第3話 竜とトウモロコシ

 ポップコーン という菓子がある。トウモロコシの中でも爆裂種と呼ばれる種が硬質な粒を油やバターを引いた鉄板で数分間いり続ける。すると中の圧力に耐えられなくなった粒が弾けて中の実がスポンジ状に膨張する。これがポップコーンである。


 この世界でも広く親しまれ、観劇の際などに好んで供される逸品であるといえよう。


 一つ違うのは、この世界で爆裂種はその辺に自生していない事。ならばどのように手に入れるのか。そう である。


 ポップ種と呼ばれるモンスターたちの背中に寄生する植物型モンスター。それがこの世界におけるポップコーンの原料だった。


 寄生したモンスターによって品質や弾け方が異なることから討伐依頼も多種多様。

 駆け出しの冒険者にとって割のいいクエストで親しまれている。


 そう本来であれば駆け出しクエストの筈のポップ種の討伐。それがなぜか今回の勇者パーティーの目的である。


「勇者様、それでなんで今回はこのクエストを受けることにしたんですか」


「それはあれだ。いつでも初心を忘れない様にという心がけの為だな。勇者たるもの驕りは禁物だ。」


「――――それで勇者様、本音は?」


「世にも珍しいポップが出たかもしれないという噂があった。ドラゴンの背中に自生したポップコーンはさぞ美味なのではないだろうか。」


 聖女がため息をついた。薄幸の美少女といった風体の彼女ではあるが、勇者のせいでついたため息のおかげで更にダース単位で幸運を逃していそうである。


 勇者はと言えば物のついでとばかり道中のポップグマを討伐し、今は背中のコーンを火炎魔法フレイムマジックでじっくりあぶっているところだった。

 もちろんお土産用の回収も忘れていない。流石である。


 ポンポンと軽快に弾ける種と合わせて、ソルグ岩塩の準備をする勇者。これはこの世界でも比較的高地にあるソルグ塩湖の湖岸で生成される一級品の岩塩だった。

 どんな時でも美食の為なら努力を惜しまない。それが我らが勇者である。


 ホクホク顔でポップコーンを賞味する勇者。甘味では無い為ぼーっと見ている魔導士。ため息をつきながら見ている聖女という何ともまとまりのないパーティだった。


「よし腹ごしらえも終わったしさっさと進もう。ドラゴンとやらが目撃されたところまでまだ距離がある。」


 食べ終わった勇者はすっくと立ちあがり、パーティに向かって号令をかける。


 よいしょと立ち上がり続く魔導士と聖女。パーティは連れ立って岩山を上り始めた。


 しばらく歩いたところで平地になった。一度休憩という事で今回のクエストを受けるに至った経緯を聖女が反芻し始める。


「それにしてもポップ種がドラゴンに自生するなど聞いたことのない事例ですね。」


「まぁあの植物は寄生できるものなら節操なく取り付く。そんなこともあるのかもしれんさ。」


「大体ドラゴンというのが眉唾です。こんな低地にドラゴンの自生地が出来ているとすればそれこそ大問題でしょう。」


 普通ドラゴンというのは3000mを超えるような高山地域にしか巣を作らないことで知られている生物だ。今いる岩山も高いとは言え1000m程度。聖女の疑問ももっともである。仮にはぐれたドラゴンだとしても1匹でもいれば生態系に変化を及ぼすのがドラゴンだ。眉唾な話とはいえ、聖女が今回のクエストを受けることを承諾した経緯はそこにあった。あくまで念のため という事である。


 冒険者ギルド側としても、ドラゴン などという報告は眉唾であったが、万が一本当だった時の為に一般公開は出来ずにいた。そこへたまたま通りすがった勇者パーティに白羽の矢が立ち直々に依頼と相成ったわけである。


 「私もドラゴン という話は眉唾。だけど本当だった時には興味がある。」


 魔導士はそう呟く。ちなみにポップコーンは甘くないという理由であまり興味がない。

 

