第4章
第19話 久々の信長
隅田さんの夢を応援したい。
この想いを伝える手段は、俺に考えがあった。
そもそも俺は、ずっと何をやりたいかを探していたんじゃなかったか?
「ふむ、それで儂の出番という訳じゃな?」
俺は合宿から帰ってきてすぐに、脚本のプロットを作り直していた。
信長が登場したのは修正作業中のことだった。
「いやー、儂の出番がなさ過ぎて心配しておったぞ。待ちすぎて、まるで年を越したような気分じゃ」
「何を言ってるんだ……」
信長は、また訳の分からないことを言っていた。
いつもなら信長は脚本製作に決まって現れる邪魔な存在である。
だが、今回に限っては別だ。信長を待ち望んでいた。
「信長、大事な話がある。俺――」
「あーあーわかっておるわ。後輩はいちいち回りくどいのう」
「…………」
出鼻をくじかれてしまった。
俺は、隅田さんの力になれるほどの存在ではない。
だから俺は脚本を作って、信長の力を借りる。
信長は何もかもお見通しだと言いたげな余裕な表情を浮かべていた。
「そんな改まることではないじゃろう。もとより儂はそのためにお主から生まれてきたのじゃから」
「信長……」
「お主は、儂を活躍させることだけ考えてればよい。できぬとは、言わせんぞ?」
「……ああ、当たり前だ! 最高の脚本をつくってみせる!」
信長の挑発的な物言いに、大きくうなずいて応える。
「ふむ、ならばその儂大活躍、最高の脚本は、もうできあがっておるのか?」
「それは、まだだけど……。まだだけど! 問題ない、最高のアイデアが俺の頭の中にある」
「あ、これダメなやつじゃな」
「そんなことない! 今回ばかりは違う、こうしてアイデアがノートに電車の中で考えたプロットが――」
そんな、俺の考えた最強のプロットについて説明しようとした時。
突然外から、ボンッ、と炸裂音が聞こえてきた。
「なんじゃ夜襲か?!」
「現代でそんなことあるわけないでしょ……」
その音が鳴った方、道路沿いの見晴らしのいい窓を開ける。
そして、空を見上げる。
「ほら、花火だよ。今日は近くで夏祭りやってたんだよ」
「なに? 祭り、じゃと?」
「うん、まあそんな大層なものじゃないけど」
地方都市の祭りなんてたかが知れている。
それでも、毎回お祭りにいくと、どっから湧いてきたんだってくらい人が集まるんだけどね。
「なんじゃと? なぜそれを言わないか?! ほれ、儂らも祭りへ繰り出すぞ」
「いや、脚本があるし」
そういえば、綾芽にも誘われてたっけ。
まあ、特に用事がなかったら行ってたんだが、今は脚本の完成という使命がある。
そもそも毎年なんとなーく行ってたけど、やってること同じだし代わり映えしないしね。
そんな、冷めた考えをしていると、信長は不満そうにつぶやく。
「そんなものどうでもよい! 今年の祭りは一回しかないんじゃ!」
「そんなものって……。今からじゃ無理だよ、着いた頃にはもう終わってる」
「なん……じゃと……?」
花火大会なわけだから、無論花火がメインだ。
今花火が上がっているってことは、屋台はもう終わっているだろう。
「なんじゃいなんじゃい、早くそれを言わんか大馬鹿者。儂拗ねちゃううんだもん、つーん!」
信長は、それが相当ショックだったらしく、部屋の隅っこでいじけていた。
にしても、落ち込み方もウザかった。
このまま放置しても鬱陶しかったので、別の提案をする。
「なら、うちのベランダだとよく見えるから、そこで花火観る?」
さっき始まったばかりだから、だいたい二、三十分はやっているだろう。
「なに! 誠か?! ふ、ふんっ! 今回はそれで許してやる」
何故かツンデレチックな信長だった。
※※※※
「ほう、これは見事じゃな」
花火の上がる夜空を見上げながら、感心した声を上げる。
それにつられて、僕も花火をぼーっと眺める。
うん、やっぱり毎年変わり映えしない。見慣れた花火だ。
まあ、花火の音を聞いていると、夏だなーって感じがして、嫌いじゃない。
「……祭りに行きたかったのぅ」
「まだ言うか。別に花火なんてどこで観たって同じだよ」
俺の言葉に、信長は呆れたように呟く。
「はー? やっぱり後輩は全くわかっておらんのぅ。現地でしか味わえん、誰もが浮足立つ特融の雰囲気とか、そういのも味わってこそじゃろうに」
「あっそ」
そのまま、しばらくどちらも口を開くことなく花火を眺めていた。
そうやって、ぼーっとしていると、頭の中では自然と思考があちこちと巡っていく。
脚本作業のことや合宿での苦労。感じたもの、出会ったこと、分かっこと。
「なあ信長、俺の脚本、うまくいくかな?」
ふと、そんなことを呟く。
「俺の伝えたいことは、伝わるかな?」
信長に話しかけていたけど、別に答えを求めていたわけではない。
それに、答えは知っていた。
「そんなもの、儂にはわからん。それに、それが難しいことはお主がわかっていることではないのか?」
「……だよね」
「じゃが、答えの代わりに、お主に渡してやれるものがある」
「……?」
信長の意図がわからず、無言のまま続きを促す。
「儂からお主に、自信を与えてやろう」
「なんだよ、それ」
「案ずることはない。お主には儂がおるんじゃ、先の事など考えずとも、今お主がやりたいことをすればよい」
「…………」
これを認めるのは、悔しいが。
悔しいが、そんな根拠のない言葉を信じてしまいそうになる。
「花火のようになれればよいのじゃがのう」
「……花火?」
「うむ。たった一瞬だけ、夜空という舞台で輝き、多くの人の目を奪う。そして、一人一人の想いでとして、一生残り続ける」
「一瞬でそんなことができるかな?」
「人間の一生もさほど変わらん。夢幻の如くなり、とな」
「もしかしてあれ? 人間五十年ってやつ?」
「うははっ、よく知っておるではないか」
信長のことを調べていた時に、たまたま見つけただけだ。
確か、人間の寿命なんて50年かそこらなんだし小さいことなんて気にせず好きに生きればいい、みたいな感じの意味だったか。
「でもそれって、大局的に見たからでしょ? 僕ら人間にとっては一生って長いと思うんだけど」
「……お主は何故そうやって穿ったような見かたをするんじゃ? そういう心持ちで挑めという教訓みたいなものじゃろうが」
信長は呆れ顔だった。
でも、こうして余計なことを言わないと、この変な雰囲気に耐えられない。
まあ、照れ隠しみたいなもんだ。
「……信長、来年は祭りに行くか」
「それはよいのぅ」
そして、タイミング良く俺のスマホが震える。
陽葵先輩から、メッセージが来ていた。
『もがみんもお祭りくればよかったのに』
そのメッセージと一緒に写真が送られていた。
その写真には、祭りの風景と演劇部の部員たちが映っていた。
え、めっちゃ楽しそう。
浴衣を着て、屋台で遊んだり、焼きそばとかわたあめとか食べてたり、思い思いにお祭りを楽しんでいた。
そんな写真を見てると、なんかハブられたみたいで、複雑な気持ちになる。
そして、追い打ちをかけたのが一枚の写真。
「ほわぁぁーーっ!!」
黒髪を団子にして、うなじを露出させた隅田さんの振り返った姿。
不意を突かれたのか、りんご飴を咥えたままで、ぽかんとした表情を浮かべている。
……俺は、奥歯を噛みしめる。
「……来年は、祭りに行くぞ。絶対にだ!」
「全くお主というやつは……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます