第2話 鳥とフルーツタルト
王室主催の昼食会ともなれば厳かで静謐というのが常だったが今日に限っては少し違う。
ひっきりなしにメイドや侍従が出入りし、大量の料理を運び入れ続ける。
中心にいるのは勇者だった。
今日も脇目も振らずに料理をむさぼることに邁進している。美食で鳴らした王室の料理ではあるが、味わっているのかは本人のみぞ知るところである。
ようやくデザートに差し掛かり、今は王室所有の果樹園で栽培された多種多様な果物を使ったフルーツタルトが饗されていた。色とりどりの果物が使用され、見た目にも美しい逸品だ。
本来なら賛美やお世辞が飛び交うそれが、いまはまるで魔法の様に次々と消失していくだけになっていた。
この状況に勇者パーティとして参席していた魔導士は我関せず。聖女は穴があったら入りたいといった顔だ。
「勇者様、飲み物のおかわりはいかがですか?」
合間を縫って王女の侍女頭が声をかける。この状況で気遣いを忘れないでいられる辺りは流石だといえよう。ガツガツと食事を続けていた勇者がピタリと食事をやめてカップを掲げた。
「――いただこう。」
「……キリッとしたふりをしてもダメです。勇者様、ほっぺにクリームがついています。」
おぉそうか と言って勇者がそれを拭う。聖女がため息をつく。
ここまでニコニコとこの状況を見守っていた王女が、勇者に対して声をかけた。
「相変わらずのご健啖ぶり、いつ見ても驚きですね。」
「いやいつ食べてもここの王宮の料理は絶品だ。先程のニキイタドリのローストの焼き加減と言ったらもう筆舌に尽くしがたいな。」
驚きである。なんと味わう余裕があったらしい。
「デザートはいかがですか?当家自慢の果樹園から取り寄せた新鮮な果実で作らせた一品ですの。」
ここで勇者の我慢の限界が来たらしく、モグモグが再開される。
親指がグッと突き出される。最高だという事らしい。
「――お楽しみいただけたようでなによりですわ」
笑みを切らさなかったのは流石といえよう。王女はそのまま何の気ない様に話をつづけた。
「実はその果物を栽培している果樹園が、少々困ったことになっておりまして。勇者様は ヒクイドリ という鳥をご存じでしょうか?」
合間を縫って王女が問いかける。
「ヒクイドリというとあの妙に首が長いあれか?草原によく出る。」
やたら足が速かったな とモグモグしながら勇者が言う。
パイライト王国は大きな川が流れる水運と農耕で財を成した王国だ。
川べりには広大な農地が広がり王国の食のみならず近隣国家の台所も支える一大穀倉地帯になっている。
中でも、フィス、キサス、ロライナの三村は近隣でも力を持った集落だった。
毎年秋に合同で行われる収穫祭は近隣諸国からも観光客が大勢訪れる一大イベントだった。セルグ平原で行われる大規模BBQは一見の価値ありだ。
ところが去年の事、折下の長雨で河川が増水。氾濫を起こしてしまった。人的被害はほぼないものの穀倉地帯はほぼ全滅。復興の為、収穫祭は見送りとなっていた。
そして今年の事である。例年になかったとある被害が王国各地を襲い始めたのである。
それがヒクイドリの集団による農地への襲撃であった。
ヒクイドリは伝統的にその3村が収穫祭の時に狩るのが習わしの為、特に国として討伐依頼を出したことがなかったこと。去年の水害のせいで収穫祭がなく、合同の狩りがなかったこと。
これにより、冬の間に繁殖しいつになく増えすぎてしまったのだ。
増えすぎた鳥たちは草原から溢れ、常にも増して畑を荒らした。村人達にできることは、被害が出るたびに追い払う事ばかりで一向に改善できない。
それどころか、普段は寄り付かない筈の王室所有の果樹園にまで被害が出始めた。
この事態を重く見た領主が慌てて冒険者にヒクイドリ討伐の依頼を出すも、依頼料と労力が釣り合わないため受け手が居ない状況だった。
「――前に聞いたことがある。『あのトリは一羽だと臆病で逃げるばかりだが、集団になると急に強気になる。好き勝手に麦畑に入り込み芽を出したばかりの新芽をつついちまう厄介なトリだ』って」
黙っていた魔導士が、急に口を挟んだ。
「そうなんです。当家の果樹園も随分な被害が出ておりまして。」
「お待ちください。それでは、それはあくまでパイライト王家の問題という事では?王家の為に勇者様が動かれるのは問題かと思います。」
聖女が言った。
確かに1国の王家の為にのみ、勇者が個人的な力をふるうというのは望ましくない。
がそこは一国の王女、しばし考えるとやや芝居がかりながら話し始めた。
「確かに王家の果樹園にも多少の被害は出ておりますが、殆どの被害は農作物です。昨年の水害で被害もいえぬままに、なけなしの農作物まで害獣に荒らされてしまうとはなんと可哀そうなことでしょう……。害獣を討伐してくれるお方がいらっしゃらないものでしょうか……。」
ぐぬ と今度は聖女が黙る番だった。確かに、害をなす魔物や獣の類の討伐は冒険者の仕事である。王女の言う通り被害のほとんどは一般の農民だ。建前として民の救済を掲げられてしまうと、勇者パーティとしては断りにくい依頼になる。
結果として王室が所有している果樹園も被害を免れるだろうが、それはそれ という事だ。
聖女が何も言えなくなったのを見て取った王女はダメ押しとばかりに勇者に向けて囁きかける。
「それになんでもヒクイドリのお肉は非常に美味だとか。揚げどり、素焼き、香辛料焼き、蒸し物……、夢が膨らみますわね。」
カタンとフォークの落ちる音がした。勇者の口元からツーっと涎が滴る。
「民を助け、王家の果樹園も救ってくださったとあれば、王家としてはその方を、是非お招きして晩餐会を開くことでしょう。」
もちろん料理人は腕によりをかけるでしょうね と囁くように言う。
ガタンと音がして勇者が立ち上がると言った。
「わかった。無辜の民が困っているというのでは致し方ないな。微力ながら私の力を貸そう。晩餐か……無辜の民の為にな」
――本人はキリッとした顔のつもりだろうが、口の端から涎が漏れていていろいろ台無しな顔だった。
「それに他ならぬ王女の頼みとあっては、断れない。私は何事にも全力を尽くす女だ。誠心誠意、取り組むことにしよう。構わないな?」
「まぁ、素晴らしいことです勇者様。えぇ、この機にあの害鳥を一網打尽にしてしまいましょう。」
「では私は一足先に向かうぞ。魔導士、セルグ平原まで転送を頼む。」
「・・・
勇者の姿がシュンと掻き消えた。騒がしかった昼食会場に静寂が訪れた。
「……王女様、いいの?」
ずっと何事か考えていた魔導士がポツリと口を開く。
「セルダートの領主の方からも陳情が上がっていましたし、王家の果樹園も救われる。これぞまさしく一石二鳥でしょう。まぁ、多少勇者様が張り切ってしまうかもしれませんが、普段は三つの村が総出で狩りを行う害鳥、問題は無いでしょう。」
ふふん と王女が胸を張る。魔術師が淡々と続けた。
「でもあの地方の人たちこうも言ってた。『トリは新芽も食べるが合わせてイナゴの幼虫も食べる。おかげで毎年、
ピタッと王女がドヤ顔のまま固まった。
「勇者様、前もヒクイドリ狙ってた。『どうせ害鳥なら狩りすぎてもどこからも文句は出ないだろう』って。だけど、それを聞いてやめてた。でもいま、たいぎめーぶんをげっと。王女様のお墨付き。」
多分やりすぎるまでとまらないよ? と首をかしげる。王女の額から汗がダラダラと流れる。
「……いいの?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そこは地獄だった。
そこかしこで首を切られたヒクイドリがバタバタと走り回り血を噴き出しながら倒れていく。
緑一面であっただろう草原は今や血や飛び散った羽でいたるところが斑に染まっている。
生き残っているものはこの元凶から逃れようと、長い足を必死に回して逃げまわっていた。
しかしそこは人類最強、トリ如きに後れを取る勇者ではないのだ。
「――
パン と音を置き去りにした勇者が現れる。
ヒクイドリ達の間に声にならない悲鳴が漏れる。
「――――
スパパパン と軽い音が連続して響く。音は軽いが、起きた出来事はその比ではない。
群れの9割ほどの頭がズルリと落下した。
先程からこの繰り返し。いくら逃げても逃げてもこの悪鬼羅刹から逃れられないのだ。ヒクイドリ達の中で恐怖のあまり発狂したものも既に数多い。
遅れて到着するなりこの光景を見た聖女と魔導士は、あまりの光景に一瞬自失した。
声を掛けようにも、平原のあちらこちらにシュンシュンと飛び回る勇者はとてもじゃないが捕まらない状況だった。
「どうしましょう、勇者様、私達と話したら止められるとわかっててやってますね。」
聖女が頭を抱える。
「……仕方ない、奥の手。」
そういうと、魔術師がすぅぅぅっと息を吸い込んだ。
「勇者様~。梨のタルトが焼きあがるって、早い者勝ち――」
「今日はこのぐらいにしておいてやろう。」
瞬間移動のような速さで、スパンと勇者が現れた。その体には返り血一つついていない。
かわりに聖女が一歩踏み出すと、シャランと錫杖をならした。
「
あぁ っと勇者が悲鳴を上げる。
聖女が持つ錫杖からまばゆい光が、草原一帯に降り注ぐ。
すると地に伏していたヒクイドリたちの、一部がむくりと起き上がり、首をかしげる。
さっきまでのは夢だったのかしらん とお互いの顔を見合わせ、辺りをキョロキョロと見渡した。
次の瞬間、勇者を視認した鳥たちはゴゲェェェェっと奇声をあげて、我先に逃げ出す。
すかさず飛び出そうとする勇者の服を、聖女と魔術師がガッチリ捕まえる。
「なんてことするんだ!せっかく加減して残しておいたのに。」
「や り す ぎ です!!だいたい残したって言ったって2、3羽じゃないですか。そんなの残したって言いません。」
「しかし王女様は奴らをなるべく皆殺しにしろと――」
「言ってません!よく思い出してください。どうせ後半、どう食べるかの事しか考えてなかったんでしょう!!」
そうだっただろうか と勇者が頭をひねる。聖女は盛大にため息をつくとつづけた。
「……今日生き残ったヒクイドリにはだいぶ勇者様の事がトラウマになったでしょうからね。しばらくは人里には近づかないでしょう。」
それで王家の依頼は完遂でしょう と聖女は続けた。
「それにしてもこんなにたくさんのトリ、どうやって運ぶ気ですか?」
「そんなもの手分けして担いで運ぶにきまってるだろう。」
「無茶言わないでください。そんなことができるのは勇者様だけです。それにこんな量いくら何でも多すぎます。王宮がトリで埋め尽くされますよ。」
「……心配しなくてもいい。私に考えがある。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
考えとは、近隣の三つの村にそれぞれ訪問して伝える事だった。
曰く、討伐依頼を片付けたが運びきれないほどの肉が余ってしまった。
よければ村から人数を出して運んでくれないか、対価にその肉をその村で加工して構わない と。
水害の復興で食糧難の3村はこぞってこの話に食いついた。
どの村でも早速、人数が集められセルグ平原に向かって進んでいく。
「お祭り、参加しないでよかったんでしょうか。勇者様が先に王宮に帰ってしまった手前お断りしましたけど」
どの村も降ってわいたこの幸運に、今年は見送るつもりだった収穫祭を急遽実施するとのことで、その立役者の勇者パーティには参加の呼び声がいたるところでかけられていた。
顔を出せないことを伝えると一様に残念がられる。
「ここの収穫祭は有名だけど、それだけじゃない。もう一つ有名なのは保存食作り」
燻製にしても塩漬けにしても時間はかかる。今回の肉を提供した見返りを得るのはそれからでも構わない。食糧難を救った救世主パーティにはさぞや、多くの
「北に向かう前に糧食の調達が必要だって聖女も言ってたよね。これで解決。」
「なるほど、確かに一石二鳥でしたわね。」
聖女が納得したようにひとりごちる。
「……ううん、多分一石三鳥。」
魔導士は気づかれないようそっと呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
晩餐会は活況だった。
特に中央にあるテーブルでは。
もちろん勇者の仕業だ。大量の肉と共に帰還した勇者は、自ら運び込んだ肉を片端から片付けていく。その横で再び頭を抱える聖女の気持ちも知らず、王宮の料理人たちがその手腕を遺憾なく振るった料理は運ばれるそばから消失していく。
晩餐会に招かれた貴族たちがあまりの健啖ぶりに呆気にとられている。給仕たちがあわただしく駆け巡る中、一人食事を摂り終えた魔導士は食後のデザートととして用意されていた梨のタルトと共に入り口横の壁にひっそりと避難していた。
その魔導士に侍女頭が近づいてくる。
「――失礼いたします。お飲み物などいかがでしょうか。」
「今回の絵を描いたのはあなた?」
「……何のことでしょう?」
今回の件、王家にとっては例年にない害獣の討伐、被災民への支援、食糧難を勇者パーティという特級戦力を格安で利用して一挙に解決したことになる。
騎士団の派遣も視野に入る案件だっただけに、費用をおさえられた王家は内心笑いが止まらない状況だ。
本来であれば、高額の報酬が必要なところだが、あの勇者にはそんな欲求は無い。
王家として報酬として晩餐会の一つや二つなら安いものだろう。対外的にも勇者との友好関係を示すいい機会になる。
王女は善人だが一人でそれを思いつく程には、世俗に触れていない となると誰かの入れ知恵があった。市政の機微に明るく、王女にそうと知られず進言できるものは数少ない。
「私はいいけど、聖女に気づかれないといいね。」
「・・・何をご所望でしょう?」
「王国の果樹園、確か珍しい果物を育てていたよね?」
王国領にある村の特産は燻製づくり。燻製に使うチップにも使われるその果物とは。
「言ってなかったけど私は、サクランボのパイも好き。」
「……では後ほど寝室にお届けさせていただきます。」
サクランボはこのあたりでは育てている場所は無く、王宮内部でしか食べられない。
侍女頭は数がありませんので、どうか勇者様へはご内密にと念を押す。
魔導士は黙ってうなずく。
侍女頭が一礼して下がろうとする。その後ろ姿に向けて顔を向けずに魔導士は聞いた。
「これで貴女の面目はたった?」
「……どういう事でしょうか?」
確かあなたのご実家って王都の大きな商家だったよね と
勇者パーティが動き、ヒクイドリが討伐されたら保存食を作るために必要な塩や香辛料が、討伐のし過ぎで蝗害が起こるようならまた食料や虫よけの薬が売れる 結果の情報を、いの一番に手に入れらればなおの事 と淡々と魔導士が言う。
被災地に販売しようと、不足している食料や、保存食を他所から仕入れた他の商会は今回の件で売り先を失うだろう。先んじて勇者パーティを動かすことを知っていた侍女頭の実家以外の商会は大損だ。
勇者を利用して利益を上げようとしたことを、暗に指摘された侍女頭は今度こそ絶句した。
二の句が継げない侍女頭に、魔導士が呟く。
「――王宮のジャムって美味しいらしいね。」
「……ご出発までにはご準備しておきます。」
やああって、侍女頭が小さな声で返答し足早に立ち去って行った。
砂糖を大量に使用するジャムはかなりの高級品になる。それも王室直営の果樹園産となれば希少価値で値がつけられない。口止め料として渡されるとなればそれなりに期待が持てる量が手に入る筈だ。甘味好きの魔導士としても悪くない取引だった。
「――うん、一石三鳥」
そうこっそり呟きながら、手に持ったタルトの最後の一切れを口にし満面の笑みを浮かべた。
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