 休憩を終えたパーティが進行を再開する。するといくらも進まないうちに空気が変わった。何かの縄張りに入ったらしい。


 吠え声と共に姿を現したのは飛竜種ワイバーンそれも下等レッサーである。ご丁寧に背中は一面びっしりとポップ種に覆われている。


 彼らは勇者パーティを見つけると吠え声をあげて飛び上がった。すると背中のポップ種から彼らの怒りと攻撃本能に呼応するように、種が弾丸の様に発射される。


 鋭い一撃に聖女が スッと前に進み出た。


多重障壁マルチバリア 展開」


 するとパーティを取り囲むように半円級の盾が出現する。

 彼らの背中から発射された種の弾丸は、ことごとくその盾ではじかれる。


氷結槍アイシクルランス


 返す刀で今度は魔導士が氷の槍を放つ。これにより2体が墜落した。


一刀華断ストリングスラッシュ


 勇者も剣をふるうと空中に細い糸のような斬撃がめぐらされた。これに触れたワイバーンはバタバタと翼を落として墜落していく。


 戦闘開始から5分もしないうちに動けるワイバーンはいなくなった。


「これが依頼にあったドラゴン という事でしょうか?」


「わからん。ワイバーンとドラゴンを取り違えただけかもしれん。駆け出しの冒険者たちの証言だというしな。」


 そういいながらもせっせとワイバーンの背中のポップ種を回収していく勇者。弾丸の様に消費されてしまった分を除き、まだ手付かずのものを優先して回収していく。


 飛竜種の討伐証明である爪の回収も忘れずに行っているので、一応討伐の面目はたった。


「一応頂上まで確認しておこう。それで何もなければ帰還しようか」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 頂上までたどり着いた勇者パーティは、ついに龍を見つけていた。


 なんと本当に存在していたのである。


 古い火山であるところのこの山は火口付近が一段盛り下がった状態なのだが、その加工の中心に位置する岩山にそのドラゴンは寝そべっていた。


「――いましたね龍種ドラゴン。」

「――いたな。」


 勇者パーティ側としても発見したことより、存在したことへの驚きが大きい。

 報告通りポップ種に寄生され、背中のゴツゴツとした隆起に合わせてコーンが自生している。


「―――さてでは片付けてしまおうか」


 そう勇者が立ち上がろうとした瞬間、


「お待ちください勇者様!!」


 ふいにそう声をかけるものがあった。勇者パーティは怪訝な顔で振り返る。


 そこには武装した一集団と、その先頭に立つ小太りな男の姿があった。いかにも商人といった体である。


 彼らは一様に薄汚れた格好をしており、長期間にわたって野外で生活していたことが見て取れた。


 そう声をかけてきた商人からの話は驚くべきものだった。


 なんでも彼らは新しいポップコーンの商品を生み出すべくドラゴンの卵をふ化させ孵化したばかりのドラゴンにポップ種を無理やり寄生させたらしい。

 温厚なドラゴン種を選択したことで、彼らの中では平穏に採取ができる目論見であった。


 しかし彼らが理解していなかったのは、ポップ種という植物は寄生を繰り返す植物であるという事。そのために彼らは寄生した生物のや、を強く喚起させる。これにより縄張りに侵入した生物へ攻撃を繰り返し寄生範囲を広げていく。これがポップ種の生存戦略であった。


 これにより寄生されたドラゴンは本来温厚なはずの種であっても、寄生をしていない人間に対して攻撃を開始。彼らは這う這うの体で逃げ帰ったというのが顛末らしい。

 諦めきれない彼らは近くで監視を続けるも採取のスキはなく、そうこうしている間にドラゴンは成長し縄張りと眷属を作り始めたというのが現状だった。


「われらの悲願なのです。どうかあのドラゴンをなるべく傷つけずに始末していただきたい!!」


 そう身勝手な主張を振りかざす商人に流石の勇者も閉口した。

 幼竜とはいえドラゴンである。そう簡単に手加減ができるものではない。


「――――無理、さすがの私達も手加減してどうこうなる相手じゃない」


 魔導士はそんな商人の薄汚れた主張をバッサリと切り捨てる。


「もし討伐後に残ってたら回収する。それで諦めて。」


 そういい捨てて勇者パーティは火口付近に向けて降りていった。


 近づいてくる胡乱な侵入者に匂いで気が付いたのか、ドラゴンはやおら立ち上がり大きな吠え声を浴びる。


 近づいた勇者が、剣を正眼に構え油断なく龍と対峙した。


 怒りの吠え声と共に、龍の背中から種が発射される。遠近感が来るそうになるが、一粒一粒がオレンジ並みの大きさを持つコーンがさながら砲弾の様に飛んできた。


 先程同様に聖女が受け止めるが、苦悶の顔である。そう何度も受け止めたい攻撃ではなかった。


 砲撃に効果がないことを見て取った龍は胸元に大きく息を吸い込み始めた

 対する勇者も正面から受け止めるべく上級火炎魔法の詠唱を始めた。


 そこではたと魔導士が気付く。


「待って 勇者様 ダメ!!」


 自分たちの周囲に散らばっているのは、先ほど受け止めたコーンの種。


 そうあくまで種はポップコーンの種、そこに巨大な熱量が加わったらどうなるのか。


 龍種がブレスを吐く。


 


