷めたカフェオレが、飲み干される。



「でもフロースなら来てくれるだろうから、声かけてみるよ。」


「だね! まあ、飲み会関係なくしょっちゅう行ってるみたいだけどね。いひ。」



 いたずらっぽい笑いとともに、パンプキンパイの最後の一欠片が飲み込まれる。



「食事を作りに行っているのでしたか? 10も下の子に世話を焼かれるなど……本当にどうしようもない……。」



 呆れた様子でため息をつくアズキに、ミリカは軽やかに言う。



「あたしも最初はどうかと思ってたんだけど、あの子も楽しいらしいしね。お互いが良ければいいんじゃない? 」


「一応聞くけどさ、何もないんだよね? 」



 声をひそめたラルスが、隠しきれない下世話な好奇心を滲ませた。



「やだー、あるわけないじゃん。ミルだよ? 」


「真面目一辺倒の朴念仁ですからね。教え子に手を出すことはしないでしょう。」


「でもさ、魔が差すってことも」



 ラルスの声を遮るように、ミリカが、笑う。



「ないないない! あの人は魔が差す隙間すらないから! 」



 彼女がそう言った瞬間、ロマンチックなオルゴールが鳴り響き、壁にメッセージが現れる。



【たくさん話してくれてありがとう。また来てね。】



「あ、今日はこれで終わり? 」


「あっという間だなー。」


「ただ話すだけで任務達成など……本当にいいのでしょうか……。」


「いいんだよ! 息抜きだと思えば! 」


「そうそう! 楽しいしね! 」


「そういうものですか? 」



 和やかな空気を含んだまま、3人はゆっくりと扉をくぐった。

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