 散らばった種のことごとくが炸裂。さらに同時に発生した高温の水蒸気が連鎖反応を起こし水蒸気爆発も誘発。さながらクラスター爆弾の様に勇者パーティ一行の付近の地面は粉々になった。


「ゴホッゴホッ」


 やおら立ち込める高温の蒸気と土煙に勇者がせき込む。


「……範囲回復エリアヒール


 ギリギリで障壁を間に合わせた聖女が、今度は回復呪文を唱える。その聖女のローブもところどころ爆風の余波で破けている。


 障壁だけでは耐えきれないと見て取った魔導士が、とっさに氷の壁を展開していなければそれだけで全滅もあり得た攻撃だった。

 その魔導士もとっさに使った魔法の余波で魔力酔いだ、しばらくは満足に術が使えない状況だった。


「勇者様、魔法はダメ、剣戟メインでお願い」


「……しかしブレスの対処はどうする。」


「そこは私と聖女で何とかする。相殺しようとすると今みたいなことになる。」


「……わかった。任せるぞ」


 そこからは勇者が砲撃をかいくぐりながら切り込み、聖女と魔導士による援護という戦いが始まった。

 時折発射されるブレスは障壁と風壁や氷壁で相殺。

 爆風によるダメージをヒールで相殺しての持久戦である。


 そうして長い戦いの末、ようやく龍種の弱点である逆さ鱗に勇者が剣を突き立てた。


 その頃には火口の地形もはじめの頃とはだいぶ様変わりしていた。


「――討伐 完了だ……」


 そういいながら勇者が倒れ伏す。流石に立っていられる余裕はなかった。


 そこへ先ほどの商人の一団が近づいてくる。彼らは必死に散らばっているコーンの種を集めていた。

 倒れ伏す龍の周りにもわらわらと集まってくる。流石に冒険者が討伐した獲物に手を付けるところまではいかなかったが周りに落ちている粒は一粒たりとも逃さないという姿勢だ。


「あぁその種なら集めても無駄だぞ。」


 そんなことをゆっくりと上体を起こしながら勇者が言う。


「……なぜです。何故そんなことを?」


 取り上げられるとでも思ったのかむきになった商人が聞く。


 勇者がおもむろにいう。



 なんと既にかじってみた後だった。


 その通り。巨大化しすぎた種は薄味になり、さらに大きすぎる種がゆえに真ん中部分は硬質化したまま。中途半端な炸裂をした結果生焼けのような風味が残るいわゆるだったのだ。

 そもそもこれまで討伐した種類のポップ種は嬉々として回収していた勇者が、周りに零れた部分の回収とはいえ文句を言わない時点でおかしかったのだ。


 その言葉を聞いた商人は慌てて周りに落ちていた物の内比較的きれいなものを手に取りかじった。

 そしてがっくりとうなだれる。勇者の言っていることが正しく、とてもではないが新商品として使えるようなものではなかった。


 商人たちはすごすごと引き返していく。途中先ほどまで大事に拾い集めたコーンを道端に投げ捨てていった。


 「流石、ものを知らないっていうのはすごいね。」


 ふとそう魔導士が呟く。


「どうしたんですの?急に」


 聖女が聞いた。


「ポップ種は普通龍種に寄生しない。なぜなら。基本的には飛んでいる生物には寄生しない。でも今回無理やり寄生させた彼らのおかげで副産物があった。」


 そういうと勇者にクルリと向き直る。


「勇者様、さっき『飛竜種ワイバーン』から回収した方のポップ種の種だして」


 いわれた勇者が渋々といった体で取り出す。魔導士はそれを聖女に見せる。


「これも新種。でも彼らはそれを知らなかった。」


「でも新種と言っても丸く弾けるだけだぞ?味は普通のものとあまり変わらない。」


「うん 勇者様も知らないよね。」


 そういうと懐からおもむろに、キャラメルを取り出した。


「普通のものは弾けると蝶の羽のように広がるから塩やパウダーで味付けするの。

 でもこうやって丸く弾ける種類だったらキャラメルやチョコレートでのコーティングができる。」


 いいながらポンポンと魔法で爆裂させていく。できたものにまんべんなく溶かしたキャラメルを絡ませてなじませる。


「できた。むらがなくていい感じ。」


「……確かにこれはおいしいですわね」


 味見をした聖女も目を丸くする。

 

 既に勇者は2本目を炙るのに忙しい。魔導士とチョコレートソースをめぐって丁々発止のやり取りの最中だ。


「最初からドラゴンじゃなくてワイバーンで試しておけばこんなことにならなかったのにね。」


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。


 そう魔導士は締めくくった。

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喰い倒れ勇者の異世界道中記 十神 礼羽 @aizspa

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